私の歩く旅 

歴史の背景にある話題やロマンを求めて、歩く旅に凝っています。ねこや家族のこともちょこっと。

ホンモノは残さないでよかったことは一度もなく、、、、

2013年01月26日 | 近代の歴史的建造物

新しい一年が始まって、私の身の上にもいろいろな変化が出てきています。
昨年4月から仕事を一切やめ、休養に入りました。
今考えれば、一生で一番ゆっくりと時間が流れた1年だったような気がします。
旅行もたくさんしました。
旧居留地を尋ねて、長崎から函館まで回りました。

どこも素敵でしたけれど、
今日はその中からアントニン・レーモンドが建てた建物を探訪してみたいと思います。

アントニン・レーモンドはチェコ生まれの建築家ですが、大学を卒業するとアメリカに移住します。
そこで、アメリカ人建築家 F.ロイドと出会い
ロイドが設計した帝国ホテル建設のため、いっしょに来日します。
その後、レーモンドは日本各地にたくさんの優れた建築を残し、
現在では「日本の現代建築の父』と呼ばれています。

さて、下の写真は昨年、横浜居留地を訪ねた時の写真で、レーモンドが設計した
エリスマン邸です。




萌葱色の可愛い外観です。
大正14年から15年にかけて建設されたもので、当時は和館付の洋館でした。


サンルームも窓が大きくて光がいっぱい入ってきます。⬇




実は最近、所用でよく行く聖路加国際病院もレーモンドの設計でした。
ただ、あまりにも装飾が少な過ぎると、途中で解雇され、立教女学院のチャペルを設計したバーがミニーに
引き継がれたのだそうです。

さて、来年度お世話になる東京女子大学の歴史的建造物もレーモンドの作品です。
東京女子大学と言えば、初代学長はあの500円札に肖像画が使われた新渡戸稲造です。



写真は本館で“QUAECUNQUE SUNT VERA”(すべて真実なこと)と壁に刻まれています。
いつ見ても美しい建物です。



大学内には7つの歴史的建造物が建てられています。
下記の写真、ライシャワー館もそのひとつです。




この通路も素敵ですよね。




秋はこんな感じです。⬇




さて、有形文化財に指定されなかったレーモンドの建物は取り壊され、新しい校舎に変わりました。
卒業生や職員によって保存する会が設立されたようですが、残念ながら取り壊されてしまいました。

そのとき、東京女子大学の卒業生、作家の永井路子さんが残したことばが下記です。
歴史的建造物の保存に対して、本質を問うものだと思います。

ホンモノは、「残さないでよかった」ことは一度もなく、
「残してよかった」か「残せばよかった」しかない
── 永井路子







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神田駿河台から竹橋国立近代美術館へ

2013年01月20日 | ありふれたお話

新しい年が始まって、私の身辺にも次々と変化が起こっています。

そんな中、久しぶりに東京の由緒ある建物を見学に行きました。
友人と最初にランチしたのは
川端康成、三島由紀夫、池波正太郎など文豪文人に愛された神田駿河台、明治大学の隣にある山の上ホテルです。
ここはアメリカ人ウィリアム・M・ヴォリーズが設計した建物です。



坂の下は明治大学です。




日本人が大好きで、日本を愛した建築家ですから、ヴォリーズの設計が好きな人にはよく出会います。
1936年に完成した旧館はアールデコ調で、クラシカルな雰囲気が素敵です。

若かりし20代のころ、最初に勤務した職場が山の上ホテルのすぐそばでした。
当時は職場の歓送迎会で時々、このホテルのレストランを利用していました。
ちょっとなつかしかったです。



今日は友人が私の新しいスタートを祝って食事をご馳走してくれました。




さて、お腹がいっぱいになったところで、国立近代美術館を目指しました。
現在は本館は耐震工事中で見学できませんが、
重要文化財である別館(工芸館)をみることができました。



工芸館の前身は明治43年に建てられた近衛師団司令部です。
建設が決定された明治40年頃は、日露戦争が終結し、朝鮮半島や満州における戦後の経営をいかに進めるかを決定する時期で、
軍部は陸軍海軍とも増強を計画し、近衛師団も歩兵、騎兵、砲兵、交通兵(鉄道隊、通信隊、気球隊)の増強を図るとともに
司令部庁舎の新設を計画した、ということです。

建物の設計は明治38年に工部大学校を卒業したばかりの陸軍技師田村鎮でした。
工部大学校は三菱1号館のジョサイア・コンドルや近代建築の基礎を築き、東京駅などを設計した辰野金吾が
教鞭をとり、学んだ東京大学工学部の前身の学校です。

田村鎮は新進気鋭の技師で、大きなプロジェクトは初仕事だったそうです。
それだけ力が入ったということでしょうか、決して派手ではありませんが、
ゴシック風の様式で赤煉瓦に白の花崗岩が映えて堂々としています。



正面玄関のアーチ↑



煉瓦は1段目と2段目の煉瓦が長短を組み合わせてできているイギリス積みです。



ホールから眺めた2階へ続く階段。



階段の手すり、素晴らしい曲線です。



2階に上がったところの小ホール。


実は工芸館はほとんど全面改装され、この正面玄関のホールと階段、2階のホールしか以前の姿を彷彿させる場所が
ないそうです。
確かに、工芸品の展示室は最新式。
重要文化財の宝庫です。

昭和38年国の事業として北の丸地区にあった旧近衛師団の建物群を撤去し、森林公園として整備されることとなりました。
この頃より近衛師団の戦友会が中心となり建物の保存運動が動き始まりました。
昭和40年5月、文化財保護委員会事務局が「同建物は明治の洋風建築の代表的な遺構であり、適切な利用法のもとに保存されることを希望する」
という意見をだしたことにより撤去を免れ、最終的には保存されることになりました。

壊さないで保存する、
もちろん大変な事業となるわけですが、
堂々とした明治の建物が現在によみがえるということは
歴史を学ぶ上でとても大切なことだと思います。

一日、神田駿河台から北の丸公園まで歩き、久々に古い建物のよさに浸った一日でした。




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丸の内1丁目1番地

2013年01月16日 | ありふれたお話

所用で丸の内1丁目1番地へ行きました。
目の前は改装で新しくオープンした東京駅です。

近代建築の基礎を築いたとも言える辰野金吾の設計です。

東京駅の回りを歩くと、明治の足音が聞こえてくるようです。
特に三菱一号館ビルから続く通り。
100年以上前の光景がふっと頭をよぎります。







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