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くりぃーむソ~ダ

気まぐれな日記だよ。

夢の彼方に(68)

2016-04-19 00:17:40 | 「夢の彼方に」
         10
 又三郎は夢を見ていた。
 夢の中で、死の砂漠をさまよっていた。
 ここはどこなのか。一体何が起こったのか。思い出そうとすると、頭の中がキリキリと針を刺すような痛みに襲われた。
 ほとんど失われてしまった記憶の中で、青騎士と対決したことだけは、はっきりと覚えていた。
 どのくらいさまよっていたのか、たどり着いたところは、山のように大きな樹の根本だった。樹は、草木のまったくない乾ききった砂漠の中にあって、なぜか青々と、葉を茂らせていた。
「迷える者よ――」と、大きな樹は言った。「君がまた信念を取り戻し、自分の存在に感じた疑問を振り払うことができたなら、落ちてきた世界へ戻ることができるだろう」
 青騎士を捜して、又三郎は、再び死の砂漠をさまよっていた。もうろうとした意識の中で、砂漠の樹王が言っていた言葉を、繰り返し思い出していた。
「ワシの葉は、死の砂漠に落ちた者を地上に戻す力を持っている。自分を見失い、風に流されるがままの砂に姿を変えたくなければ、手に取った葉を肌身離さず、己の幻影に打ち勝つがいい」
 振り返ると、見上げるほど背の高い青騎士が、恐ろしげな大剣を手にして立っていた。
「フッフッフッ――どうだ、驚いたか、私はいつもおまえのそばにいる」憎々しげに笑う青騎士が、兜の面を片手で持ち上げた。
 ギリリ……と耳障りな金属音を軋ませ、兜の下から、もう一人の又三郎が顔を出した。
「おまえがおまえであったのは、ここまでだ。ここからは、オレが本物のオレになる……」
 又三郎は、青騎士から目を離さず、足下の砂に手を入れると、鋼鉄のドン突き棒を引き抜いた。
 青騎士が、大剣を両手で持ち、ゆっくりと高く構えた。
 鋼鉄の棒を腰だめに構えた又三郎が、ヒュッと短い息を吐き、砂を蹴った。ためらうことなく、真正面から青騎士に向かっていった。
 大剣と鋼鉄の棒が、同時に閃いた。
 勝負は、一瞬で決まった。

 ―――又三郎は、目を覚ました。
 ふかふかのベッドで横になっていた又三郎は、むくりと体を起こすと、二本足で床に立ち上がった。すぐにおぼつかない足取りで部屋を出ると、空腹で腹がキリキリと痛むのをこらえながら、サトルを捜した。
 廊下の窓から、城壁の上にいるサトルの姿が見えた。
 又三郎は砦の外に出ると、城壁に登る階段に向かった。すると、ちょうどサトルが階段を駆け下りてきた。
 歩いてくる又三郎を見つけると、サトルは驚いたように言った。
「もう、大丈夫なの……」
「手間をかけさせてしまって、申し訳ありませんでした」と、又三郎は頭を下げた。「それより、なにをされていたんですか。不用心に城壁の外へ姿を見せては、危険です」
「ごめんよ――」と、サトルはきびしい表情を浮かべた又三郎に言った。「ちょっと見回りをしてただけなんだ。それより、お腹は空いてない? ずっと寝ていたから、きっとお腹がペコペコでしょ……。もうそろそろお昼だし、食事にしようよ」
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夢の彼方に(67)

2016-04-12 00:01:58 | 「夢の彼方に」
 青騎士は、湖の上を走る馬を操り、又三郎を助けようと必死に泳いでいるサトルを狙って、高々と槍を掲げた。雷鳴に似たトッピーの声は、サトルの耳にも届いていた。しかし、又三郎を助けたい一心で、夢中になって水を掻いているサトルは、間近に迫っている青騎士にまるで気がついていなかった。

