1940年12月15日、父と母に見守られて私は生まれた
「この子に千の恵みがありますように」と名付けて貰ってきっと幸せだったのだろう
その幸せを3年で戦争が奪い去った
父の顔も声もその温もりも何も記憶しないで
ある日突然甘えていた父が居なくなったら3歳の子供はどうしたのだろう
きっと気が狂うほどに父の名を呼んで泣き叫んだのではないだろうか
私の心にはその時の悲しみが今も渦巻いている・・・訳も判らないままに
片時も離さずあぐらの中で遊んでくれたそうな・・・・・母が嫉妬するほどに仲の良い父と娘だと聞かされた
誕生日が巡ってくるたびにそんな父を想う
孤独な心の誕生日・・・・・千恵子
今幸せなら良いじゃないか・・・・悲しみを知らない幸せ人の云う言葉
3歳の心に埋め込まれた悲しみは心の傷
傷ついた猫のように傷をなめてなめて70年・・・・・これからも続く
私は息子が大切な存在だから戦争への不安にノーと言う
可愛い孫たちが大切だから琵琶湖の水を汚さないように
地球を汚し人の命を奪う原子力にノーと言い続ける