マーク・ラッペ氏が書いた『皮膚 美と健康の最前線』(川口啓明・菊地昌子:訳、大月書店:1999年刊 )という本をご紹介しています。今回は第13回目です。
◆皮膚と自己意識
皮膚は、身体の縁であり、自己の境界ですが、人間はこの境界部分の感覚が他の動物に比べて退化しているそうです。
ごく稀に、皮膚感覚の非常に鋭敏な人がいるそうで、ヘレン・ケラーはその一人です。また、小説や映画に登場するような金庫破りの名人というのは実在するそうで、ダイヤルを回す際の微妙な違いを指先で感じとるといわれています。
人間の皮膚感覚が退化しているとはいっても、体と精神の健康に皮膚刺激が重要であることは明らかで、特に乳幼児期のスキンシップは大切です。また、大人でもマッサージを受けて心身ともにリフレッシュするように、皮膚刺激は治療法としても効果があります。
たとえば、失読症の子どもに、指で文字の形を感じることができるようにすると、読むことを学ぶことができるそうですし、また、自閉症の治療法のひとつに、全身の皮膚をなでて刺激する再パターニングという方法もあるそうです。
皮膚刺激が心身に影響を及ぼすのと同様に、心の病気が皮膚感覚に影響を与える場合もあります。
たとえば、薬物やアルコールの依存症からぬけでようとする患者は、皮膚のなかを虫たちが文字どおり動きまわるように感じるそうです。
また、自己イメージにかかわる精神医学的な障害では、皮膚に感覚能がまったくない場合が多いそうです。これは、おそらく「解離性知覚麻痺」の一種だと思われますが、何らかの危機的状況に際して、自己防衛のために「自我」が解離して、皮膚の感覚がなくなってしまうことがあるそうです。
逆に、皮膚感覚を積極的になくすことによって、精神的な変容をつくりだす技術もあります。
フローテーションタンク、またはアイソレーションタンクとよばれる、体温と同じ温度の高比重硫酸マグネシウム溶液を満たした水槽に裸で入ると、皮膚の感覚がなくなるそうです。自己の境界を失った精神は、あたらしい現実を「創造」するそうで、幻覚と心身分離の感覚が生じ、熟達すれば意識の変容状態が得られるそうです。
皮膚の感覚と自己意識とが深いところで結びついているため、皮膚が攻撃目標になることもあります。
自分の皮膚を傷つけてしまう自傷行為は、日本でも見られますが、アメリカでは若者のサブカルチャーとして流行しているそうです。
皮膚が自傷の標的となるのはけっして偶然ではないそうです。皮膚は、外界に向けて示される最もはっきりした自己イメージであり、皮膚の傷は心の奥底の苦悩を外に向かってあらわすしるしとなっているようです。
次回は最終回、皮膚のゆくすえについてのお話です。