 ―――歌が、聞こえていた。

 サトルは、泳ぎ始めた時から、風の音に混じって、小さな声が聞こえているのに気がついていた。はじめは、風博士のラジオから、音楽が聞こえてくるのだと思っていた。しかし、浮き輪がわりになっているランドセルの中で、ラジオもすっかり水に浸かっているはずだった。では、どこから聞こえてくるのか? 風に揺られた森の木々が、梢を鳴らしている音ではなかった。風に乗って、だんだんと大きく、はっきり聞こえ始めた歌声は、風博士の家で耳にした、不思議な歌声に間違いなかった。暖かな羽毛に包まれるような歌声は、聞いているだけで心地よく、泳ぎ疲れてパンパンに張った腕の痛さも、すっかり忘れさせてくれた。
 歌がはっきりと聞こえ始めたとたん、青騎士の動きが急にぎくしゃくし始めた。目にもとまらぬ早さで水を蹴っていた馬が、小さな波につまづいて、何度も足を踏み外しかけた。
 トッピーは、鋭い牙を剥きだして、サトルの直前まで迫った青騎士に噛みついた。強い顎にがっちりと青騎士をとらえ、長い体をくねらせながら空高く昇ると、大きく左右に頭を振って、青騎士の鎧をバラバラに噛み砕いてしまった。
 手綱を持つ青騎士を失うと、馬はとたんに勢いを失い、体を硬直させたまま、ズブズブと湖底に沈んでいった。
「中は空っぽだったんだ――」と、湖に落ちていく青騎士の鎧を見ながら、サトルは言った。
 青騎士を退けたサトルは、再びトッピーの背に揺られ、湖のそばに建てられた砦にやってきた。
 急いで又三郎を地面に寝かせると、ほどなくして又三郎は息を吹き返し、口から水を吐き出してむせ返った。
「鍵は開いているはずだぜ」と、トッピーが空を飛びながら言った。「一緒にいてやりたいが、オレの寸法にゃ砦は小さすぎる。なにかあったら、すぐ助けに来てやるよ――」
 じゃあな、と言って、トッピーは湖の彼方へ飛んでいった。
 砦は、三階建てのビルほどの大きさだった。けして大きいとは言えなかったが、ねむり王の城にも負けないくらい、頑丈な城壁に守られていた。しっかりと閉じられた厚い木の扉には、トッピーが言ったとおり、鍵はかけられていなかった。
 サトルは、恐る恐る扉をくぐった。すると、小さな公園ほどの広場には、赤々と燃える火が点々と灯されていた。明かりに照らされた砦の入口は、広場の奥にあった。サトルは、又三郎を抱いて中に入ると、意外に広い砦の中を、迷いながらも小走りで寝室を探した。白いシーツを敷いたふかふかのベッドを、二階の部屋で見つけた。又三郎は、サトルの腕の中で、いつの間にかすやすやと寝息を立てていた。サトルは、起こさないようにそっとベッドに又三郎を寝かせると、足音を忍ばせて、部屋の外に出た。
 城壁に急いで駆け戻ったサトルは、開けっ放しだった扉に重い鉄のかんぬきをしっかりとかけた。砦の中の戸締まりも、すぐに見て回ったが、正面の扉以外は、どこもしっかりと錠が下ろされていた。これで、外から侵入することはできないはずだった。
「くしゅん……」
 砦の階段を降り、一階の広間に戻ったサトルは、ひとつくしゃみをした。気がつけば、頭から足の先まで、どこもかしこもびしょ濡れだった。
 サトルは、砦に用意されていた服に着替えると、地下の食堂に降りていった。パルム大臣が言っていたとおり、食堂の隣にある調理場には、食べ物が山ほど用意されていた。ただし困ったことには、どれも料理をしなければ、おいしく食べられない食材ばかりだった。とりあえず、見慣れた果物を手に取ると、サトルはムシャムシャと頬張った。お腹が一杯になると、夜もすっかり更けているせいで、急に眠気が襲い、サトルは食堂のテーブルに突っ伏したまま、グッスリと眠ってしまった。
 眠りにつく直前、サトルは砦の外観が、自分がよく知っている建物にそっくりなのを思い出した。
(そう言えば、この砦みたいな家に住んでる田舎のおばあちゃんって、なんて名前だったっけ……?)
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夢の彼方に(66)

