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愚直な彼らに光を~国民の自衛官~その4

2018年04月12日 06時32分00秒 | 陸上自衛隊
本日ご紹介するのは、国民の自衛官を部隊で受章された、陸上自衛隊・第15ヘリコプター隊の皆さんです。


(画像は第15ヘリコプター隊ホームページより)

まずはいつものように、こちらの産経新聞の記事からご覧ください。

国民の自衛官 横顔(3)2017.9.20

急患空輸9000回 離島の「命」をつなぐ 陸自第15ヘリコプター隊

昨年10月4日、離島から急患を搬送する緊急患者空輸(急患空輸)9000回を達成した。沖縄県知事からの要請で容体が芳しくない新生児を宮古島(宮古島市)から本島の那覇市に運び、尊い命をつないだ。

沖縄の本土復帰に伴い昭和47年11月、那覇駐屯地に配備された。前身の第101飛行隊が翌12月に粟国島(あぐにじま=粟国村)から初の急患空輸を行って以来、約45年もの間、同県全域と鹿児島県奄美大島以南を24時間体制でカバー。8月末現在で、急患空輸9161回、空輸人員9514人を数え、両県民に安心、安全を提供し続けてきた。

 本来の任務は島嶼防衛の最前線に立つ陸自第15旅団隷下部隊の航空輸送や戦闘支援。しかし、県や民間の救急ヘリでは航続距離が届かなかったり、夜間飛行運用が不十分だったりする場合は荒天を顧みず出動する。

 危険度は高く、過去に7人が殉職、添乗の医師1人が死亡した。悲劇を風化させまいと施設内に置かれた「安全啓発室」には事故機体の残骸や捜索写真、当時の新聞記事などが並ぶ。総勢約200人の隊員は同室で「安全」と「鍛錬」を誓い、9000回超の任務遂行につなげてきた。

 「引き続き国民のために安全飛行に努め、任務に邁進していきたい」と隊長の古賀幹徳(もとのり)1等陸佐(49)。急患空輸後、元気になった人から感謝の手紙が届くことも多いといい、ある隊員は「大きな活力になるとともに責務の大きさを感じる」と表情を引き締めた。(高木桂一)



第15ヘリコプター隊は、沖縄県那覇市の那覇駐屯地に所在しています。
那覇駐屯地は那覇空港に隣接しており、滑走路を、民間航空会社、航空自衛隊、陸上自衛隊、海上自衛隊、海上保安庁、沖縄県警察とで共有しています。
1日に400回以上民間航空機が離発着している上、平成28年度の南西航空混成団(当時。現在は南西航空方面隊)のスクランブル回数は800回を越えていました。

そのように過密な状況の中、第15ヘリコプター隊は、24時間態勢で10名の隊員が待機し、南北約500km・東西約1,000kmという広大なエリアを、ほぼ毎日のように飛び回っています。


平成28年10月4日、9000回目の急患空輸は、台風18号が抜けた後でところどころで弱い雨が降っていたそうですが、赤ちゃんと付き添いの医師やご家族を、無事に宮古島から那覇基地まで送り届けたそうです。


(画像は西部方面隊ホームページより、9000回目の急患空輸の様子)


こちらは、第15ヘリコプター隊が担任する鹿児島県と沖縄県から、急患空輸9000回に対しての感謝状贈呈の様子です。

(画像は西部方面隊ホームページより)
鹿児島県知事は、ご本人が直接感謝状を贈呈されていますが、沖縄県知事は代理なんですね。やっぱりなーって感じ。



第15ヘリコプター隊は、病院と連携して研修も行っています。


(画像は第15旅団Facebookより)

沖縄・鹿児島県民の皆さん。
第15ヘリコプター隊がこのように両県民のために尽くしているのを、是非、多くの方に知って頂きたいと思います。


最後に、こちらの画像をご覧ください。

(画像は第15ヘリコプター隊ホームページより)

雨が降っている訳でもないのに、日差しを避けるためだけに傘をさしています。
こういう細やかな心遣いができるのが、自衛隊という組織なのです。
私は、もともと自衛隊好きを自覚していましたが、このブログを始めて、こうした画像を目にする機会を得、更に自衛隊が好きになりました。


陸上自衛隊・第15ヘリコプター隊の皆さん、国民の自衛官受章、本当におめでとうございます!






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