イヴァンは頭を低くして、ニコライの陰から水路の壁に近づくと、まるで粘土のようになった壁に指先を突き入れ、メキリと音を立てて壁をはぎ取った。
ズズンッ――と、イヴァンはカーテンを引くようにめくり取った壁を動かし、水路をぴたりと塞いでしまった。
耳鳴りがするほどけたたましかった銃声が、うそのようにぴたりと止んだ。
「大丈夫か?」
と、イヴァンが、つらそうに肩で息をしているニコライに言った。
「これほどの銃弾を一気に浴びたのは、術を修めたキャンプの時以来だぜ……」笑みを浮かべながら言ったニコライは、急に口を閉じ、背を丸めたかと思うと、こらえきれずに「――グバッ」、血の混じった胃液を地面に吐き出した。
イヴァンは顔をしかめながら様子を見ていたが、子供達が撃たれた場所に近づくと、うつむいたまま頭を振って言った。
「見ろよ……」
目を赤くしたニコライがつらそうに顔を向けると、凍りついたように息を止めた。「どういう事だ?」
ペチャンペチャンと、しぶきを上げて、水たまりの中を探るように行きつ戻りつしていたイヴァンが、立ち止まって言った。
「もしかしたら、『神の杖』に残されている伝聞は、真実ではないのかもしれないぞ」
「そんなバカな」ニコライは、あり得ないと首を振った。
「だったら、これはどう説明する……」
イヴァンの足下には、銃弾に倒れたはずの子供達の姿が、ひとつもなかった。弟をかばうようにして背中から撃たれたセバスチャンのほか、まぶたに焼きついて離れないほど無惨な光景は、単なる思い違いや幻覚であったかのようだった。
「歴史の陰で、脈々と受け継がれてきた秘密結社の知識が、でたらめとは考えられん」ニコライは、信じられないと首を振った。
「もちろんさ。青い鳥が誰にも捕まえられることなく、遙かな時を旅し続けてきたことは間違いない」と、イヴァンが言った。「それはしかし、これまで誰一人として、詳しい生態を知り得た者はいないっていうのと、同じことだ」
「時間を超えて、過去や未来を自在に行き来するというのは、オレ達が身をもって証明しているとおりだろう」と、ニコライは言いながら、足下を指さした。
「周囲の状況は、明らかに過去に遡っている」と、イヴァンが考えるように言った。「ただそれは、本当の歴史を溯ったのではなく、周囲の状況が、映画のセットのように、過去を忠実に再現しているだけなのかもしれない」
「面白い仮説だが、そうなると説明できないことが出てくる。あの兵士や子供達までもが、大仕掛けな舞台装置のひとつなわけがない」
ニコライが言うと、イヴァンが腕時計に目を落とした。
「いいや、ひょっとすると、当を得ているかもしれないぞ」
イヴァンは、ニコライに時刻を見せた。
ニコライの表情にさっと影が走った。
「どうして、数時間も一気に進んだんだ?」
ズズンッ――と、イヴァンはカーテンを引くようにめくり取った壁を動かし、水路をぴたりと塞いでしまった。
耳鳴りがするほどけたたましかった銃声が、うそのようにぴたりと止んだ。
「大丈夫か?」
と、イヴァンが、つらそうに肩で息をしているニコライに言った。
「これほどの銃弾を一気に浴びたのは、術を修めたキャンプの時以来だぜ……」笑みを浮かべながら言ったニコライは、急に口を閉じ、背を丸めたかと思うと、こらえきれずに「――グバッ」、血の混じった胃液を地面に吐き出した。
イヴァンは顔をしかめながら様子を見ていたが、子供達が撃たれた場所に近づくと、うつむいたまま頭を振って言った。
「見ろよ……」
目を赤くしたニコライがつらそうに顔を向けると、凍りついたように息を止めた。「どういう事だ?」
ペチャンペチャンと、しぶきを上げて、水たまりの中を探るように行きつ戻りつしていたイヴァンが、立ち止まって言った。
「もしかしたら、『神の杖』に残されている伝聞は、真実ではないのかもしれないぞ」
「そんなバカな」ニコライは、あり得ないと首を振った。
「だったら、これはどう説明する……」
イヴァンの足下には、銃弾に倒れたはずの子供達の姿が、ひとつもなかった。弟をかばうようにして背中から撃たれたセバスチャンのほか、まぶたに焼きついて離れないほど無惨な光景は、単なる思い違いや幻覚であったかのようだった。
「歴史の陰で、脈々と受け継がれてきた秘密結社の知識が、でたらめとは考えられん」ニコライは、信じられないと首を振った。
「もちろんさ。青い鳥が誰にも捕まえられることなく、遙かな時を旅し続けてきたことは間違いない」と、イヴァンが言った。「それはしかし、これまで誰一人として、詳しい生態を知り得た者はいないっていうのと、同じことだ」
「時間を超えて、過去や未来を自在に行き来するというのは、オレ達が身をもって証明しているとおりだろう」と、ニコライは言いながら、足下を指さした。
「周囲の状況は、明らかに過去に遡っている」と、イヴァンが考えるように言った。「ただそれは、本当の歴史を溯ったのではなく、周囲の状況が、映画のセットのように、過去を忠実に再現しているだけなのかもしれない」
「面白い仮説だが、そうなると説明できないことが出てくる。あの兵士や子供達までもが、大仕掛けな舞台装置のひとつなわけがない」
ニコライが言うと、イヴァンが腕時計に目を落とした。
「いいや、ひょっとすると、当を得ているかもしれないぞ」
イヴァンは、ニコライに時刻を見せた。
ニコライの表情にさっと影が走った。
「どうして、数時間も一気に進んだんだ?」