2016-04-12 00:01:02 | 「夢の彼方に」
「マジリック……」と、サトルが聞いた。
「もともと、オレはこの湖に住んでいたんだ。だけど、大きな体が邪魔をして、どこにも行けなくってね、ずっと退屈してたのさ。たまたま城に立ち寄ったマジリックが、湖で暇そうにしているオレを見つけて、とっておきの手品を考えたから、ぜひ手伝ってほしいって、声をかけてきたんだよ。どんなことをすればいいんだって話を聞くと、しばらくの間、魔法で金魚の姿に変わっていてくれないかって、そう言うんだ」
「それで、一緒に旅をしていたの」
「金魚になってあげてもいいけど、そのかわり、一緒に旅をさせてくれるならって条件で、引き受けたのさ」と、トッピーが言った。「だけど、湖に戻ったら魔法が解けるなんて、ぜんぜん知らなかったよ――」
「見て、トッピー」と、サトルが眼下の湖を指さした。
 湖に目をやったトッピーが、あわてたように言った。
「大変だ、すぐに助けなきゃ。振り落とされないように、しっかり髪につかまって――」
 サトルがうなづくと、トッピーが長い体をくねらせて頭をめぐらし、湖に向かって急降下を始めた。目指す湖には、青騎士と共に湖の中に沈んだ又三郎が、仰向けに気を失って浮かんでいた。
 風を切るように飛ぶトッピーが、大きな口を開け、又三郎をくわえようと近づいた。しかしそのとたん、青騎士が待っていたかのように湖の中から飛びあがり、切っ先が鈍く光る槍を突き出した。トッピーは、すぐに体をねじって避けたものの、又三郎を助けることはできなかった。
「くそっ、どこまでもしつこいやつだぜ……」トッピーが、口惜しそうに言った。
「……」サトルは、トッピーの髪にしがみつきながら、遠ざかっていく又三郎から目を離さず、ぐっと唇を噛んでいた。
 と、再び空に昇るトッピーの背中から、サトルが言葉にならない叫び声を上げ、湖に飛び降りた。驚いたトッピーが怒ってなにかを叫んだが、大きな水しぶきを上げて湖に落ちたサトルの耳には、なにを言ったのか聞こえていなかった。
 サトルは、バシャバシャと水を蹴りながら、ぐったりとしている又三郎の所まで泳いでいった。柔らかな毛に覆われた顔からは、人のように顔色をうかがうことはできなかったが、かすかな呼吸しかしていない又三郎の体は、湖の水よりも冷たくなっていた。サトルは、又三郎が水を飲まないように顔を上向きにさせたまま、空から見えた岸を目指して、泳ぎ始めた。
 湖が、モコモコと泡を吹くような波を起こし始めた。いち早く気配を察知したトッピーが、うねうねと長い体をくねらせながら、鋭い鈎爪の伸びた手で何度も宙をつかみ、青騎士と対決するタイミングを今か今かとはかっていた。
 津波のような波が、湖の上をすべるように立ち上がった。波は、小さなしぶきとなってちりぢりに風に吹き飛ばされると、中から、まとわりつくヴェールを脱ぎ去るように青騎士が姿を現した。
「まさか、こんなわずかの間でまた強くなったのかよ――」トッピーは、雷鳴が轟くような咆吼を上げると、青騎士に向かって矢のように空を駆け下りていった。
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夢の彼方に(65)

