新しい年が始まって、私の身辺にも次々と変化が起こっています。
そんな中、久しぶりに東京の由緒ある建物を見学に行きました。
友人と最初にランチしたのは
川端康成、三島由紀夫、池波正太郎など文豪文人に愛された神田駿河台、明治大学の隣にある山の上ホテルです。
ここはアメリカ人ウィリアム・M・ヴォリーズが設計した建物です。
坂の下は明治大学です。
日本人が大好きで、日本を愛した建築家ですから、ヴォリーズの設計が好きな人にはよく出会います。
1936年に完成した旧館はアールデコ調で、クラシカルな雰囲気が素敵です。
若かりし20代のころ、最初に勤務した職場が山の上ホテルのすぐそばでした。
当時は職場の歓送迎会で時々、このホテルのレストランを利用していました。
ちょっとなつかしかったです。
今日は友人が私の新しいスタートを祝って食事をご馳走してくれました。
さて、お腹がいっぱいになったところで、国立近代美術館を目指しました。
現在は本館は耐震工事中で見学できませんが、
重要文化財である別館(工芸館)をみることができました。
工芸館の前身は明治43年に建てられた近衛師団司令部です。
建設が決定された明治40年頃は、日露戦争が終結し、朝鮮半島や満州における戦後の経営をいかに進めるかを決定する時期で、
軍部は陸軍海軍とも増強を計画し、近衛師団も歩兵、騎兵、砲兵、交通兵(鉄道隊、通信隊、気球隊)の増強を図るとともに
司令部庁舎の新設を計画した、ということです。
建物の設計は明治38年に工部大学校を卒業したばかりの陸軍技師田村鎮でした。
工部大学校は三菱1号館のジョサイア・コンドルや近代建築の基礎を築き、東京駅などを設計した辰野金吾が
教鞭をとり、学んだ東京大学工学部の前身の学校です。
田村鎮は新進気鋭の技師で、大きなプロジェクトは初仕事だったそうです。
それだけ力が入ったということでしょうか、決して派手ではありませんが、
ゴシック風の様式で赤煉瓦に白の花崗岩が映えて堂々としています。
正面玄関のアーチ↑
煉瓦は1段目と2段目の煉瓦が長短を組み合わせてできているイギリス積みです。
ホールから眺めた2階へ続く階段。
階段の手すり、素晴らしい曲線です。
2階に上がったところの小ホール。
実は工芸館はほとんど全面改装され、この正面玄関のホールと階段、2階のホールしか以前の姿を彷彿させる場所が
ないそうです。
確かに、工芸品の展示室は最新式。
重要文化財の宝庫です。
昭和38年国の事業として北の丸地区にあった旧近衛師団の建物群を撤去し、森林公園として整備されることとなりました。
この頃より近衛師団の戦友会が中心となり建物の保存運動が動き始まりました。
昭和40年5月、文化財保護委員会事務局が「同建物は明治の洋風建築の代表的な遺構であり、適切な利用法のもとに保存されることを希望する」
という意見をだしたことにより撤去を免れ、最終的には保存されることになりました。
壊さないで保存する、
もちろん大変な事業となるわけですが、
堂々とした明治の建物が現在によみがえるということは
歴史を学ぶ上でとても大切なことだと思います。
一日、神田駿河台から北の丸公園まで歩き、久々に古い建物のよさに浸った一日でした。
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私も昨日三重県の桑名にあるジョサイア・コンドルが設計したという六華園の建築を見に行きました。今年も新しい記事期待してます♪
私は子どもたち(もう二人成人したんですけども)がまだまだまだまだお金がかかり、旅立つのはもっともっと先になりそうです。。。(溜息…)。
明治大正の建物、いいですね。以前Q大で働いていた時、休み時間古い校舎を見て回って散歩していました。移転のため閉鎖された建物がほんとうち捨てられていてもったいな~といつも思っていました。それにくらべて戦後の後者は古くなると薄汚いだけ。。。
まずは近場からいろいろめぐって行こうと思っています。なかなか更新できないけれど、これからもよろしくお願いしますね。またよい建物があったらおしえてください。