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Yokusia の問はず語り

写真担当: Olympus E-400 / Panasonic FZ5

復活?

2009-12-06 | Weblog
長い間、放置していたにもかかわらずチェックして下さっていた皆さん、ありがとうございました。
前もってブログ中断の予告できればいいのですが、すぐ復帰するつもりがだらだらと・・・という
場合がほとんどなので、始末が悪いです。

前回の記事が五月。何と半月以上もサボっていたわけですね。
その間の出来事や心境の変化などについては、おいおい書いていくつもりなので、改めて
よろしくお願いします。(なんて書きつつ、またすぐトンヅラする予感が・・・(汗))

これから書くのは、最近、とあるフランス人女性と交わした会話です。

フランスでは、日本人だと言うと、未だに「生け花、茶道、浮世絵、着物、オヅは素晴らしい!」
など一昔前のステレオタイプ全開の会話になることが多いのですが、彼女はその点、すごく
さばけていて、フランクな会話を楽しむことが出来ました。

それでも一応、予防線を張って、フランス人が抱く日本人のステレオタイプに辟易している話を
したら、彼女はからから笑い、「わかるわかる。今、中国人と結婚して北京にいる日本人の知り
合いも同じこと言ってたから。フランスにわざわざ来るような日本人は、それでなくても『典型的』
日本人とはほど遠いんだから、そんなクラシックなこと言われても困るって渋い顔してたわよ。」
これにはこっちもついつい笑ってしまいました。

「でも、日本だって似たようなものでしょ。日本人にとってのフランス人像はどうなの?」と彼女。

「高級ブランドに身を包み、シックなレストランで、美味しいワインと料理をエレガントに味わい、
おしゃれな会話を楽しむ人々。何しろ、マリー・アントワネットとルイ・ヴィトンの国ですからね」
と私。

ここで彼女はにんまり笑い、「でしょ。フランス人皆が王侯貴族みたいに生活できるわけじゃ
ないのに。それで思い出したけど、以前、オーストラリアを旅した時、現地の人と話す機会が
あったのよね。その中の一人に『フランスからいらしたんですか。私はこう見えても、フランス
文学の大ファンでね。お国ではカフェで夜な夜な、アプサンを楽しんでいらっしゃるんでしょう』
って大真面目に言われたの。あの時はさすがに、どう返していいのかわからなかったわよ。
まあ私だって、オーストラリアと言われても、せいぜいコアラとカンガルーくらいしか思い浮かば
ないけど、それでも、誤った先入観よりは、無知の方がまだましなんじゃないかしら。」

それでひとしきり笑った後、クラクフでの苦い経験が蘇ったのでした。
ポーランドに住み始めて間も無い頃、近くのポーランド人を捕まえては、「マズルカ(ショパンが
好んだポーランドの舞踊形式)踊れる?」と聞いて回っていたんですよね。

彼らは人がいいので、「ポロネーズなら高校で習ったから踊れるけど、マズルカは無理?」とか
嫌な顔もせず、けっこうまじめに答えてくれていたけど、気心知れた寮の隣人に、「ポーランド人
なのにマズルカ踊れないの~?」と聞いた時に、「じゃあそっちは日本舞踊踊れるのかよ?」と
半ば冗談、半ば本気の答えが返ってきて、ようやく我に返った私。ああ恥ずかしい・・・

と言うわけで、長い沈黙の後の長~い記事でした。(今回はいつまで続くか(大汗))

加筆修正です。
アブサン、てっきり製造中止のままだと思い込んでいたのですが、 1999年以降、成分に多少
変更を加えて再販されているようです。無知は私たちの方だったのかも(滝汗)

パルマ島紀行 その7 最後のひと悶着

2009-05-18 | Weblog
残念ながら、話はこれで終わりませんでした。
月曜日、前のレンタカー会社を尋ねると、責任者らしき男性が、私たちをオフィスの奥へ招き、