2016-04-12 00:00:03 | 「夢の彼方に」
 又三郎が、その背にサトルを守るようにして後ろに下がった。ズルッと舟底をこする音を立て、突き刺さった槍が引き抜かれると、ぽっかりと口を開けた穴から、湖の水がゴボゴボとボートの中に流れこんできた。
 水を掻き出す暇もなく、ボートはみるみるうちに速度を落とし、あっという間に半ばまで沈んでしまった。
「泳ぎは、得意ですか」胸の近くまで水につかった又三郎が、サトルに聞いた。
 腰まで水につかったサトルは、両手でボートをつかんだまま、口を真一文字に結んで、首を横に振った。
「そうですか――実は私も、水は大の苦手なんです」
 えっ? とサトルが言いかけると、ズバンと水しぶきを上げて、湖の中から、青騎士が姿を現した。馬の体当たりを真横に食らったボートは、ゴロリと転覆し、サトルはその勢いで湖に投げ出されてしまった。
 又三郎は、青騎士が姿を現したとたん、槍を突き出す暇を与えず、振り上げた腕に爪を立ててしがみつくと、青騎士と共に湖に沈んで見えなくなった。
「プハッ!」と、サトルが水面に顔を出した。水を含んで体にまとわりつく服の重さに耐えながら、転覆して浮かぶボートまで泳いでいった。ひっくり返ったボートの上で、むなしく空回りしていたスクリューが、プスンプスンと乾いた咳をするように白い煙を噴き、身震いするように動きを止めた。トミヨからもらった帽子は、湖に落ちた拍子にどこかへいってしまった。ボートのそばには、蓋が開いた水浸しのランドセルと、穴の開いた国語の教科書が浮かんでいた。サトルは、なんとか両方とも拾い上げると、片手を伸ばして、ボートの縁につかまった。
 と、月明かりに照らされた遠くの湖面が、ムクムクとうごめくように盛り上がり、徐々に大きな波を起こしながら、サトルの背後に近づいてきた。
 サトルは、後ろから近づいてくる大きな波に気がつくと、振り返ったまま目をそらさず、ボートをつかんでいる手に力をこめて、鼻の下まで湖に顔を沈めた。
 ザバッ――とサトルの体がボートごと水面に持ち上がった。青騎士が襲いかかってきたものとばかり思ったが、すぐにそうではないのがわかった。サトルがしがみついているのは、硬いウロコに覆われた大きな龍の背中だった。
 グングンと空に昇る龍を追いかけて、湖の中から飛び出した青騎士は、ひっくり返ったボートを足場にして、宙を飛んだ。しかし、突き出された槍の一撃は、空を飛ぶ龍にはかすりもしなかった。
 真っ逆さまに落ちた青騎士は、水しぶきを高く上げ、馬もろとも湖の中へ没していった。
「サトル、怪我はないかい」と、どこかで聞き覚えのある声が言った。
「誰、トッピー……?」
「ああ」と、龍が答えた。「とうとう元に戻っちゃったよ。もう少し、金魚の姿のままで旅をしていたかったんだけどね、しょうがないや。またマジリックが城に来たら、一緒に旅をさせてくれるように頼んでみるさ」
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夢の彼方に(64)

2016-04-11 23:59:25 | 「夢の彼方に」
 又三郎は目を凝らし、暗い湖面の変化に注意を払っていた。
 物語をかなえる本を手にしたサトルは、無言のまま言葉を綴ると、大きな声で言った。
「ボートの後ろに力の強いエンジン付きのスクリューが現れると、波を蹴立てて、避難所まで一気に湖を走り抜けた」
 物語をかなえる本が、金色にまぶしく光り始めた。溢れ出すように迸る光は、ボートの周りだけを昼間のように明るく浮かび上がらせた。
「危ない! 本を捨てるんだ――」振り返った又三郎が、大きな声で叫んだ。
 あっけにとられたサトルは、まぶしく光る本を手にしたまま、凍りついたように動かなかった。

 ザッパ―――

 水中から、青騎士が再び姿を現した。又三郎が、鋼鉄の棒を手にして、サトルに走り寄った。しかし、激しく宙を蹴る馬の前足が、又三郎の行く手をはばんだ。本を持ったサトルめがけて、青騎士の槍が突き出された。
 サトルの胸を、青騎士の槍が貫こうとした刹那、トッピーが金魚鉢ごと槍の切っ先に立ちふさがった。ドン、と金魚鉢が鈍い音を立てて砕け、中の水がトッピーもろとも四方に飛び散った。
 狙いのはずれた槍は、まぶしく光る本を浅く貫いただけで、間一髪サトルに突き刺さることなく、青騎士とともに瑚中に没していった。
「トッピー!」サトルが、大きくうねる波に揺れるボートから、身を乗り出して叫んだ。
 物語をかなえる本は、青騎士の槍に貫かれたとたん、まぶしく迸らせていた光を、プッツリと失った。ロウソクの炎が、ひと息に吹き消されたようだった。しかし、ブロロロ  と振動する機械音が轟き、エンジン付きのスクリューが、ボートの後ろに現れた。
 ボートは、水しぶきを上げながら、湖の上を跳ねるように走り始めた。
 一気に速度を上げたボートは、ガクガクと不安定に揺れ、どこか手がかりにつかまっていなければ、簡単に振り落とされてしまいそうだった。
「ダメだ、これじゃ逃げられない」と、サトルの前でかがんでいる又三郎が言った。「同じ所をぐるぐる回っているだけです」
 サトルは、吹きつける風の勢いに目を細めながら、振り返ってボートの後ろを見た。ブルブルと、力強く波を蹴立てているエンジンには、操作する舵棒がついていなかった。
「舵がない――」
 サトルが前に向き直って言うと、黒目をぱっちりと見開いた又三郎が、「ナゴ……」と、牙を見せながら恨めしそうに短く鳴いた。
 湖を覆っていた靄は、にわかに吹き始めた風にすっかり追い立てられ、少しばかり縁の欠けた月が、雲ひとつない夜空に怪しく輝き、ゆらゆらと波打つ湖面を照らしていた。
 ドッグン……と、ボートが一瞬跳ねるように浮き上がり、船底を破って、なにかが突き出した。
 ハッとして息をのむと、月明かりを鈍く反射している青騎士の槍が、サトルの目の前にそそり立っていた。
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夢の彼方に(63)