「全額返済は無理だ。事情が変わった。」

と、ひどい渋面を作ったまま、修理明細をこちらに押しやったのです。

「見てくれ。クラッチ全取替えで修理代420ユーロ。クラッチのディスクが磨り減って交換する例は
よくある。でも今回は全壊だ。先日、クラッチを新しくしたばかりだというのに。修理担当の技術者
も、こんな壊れ方は前代未聞だと言っている。本来なら、この状況でレンタル料を返す義務はないし、
それどころか、修理代金全額、そっちに払ってもらいたいくらいだ。問題沙汰にしたくないから金は
返すが、修理費の半額はお二人に肩代わりしてもらいたい。不満なら裁判を起こしてもいい。
とにかく私が払えるのはこれだけだ。」

350ユーロの利益が一瞬のうちに400ユーロ以上の損失に変わってしまったのだから、彼が憤慨
するのも当たり前。相手の言い分にもそれなりに納得したので、素直に要求を呑むことにしました。

別れ際、「不動産屋との兼ね合いもあるから、あなた方に車を貸したが、本当は貸したくなかった。
奥さんにはマニュアルは無理だ」という彼の言葉に、Fもさすがにカチンと来たようで、

「でもうちはマニュアルだし、今回、別のレンタカー会社で借りた車もマニュアル車ですが、何の
問題もなく動いていますよ。ここに来たのだって車でだし」

と言葉を返すと、彼は疫病神でも見るような顔つきでこう言い放ちました。

「それは、うちの車を練習台にして、奥さんが運転に慣れたからでしょう。」

実を言うとこの時はまだ返金額を知らず、せいぜい150ユーロくらいだと思っていたのですが、実際、
戻ってきたのは200ユーロ。

ここでふと思ったのですが、もしかしたら彼は、とんでもない計算間違いをしていたのかも。
私たちはレンタル料を350ユーロしか払っていないのだから、修理費が400ユーロとして、その半額
に当たる200ユーロを差し引くと、150ユーロ相当の返金が妥当なはず。それなのに200ユーロ返して
くれたのは、修理費を全額支払ったのが私たちであるかのような錯覚に陥ったからなのでは・・・。

詳細はさておき、私たちの名前がブラックリストに載ったのは、ほぼ確実でしょう。
この日を境に、これまで抱いていたドイツ車への幻想も霧散し、後味の悪さだけが残りました。

なのはともあれ、5日間続いた「魔の日」も無事収束。
「ドタバタ編」も今回で終わりです。

パルマ島紀行 その6:レンタカー騒動その後

2009-05-17 | Weblog
荷物の件が一段落すると、「レンタカーを再契約する気はない?」と大家さんが尋ねました。
あんなことがあった後なのでかなり躊躇しましたが、せっかくだから腹をくくって、もう一度だけ
試してみることにしました。これで2台目も駄目だったらその時はその時、潔く諦めようと・・・


私たちの意向を知ると、彼女は前の会社のレンタル料を尋ね、それから、ドイツ系のレンタカー
会社数件に立て続けに電話をかけました。

「シトロエンの在庫が一台あるけどどう?15日間300ユーロ。まだ新しくて状態もいいそうだよ。
オフィスもここから近いし、興味があるならこっちに来るって言ってるけど・・・」

「足」を失った私たちには何とも有難い話でしたが、問題は支払いのこと。

「今、十分な持ち合わせがなくて、明日以降の支払いでよければ、ぜひお願いしたいんですが」

Fがためらいがちに言うと、大家さんはすぐ電話先の相手にその由を伝えました。

「明朝、シトロエンのC1で迎えに来るそうだよ。気に入ったらそのまま彼のうちまで同乗して、
契約後、車を受け取ればいい。」

翌朝(28日土曜日)、豆粒みたいな車でレンタルハウスにやって来たオーナーは、気さくで
とても感じのいい人でした。最初に借りたフォルクスワーゲンは2002年製造で、走行距離は
110000キロ以上。見た目もポンコツに近い状態でしたが、今度の車は製造が何と2008年。
新車とほとんど変わりません。

依然として前回のトラウマに悩まされていた私は、豆車で大丈夫なのか不安だったのですが、
この車、おもっちゃっぽい外見にもかかわらず、なかなかパワーがあって、火山帯特有の急な
坂道やカーブを物ともせず、最終日までの15日間、順調に走り続けてくれたのでした。

ブランドこそ違え同じフランス車。違和感もなく、短時間ですぐ乗りこなせるようになりました。
違うのは最高速度が170キロしかないこと(フランスの高速すら最高速度が130キロなのだから、
この点は問題なし)、シートベルトを締め忘れても警告音が鳴らないこと、運転席から助手席の
窓の開閉ができないこと、ヘッドライトの調節レバーが前後逆なこと、発進時、アクセルを深め
に踏まないといけないことくらい。

今回得た教訓を英語構文風に書くと、「ポンコツのドイツ車を借りるくらいなら、新車のフランス
車を買う方がましだ」と言ったところでしょうか。

新しい車でまず行ったのは不動産屋さんでした。
車の件を話すと、「あちらは月曜日に返すと言ってるわ」と言う返事。前回の返金分を新車の
レンタル料に当てるというこちらの計画は、脆くも崩れ去りました。加えてFのカードは、引き
落とし最大限度額を超えていたため、最低一週間は使い物にならず、残るは私のカードのみ。
それでもどうにかレンタカー代を下ろし、ひとまず胸をなでおろしたのでした。

パルマ島紀行 その5:バックパックの帰還

2009-05-16 | Weblog
無事帰宅したものの、車なしでは、空港は愚か不動産屋にすら行けません。
とりあえず翌朝、レンタカー会社に電話を入れると、「午後、そちらに伺いますよ」との返事。
「あの様子じゃすぐ直ると思ってるね。そんな状態じゃないのに」と表情を曇らせるF。

案の定、今度は向こうから電話があり、「点検したところ、簡単な修理で済む状態じゃないよう
ですね。今は在庫もないし、レンタル料全額返金という形でご了承いただくことになりますが。
それはさておき、奥さんのご使用というのであれば、マニュアルよりオートマの方が無難だと
思いますがねぇ。」

空港には、朝11時頃、宛先変更の電話を入れました。
「2時には届きますから」と気丈そうな女性が請合ってくれたのに、待てど暮らせど届く気配が
ありません。

午後5時を過ぎてもまだ届かないので、さすがに業を煮やして、再び電話を入れると、今度は
別の女性が出て、「少々、お待ちを・・・」そのまま受話器を外しっぱなしにしたらしく、その後、
何度かけても話し中ばかり。

埒があかず大家さんに助けを求めると、彼女は私たちを家に上げ、パルマ産ワインを振舞った
後、すぐさま空港へ電話を入れました。幸い誰かが出たようで、間髪いれず畳み掛ける大家
さんの声が聞こえます。

「あんた、ドイツ語は話せるかい?えっ?英語だけ?しょうがないね。今うちにフランスから来た
カップルがいるんだけど、荷物がマドリッドに置き去りになっていて、そっちの職員が、今日の
便でパルマに送る、荷物が届き次第、タクシーですぐうち宛に送るから安心しろと言ったそうなん
だけど、まだ届かないんだよ。一体、どうなってるんだい。えっ、荷物はもうパルマにある?それ
なら早く持って来なさい。念のため、うちの住所をもう一度言うから、耳をかっぽじってよくお聞き。
何?明日?今日って言ったのはそっちだろ。何つべこべ言ってるの!」

・・・と思わず空港職員に同情したくなるほどの剣幕でしたが、この「脅し」が功を奏したのか、
Fのバックパックを積んだ大型タクシーが、間もなく家の前に姿を現したのでした。

パルマ島紀行 その4:レンタカー騒動 * 崩壊と別離

2009-05-11 | Weblog
街からの帰宅途中、車がへなへなと停車しました。私にはとうてい歯が立たない急傾斜。
しかたないので、後続車のドライバーにわけを話し、坂の下の駐車場まで下ろしてもらうことに。

幸い、とても気さくで感じの良い人で、

「急傾斜での坂道発進は、ハンドブレーキで車をしっかり固定してから、車内にガソリン臭が充満
するくらい強くエンジンを蒸かすんだ。後は車が勝手に動き出すのを待てばいい。少しくらいずり
落ちても怖がっちゃ駄目だ」