2016-04-11 23:58:40 | 「夢の彼方に」
 ひくっ、と又三郎の耳が動いた。
 ピンと伸びたヒゲを振るわせながら、又三郎がすっくと二本足で立ち上がった。
「なにか来る。気をつけて――」ボートの舳先に足をかけて立った又三郎が、振り向きながらサトルに言った。
 サトルは、頭を低くしながら、静かに息を潜めた。

 ザッパン―――

 湖の中から姿を現したのは、青騎士だった。滝のような水しぶきを上げ、乗っている馬ごと、水面に躍り出た。
 馬が前足を暴れさせながら、耳が壊れそうなほど甲高い金切り声で嘶いた。
 しっかりと手綱を持った青騎士は、長い槍を右手に大きく振りかぶり、サトルに突き立てようとしていた。
 舳先に立っていた又三郎が、青騎士に向かって駆け寄った。大きく払うように右手を振ると、その手には、角張った長い鉄の棒が握られていた。
 カチン、と鉄の打ち合う音が響くと、火傷しそうなほどまぶしい火花が、四方に飛び散った。
 サトルに突き出された槍を、又三郎が、鋼鉄のドン突き棒で受け止めたのだった。
 青騎士は、ズドンと大きなしぶきを上げながら、湖の中に沈んでいった。
 大きな波を受けたボートは、転覆しそうなほど左右に揺れると、そのまま動かなくなってしまった。
「くそっ、湖で襲ってくるなんて――」又三郎が、くやしそうにつぶやいた。
 サトルがボートから湖をのぞくと、青騎士の沈んだ場所から、ブクブクと泡が浮かんで弾け、ボートからスーッと遠ざかって見えなくなった。
「気をつけて、ヤツはまた襲ってきます……」又三郎は言うと、青騎士が姿を消した湖の奥に目を向けた。二本足で立ったまま、一方の端だけが鋭く尖っている鋼鉄の棒を両手に構え、身じろぎもしなかった。
 波が治まると、ボートがまた進み始めた。タプンタプンと、ボートを打つ波の音が聞こえていた。
「岸までもう少しの我慢です。窮屈でしょうが、なるべく頭を低くして、座っていてください。青騎士は、倒されるたびに強くなっていきます。見たところ、まだ水の中では自由に動けないようですが、次もまた同じように水中から襲ってくるとは限りません  」
 サトルは小さくうなずくと、トッピーの金魚鉢を抱えて、ボートの後ろに腰を下ろした。と、はっと思いつき、金魚鉢を置くと、背負っているランドセルを下に降ろして、中から物語をかなえる本を取り出した。
 トッピーが、「なにする気だよ……」と、不安な表情を浮かべて、サトルのそばにフワフワと浮かび上がった。
「いいこと考えたんだ」と、サトルは小声で、けれど力強く言った。「青騎士になんて、負けるもんか――」
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夢の彼方に(62)