とアドバイスまでしてくれました。

それで思い出したけど、日本で教習を受けた時、ハンドブレーキを使った坂道発進もプログラムに
入っていたんですよね。メーターを見ながら蒸かすアクセルの量までちゃんと教わったはずなのに、
フランスの教習所では、普通のブレーキを仲介にする坂道発進が主で、実際、普段の生活では
それで事足りていたため、すっかり忘れていました。

再発進すると、一応、動き出したものの、傾斜のド真ん中で再び停車。
教わった通りやってみても、ほんの少し前進するだけですぐ停まってしまう。
ちょっと動いてはプスプスプス・・・。これにはさすがに参りました。

それでも根気強く坂道発進を繰り返していると、今度は突然、クラッチが繋がらなくなりました。
アクセルを一杯に踏み込んでも、空回りするだけで全然進みません。

窮状を見かねたのか、先ほどのドライバーが再びこっちにやってきました。
私たちの車を再点検した彼は、苦笑いしながら、

「おやおや、とうとうこの車の息を止めてしまったようだね。これじゃあ使いものにならないから、
代わりの車を手配してもらった方がいい。今日のところは僕が車で送るから。さっきの駐車場、
うちの車庫なんだ。今なら空きもあるし、レンタカー会社が引き取りに来るまで、ここに置いて
おけばいい。」

故障した場所がレンタルハウスから近かったのも、不幸中の幸いでした。

パルマ島紀行 その3:レンタカー騒動*ドイツ車との馴れ初め

2009-05-08 | Weblog
レンタルハウスは、景色のいい鄙びた山村にありました。
「明日はどこも休みだから、大事な用件は今日のうちに済ませた方がいい」という大家さん
の薦めに従い、街へ買い物に出たのですが、この時、すでに無一文・・・。

と言うのも、パルマのレンタカー会社は現金払いのみOKで、カード払いは不可(カナリア
諸島へ行かれる方は要注意)なため、空港まで迎えに来てくれたレンタカー会社の社員
に、18日分のレンタル料355ユーロを一気に支払う羽目に陥ったわけです。

幸か不幸か、この時、Fの財布にあった現金は350ユーロきっかり。
私の財布に残っていた小銭をかき集め、やっとのことで支払いを済ませたのでした。
後に残ったのは、空っぽの小銭入れふたつとすっからかんの札入れのみ。
銀行行きは必須でした。

不動産屋の話では、車はシトロエンのC1か、フィアットの小型車と言うことだったのに、出て
きた車はフォルクスワーゲンのPolo。この国の車にいまだに幻想を抱いている私は、

「すごい。ドイツ車じゃん。なんかすごく得した感じ・・・」

と無邪気に喜んでいたのですが、この車、実はなかなかの曲者でした。

乗ってみてまず感じたのは、私がこれまで乗ったことのあるフランス車とギアの入れ方がかなり
違うということ。日本車は、大昔、教習所で乗ったきりなので、覚えているのはせいぜい、ギアが
三段しかなかったことくらいですが、これまでフランスで乗った車はどれも、ニュートラルから右に
入れて上下で1、2、そのまま入れて上下が3、4、左に入れて上下が5、バックギアでした。

ところが、ドイツの車(というか私たちが借りた機種)は、ニュートラルからそのまま上下が1、2、
左に入れて上下で3、4、さらに左に入れて上が5、バックはギアをまず垂直に押し込んで、その
後、左に入れる。

こうやって書いてみると、ドイツ車の方が理に適っている気がしないでもないですが、これまで
触れたことすらないドイツ車を突然、与えられるというのは、ウィンドウズしか知らないパソコン
ユーザーが、突然、マックを与えられるのと同じくらい違和感があるんですよね。

それでなくても慣れない車で、まともに発進するだけでも一苦労。
それでもどうにか路上に出て、空港のあるSanta Cruzから不動産屋のあるLos Llanosに向かった
ものの、今度は、道の大部分が急傾斜か急カーブというこの島の地形に悩まされることに。

それより何より、急とは言え、普通ならセカンドで十分なはずの坂道が、この車だと、アクセルを
どんなに踏み込んでも時速20キロしか出ない。ハンドブレーキをかけたまま発進しちゃったのかも
・・・とブレーキを確認してみると、ちゃんとオフになっている。それじゃあ、セカンドの代わりフォース
に入れてしまったのかも・・・とギアを調べると、こちらもちゃんとセカンドに入ってる。
最後はファーストにして、ようやく事なきを得ましたが、これにはかなり焦りました。

極めつけはエンスト。
今思えば、アクセルの踏み込みが十分じゃなかったのかもしれないけど、信号待ちのたんびに、
エンジンを蒸かしていました。ブルンブルンという軽くて心地いい音も聞こえなかったし・・・。

パルマ島紀行 その2 : 消えたバックパック

2009-05-06 | Weblog
これですめばよかったのに、そうは問屋が卸さない・・・。
飛行機を降り、ベルトコンベアの前で預けた荷物を待っていたのですが、私のはすぐ来たのに、
Fのがなかなか届きません。一緒に預けた荷物がいつも同時に来るというわけじゃないんだから
・・・と自分を納得させつつ、ふと不安がよぎったのですが、案の定、飛行機の荷物がすべて
振り分けられても、Fの荷物はありませんでした。

ここでまず思い出したのは、キシェロフスキの映画、「白」での一シーン。
荷物の中で一番大きくて重いトランク(75キロ!)が泥棒に持ち去られる。中身は生身の人間
だから、重いのは当然なのですが・・・。でも、いくら大きいとは言え、映画とは違い、Fのはごく
ありふれたバックバック。重いと言っても、せいぜい20キロ弱。中身は使い古した衣服と靴くらい
のものだし、こんなもの盗っても仕方ないよなぁ・・・なんて能天気なことを考えていると、横に
いたFが一言、

「たぶんマドリッドに置き忘れてあるんだよ。前にもこういうことあったし・・・」

何でも、飛行機を乗り換える際、荷物だけ最初の到着地に置き去られると言うことが、これまで
3度ほどあったらしい。私もこれまで飛行機にはずいぶん乗ってきたし、トランスファーの機会も
何度もあったけど、荷物が戻らないなんてことは一度もなかったので、これを聞いた時はちょっと
びっくり。

そのうちの一度は、元々ガタが来ていたトランクが、行きの便で、輪をかけて悲惨な状態になり、
帰りの便ではついに全壊。空港からサムソナイトの真新しいトランクが割り当てられたとか。
(Fは物持ちがよすぎるので、空港側もいい迷惑だったと思うけど・・・)

荷物係に言うと、すぐさま、イベリア航空に連絡を取ってくれて、「係の手違いで、まだマドリッド
だそうです。明日の便で、正午近くにはこちらに着く筈ですよ。わざわざご足労いただくのも申し
訳ないし、そちらの住所を教えていただければ、タクシーでお送りしますよ。」

せっかくの親切な申し出も、これから借りる家の住所はおろか、大家さんの名前すら知らないの
ではどうにもなりません。その由を告げると、「それじゃあ、不動産屋のオフィス宛に送りましょう。
そうすれば、そちらの都合がつく時、取りにいけるでしょう。」

これは名案!とその時は思ったのですが、不動産屋の女性にそのことを話すと、開口一番、

「えっ、明日?無理よ。聖金曜日じゃない。店はお休み。うちだけじゃないわ。祝日だから、スペイン
本土はもちろん、この島も、店や会社は軒並み休みになるはずだし・・・。ドイツだってそう。フランス
だってそうでしょ。」

ところが、残念ながら、フランスは休みじゃないんですよね。
ドイツ法を適用しているアルザスは別ですが・・・。

それでも、休日に無理を言って開けてもらうのは悪いし、空港に電話をかけてみて、もし繋がれば、
宛て先をこれから借りる家宛に変更してもらうか、明日、車でもう一度、空港に戻るのが良策かなと
思い始めました。靴下、下着を含め、二人分の着替え一式が入っているので、荷物が届くまでは、
まったくの着たきり雀です。