2016-04-11 23:57:55 | 「夢の彼方に」
「大臣からお話は聞いております。私と同じ場所から、こちらにいらっしゃったそうですね。私のような者では役不足かもしれませんが、ぜひお供させて頂きます――」
 ニャン、と又三郎は深々と頭を下げると、そのまま手をついて柱のそばに下がり、眠そうにゴロリと横になった。
「――まぁ、あいつなら、オレの出る幕もないか」と、ガッチがサトルを見上げながら言った。「王様が戻るまで、無事でいろよ」
 サトルは、唇を固く結んで、大きくうなずいた。
 大臣がサトル達を連れてきたのは、城の地下にある船着き場だった。ゴツゴツとした石壁に覆われた船着き場は、天井も低く、ジメジメとしていて、狭い通路のようだった。どこからともなく落ちる滴が、あちらこちらで、ぽたりぽたりと競うように音を立てていた。
 薄暗闇の中、一艘のボートが止められているのが見えた。
 サトルがボートに乗りこむと、又三郎もちょこんと飛び乗ってきた。トッピーは食べられるのを怖がっているのか、又三郎が飛び跳ねても、決して手の届かないところに浮かびながら、ジッと不審な目を向けていた。
「又三郎、ちょっと待て――」と、船着き場に立っている大臣が、なにかを取り出しながら言った。「この世界に来て、青騎士と最後まで戦い抜いたおまえだ。いらぬお節介かもしれないが、これはわしの気持ちじゃ」
 大臣が広げたのは、透き通るほど薄い銀色のマントだった。
「お城の魔法使い達に術をかけてもらった”みかわしのマント”じゃ、くれぐれも、気をつけるのじゃぞ」
 二本足で立った又三郎は、大臣にマントをつけてもらうと、首周りが窮屈なのを気にしながら、小さくうなずくように一礼した。
「では、よろしく頼んだぞ」大臣がボートを押すと、サトル達が乗ったボートは、櫓を操る者がいないにもかかわらず、水の上を音もなく進んでいった。
 ボートが船着き場を離れると、又三郎は手を下ろし、猫の姿勢に戻った。長いしっぽを振りながら、舳先のそばに歩いていくと、ゴロリと眠そうに横になって、体を丸くした。
 湖に出ると、もうすっかり日が暮れていた。青い湖面は姿を消し、替わってミルクのように濃い靄が、辺り一面を白一色の世界に変えてしまっていた。厚い靄のカーテンを透して、おぼろな月明かりだけが、かろうじて湖面を照らしていた。
 さざ波が、サァーと小魚の群れのような波を立て、ボートを揺らして過ぎていった。これまでほとんど吹いていなかった風が、濃い靄を追い立てるように吹き始め、次第に強さを増していった。
 周りを覆っていた靄が、風に吹かれて徐々に薄くなっていった。ボートは、夜の色に黒く染まった湖の上を、滑るように進んでいた。
 サトルは、トッピーの金魚鉢を胸に抱えたまま、ボートの後ろに腰を下ろし、緊張した面持ちで、辺りに注意を払っていた。
「寒くなってきたな、サトル……」と、トッピーが震える声で言った。
「うん――」サトルは答えると、ボートの前で丸くなっている又三郎を見た。目をつぶって寝転がったまま、ほとんど動いていなかった。何度か声をかけようとしたが、ピリピリとした空気を感じ、声にならない言葉を飲みこんだ。
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夢の彼方に(61)

2016-04-11 23:57:04 | 「夢の彼方に」
「――いいか、落ち着いて、ワシの話をよく聞くのじゃ。ねむり王様が救出されるまで、夢の扉を使うことはできない。サトル君には我慢してもらわなければならないが、ガッチの言うとおり、このまま城にいても、兵士達が不在の中、襲ってくる青騎士から守ってあげることなど、とうていできはしないだろう。それにこのまま城にいたとして、もしも夢の扉が青騎士に壊されてしまうようなことがあれば、ねむり王様はおろか、救出に向かった多くの兵士達まで、二度と夢の中から戻ってこられなくなってしまう。そこでだ、ワシの考えじゃが、サトル君には、湖のそばにある避難所で、いったん身を潜めてもらおうと思う。要塞とまでは行かないが、万が一の時のため、城にも負けないくらい堅牢に造られた砦じゃ。食料もたんと蓄えておる。青騎士が襲ってきても、分厚い石積みの壁は、容易に壊せやしないだろうて」
「避難所に逃げるのはいいが、ただ隠れていたって、青騎士は止められないぜ――」と、ガッチが怒ったように言った。「誰かが一緒について行かなきゃ、守れるものも守れやしないさ」
「やれやれ……」と、パルム大臣がため息混じりに言った。「きかん気が強くて、力をもてあましておる小人には、どうにも手を焼かされるわい」
 大臣が夢の扉から離れて、出入口の方へ歩きながら言った。
「城には誰も兵士が残っておらぬと言ったが、まだおるじゃろうが、とっておきの者が――」
 と、ガッチが腕を組みながら「ふん」とつまらなさそうに鼻を鳴らした。
「青騎士からサトル君を守るため、城の者を一人守りにつかせることにした」と、大臣が振り返って言った。「しばらくの間、その者と共に湖のそばにある避難所に隠れていてほしい」
「もう来ておるはずなんじゃが……」と、大臣が広間の入り口に向かって、大きな声で呼んだ。「おい! 又三郎。又三郎はどこじゃ――」

 ニャー。

 聞こえたのは、猫の鳴き声だった。
「まったく、フラフラと正体のつかめんやつじゃ」大臣が困ったように言った。「さあ又三郎、出てくるんだ」
 ニャー、と鳴きながら、ちょこんとどこからともなく、猫が広間に現れた。
「来ておるのなら、さっさと姿をあらわさんか」と、大臣が小走りに戻ってきた。「猫の又三郎じゃ。これ、しっかりサトル君をお守りするんだぞ――」
 ニャー、と鳴いた猫は、黒い目の玉を細い皿のように立てながら、サトルに足音もなく近づき、品定めをするように顔を向けたまま、周りをぐるりと一回りした。
 又三郎と呼ばれた猫は、四肢の先が靴下を履いたように白く、体は灰色がかった虎縞模様で、見たところ、普通の猫と変わったところはどこにもなかった。猫の姿を見るなり、それまでジッとしていたトッピーが、フラフラと落ち着かなげに飛び始めた。
「こらっ、しっかりと挨拶せんか!」と、パフル大臣が言った。
 大臣に叱られた猫は、あわててサトルの前に来ると、人のように二本足で、スッと自然に立ち上がった。
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夢の彼方に(60)

2016-04-11 23:56:12 | 「夢の彼方に」
「これが、”夢の扉”じゃよ――」大臣が、扉を示しながら言った。
「へぇー、はじめて見るなぁ」と、トッピーが扉に近づいて言った。
 トッピーの後に続いて、サトルも小走りに扉に近づいた。四角い木の扉は、縁から少し内側に入って段差がつき、四角の中にまた四角があるようにくぼんでいた。装飾と呼べるものは、それしかなかった。いつ頃作られたのか、しぶい焦げ茶色に染まった扉は、長い時の流れを感じさせた。よく見ると、閉じられた扉の中から、床を這うように一本の赤いロープが延び、広間を横切って、そばの柱に結わえられていた。
「王様を捜索するために、城の兵士が山ほど扉の奥に行っておる。延びているロープは迷わないための備えじゃが、果てしがない夢の中、あまり役に立つとは言い難い。扉の奥では、兵士一人一人の技量と経験だけが便りなのじゃ。本来なら、サトル君をあの扉から帰してさしあげたいところじゃが、扉で行ける夢の世界はひとつだけ。ゆえに王様を見つけ出すまでは、なんとか我慢して欲しいのじゃ……」
 どう答えていいものか、サトルが戸惑っていると、大臣が言った。
「ねむり王様が無事に救出隊に保護されれば、あの銅鑼を叩いて、すぐにでも目を覚まさせることができるんじゃが――」
 大臣が見上げたところには、一見すると壁一面に描かれた壁画かと思うほど、巨大な銅鑼が据えられていた。丸い縁取りの中には、幾重にもとぐろを巻いて宙を舞う龍が彫刻されていた。両目は力強く見開かれ、黄色く光っていた。大きな口をカッと開け、鋭い牙を恐ろしげに剥き出していた。
「あー、もういつまで待たせる気だよ!」
 と、銅鑼の下で小さな影が動くと、赤い小人がちょこんと立ち上がった。
「こらガッチ、救出隊からいつ連絡が入るかわからんのじゃ、気を抜くんじゃない」
「わかってるよ。だけどこう暇じゃあな――」
「ガッチ?」と、サトルは嬉しそうに言った。
 小人が、背伸びをしながら言った。
「遅かったじゃないか――とはいっても、城がこのザマじゃ、帰るに帰れないけどな」
 ガッチはサトルに駆け寄ると、ちょこんと肩に飛び上がり、いたずらをするように耳を手でねぶった。
「元気そうだな、大臣からちょこちょこ話は聞いていたが、村であった時よりずいぶん逞しくなったみたいじゃないか」と、ガッチは体をよじってくすぐったがるサトルに言った。「これからはオレも一緒だ。怪力ガッチ様にかかりゃ、青騎士なんかに負けやしないさ」
「いい加減にせい、お調子者が!」と、パルム大臣が大きな声を上げた。片手を伸ばして、サトルの肩に乗っているガッチをつかまえようとしたが、ガッチは難なく大臣の手をよけ、ストンと広間の床に降り立った。
「オレが守らなきゃ、誰がサトルを青騎士から守ってやれるんだ……」と、ガッチが腰に両のこぶしをあて、小さな胸を張るように言った。「ねむり王の捜索にてんやわんやで、城の中はほとんど空っぽじゃないか。青騎士にひるまないで立ち向かえるヤツなんて、誰一人として残っちゃいないだろ」
「んむむ……」と、眉をひそめた大臣が、静かに話し始めた。
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夢の彼方に(59)

2016-04-11 23:55:24 | 「夢の彼方に」
「ほっほっ……この絵に描かれておる人物はな、ねむり王様の亡くなられたお父上、前ねむり王様じゃよ」と、パフル大臣が笑いながら言った。「わしも若い時分は、王様になにかとご心配をおかけしたもんじゃ。当時のことを思い出すと、この歳になってもまだ、恥ずかしさで顔が赤らんできてしまう。いつか恩返しをしなければと思っていたが、亡き王様に代わって、この私がねむり王様のお世話をまかされるとは、身に余る光栄であり、なんとも奇妙なご縁じゃ――」
 大臣は、ふと言葉を途切ると、申し訳なさそうに言った。
「サトル君と同じように、異世界からこの国に人が訪れるのは、そうめずらしいことではない。我々にはとうてい知るよしもないが、条件さえそろえば、双方の夢の通路がつながって、たやすく行き来ができるらしい。正式な記録が残っていないものも含めれば、かなりの人々が訪れておるだろう。君がどうしてドリーブランドに来ることになったのか、詳しい事情は、風博士の便りに記されておった。せっかく来たのだから、城の中だけではなく、にぎやかな城下町もぐるりと案内して、すぐにでも元の世界に戻してあげたいところじゃが、知ってのとおり、城も、ねむり王様がいまだに行方不明で、大騒ぎしておるのだよ」
「なんだよ、大臣」と、トッピーが生えていない牙を剥き出すように言った。「苦労してここまで来たってのに、元の世界に戻せないって言うのかよ」
「そうは言っておらん――」と、大臣は首を振った。「本来なら、すぐにでも元の世界に帰してさしあげるところだが、事情が事情なだけに、しばらく待っていてほしいのじゃ」
 こちらへ……、と先導する大臣の後ろを、サトルは小走りについていった。腹の虫がおさまらないといったトッピーは、宙に浮かんだまま、カンカンになってさんざん悪態をつくと、いつの間にか姿の見えなくなった二人の後を追いかけて、あわてて飛んでいった。
「我がねむり王様は、夢を見るのがお仕事でのう、起こして差し上げなければ、何日でも何年でも、目覚めることなく、深い眠りについておられるのだ。その時に見た夢が、そのままの形で外に現れて、この世界の平穏な生活を守っておるのだよ」
「夢って? ねむり王様が夢を見ると、それが本当になるんですか」
「そうなんじゃ。それが代々のねむり王様に伝わるお力でのう、わしの唯一の悩みでもあるのじゃ。国を思う夢なら良いのだが、いたずら好きのねむり王様は、なにかとあれば夢の中で自由にお遊びになられる。起きている間は、私のように口うるさいお目付役も、夢の中までは、そう簡単に手が出せないからのう。時には、別の夢につながるトンネルを安易に掘ってしまわれて、迷いに迷ったあげく、帰り道がわからなくなって、行方不明になってしまう騒ぎもたびたび起こされるのじゃ。ねむり王様がいなくなれば、この世界の均衡が崩れ、人々の勝手な夢があちらこちらで実体を持ち、国中が混乱してしまうだろう。歴代の王様には、これまで必要なかったのじゃが、ねむり王様が夢に迷わないよう、いつでも起こして差し上げられるように、大きな目覚まし時計を枕元に置き、さらに起床の曲を演奏する楽団も結成したのだが、いずれも力不足で、ねむり王様を目覚めさせることはできなかった。そこで、城の識者達と改めて知恵を絞り出し、夢の中まで大音声を轟かす特別な銅鑼を作らせて、その音で、ねむり王様を起こして差し上げることにしたのじゃ――」
 大臣がサトルを連れてきたのは、地下の大きな広間だった。
 壁も床も、白い大理石に覆われた広間のまん中には、古ぼけた木の扉がぽつんと建てられていた。扉の周りには、やはり白い大理石でできた太い円筒形の柱が、扉を中心にして、互い違いに輪を描きながら、放射状に建っていた。
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