それでも、この時はまだ、これより悪いことが起こるなど想像すらせず、家まで車で誘導してくれる
彼女の後を、空港で借りたばかりのレンタカーで必死に追ったのでした。

パルマ島紀行 その1:手荷物検査

2009-05-05 | Weblog
撮ったのはせいぜい500枚程度なのに、なかなか現像が進みません。
銀塩はその点、楽でしたね。いいDPEショップが見つかればの話ですが・・・
このままだとまた間が開いてしまいそうなので、とりあえずテキストから。

・・・というわけで、見切り発進ですが、2009年春のパルマ島旅行記、始まり始まり~♪

今回は、前回より一時間遅い飛行機のチケットが取れたので、空港付近で泊まることなく、うち
から直接、行けることに。念には念を入れて、電車は朝4時台の始発です。

とは言っても、フランスでは、交通ストや事故で電車が遅れたり運休になることなど日常茶飯事。
万が一そういう事態になった場合は、車で行って、空港内の屋外駐車場に泊めようと言うことに
なりました。

機内食がないことはすでに承知していたので、ゆで卵4つ、茄子とのトマト味噌煮(パンに塗る
ペースト用)、余り物のチーズ数切れ、リンゴ、オレンジ、板チョコ一枚を昼食用に用意。いつも
のように、出発前日の夜中すぎまでばたばたすることもなく、準備が整ったのでした。

そして出発当日。
心配していた電車やバスも支障なく運行し、気が抜けるくらいスムーズに空港に着いたのですが、
問題はその後のこと。余りに順調なので、何か起こるような気はしていたのですが、これほどの
厄日になろうとは・・・。

最初の暗雲は手荷物検査。
リュックのポケットに入れてあった日焼け止めローションを見事に没収されました。
元はと言えば、こちらの手落ち、不注意が原因。担当の係員にたて突くのはお角違いとは言え、
祖父譲り(?)の頑固さ+屁理屈で思わず応酬してしまう私。

「これ、液体じゃなくてクリームですよ。それに半分以上使用済みのはずだから、100ccもないと
思いますけど・・・(注:液体は100ccまで持ち込み可)」

ところが、頑固さと屁理屈にかけては敵もさるもので、

「中身が100ccだろうと50ccだろうと容器に200ccって書いてあるんだから、200ccだ。
水だろうと クリームだろうと、流体なんだから、液体と同じだ!」


と、トンデモ理論を振りかざす始末。さすがの私も諦めるしかありませんでした。

検査の後、ようやくその場を離れると、それまで私たちのやり取りを黙って聞いていたFが一言、

「でも、タッパー2箱分の茄子味噌煮が無事でよかったよね。あれだって流体だし、200ccは
優にあるもの」

どんな時も、食欲は物欲に勝るようです。

この話、まだ続きがあります。
レンタルハウスに着き、一風呂浴びようとボディソープ(兼シャンプー)を探したら、液体チェックで
引っかかった例のリュックに入っているではないですか。近所のスーパーで買った安シャンプー
ですが、子供用なので肌に優しく、髪を洗っても下手なシャンプーよりずっと洗い心地がいいので、
旅行中はこれが不可欠。今回も、300ml入りの容器を手付かずのまま持って来ていました。

「日焼け止めは駄目なのに、どうしてこのシャンプーは大丈夫なんだろう?」
首を傾げる私の訝しげな表情を見ながら、Fは言いました。

「一番の元凶はこれだよ。あの係員、荷物を開けたとたんにお目当てのものが見つかったから、
それですっかり満足してしまって、残りはろくに調べなかったんだと思う。」

この一件のせいで係員への不満は霧散し、同情と親近感すら感じてしまったのでした。

喉もと過ぎれば・・・

2009-05-01 | Weblog

以前から伸ばし伸ばしになっていたメモリ増設(1G→2Gx2)をようやく終えました。
マニュアルには「静電気に注意」と書いてあったので、かなり重症の静電気人間の私はかなり心配
で、どの程度の注意が必要なのか知ろうと、ネットで情報をあさったのですが、読めば読むほど不安
になるような情報ばかり。それでなくても、ヨーロッパの空気は日本よりずっと乾燥しているというのに。

交換中、静電気のパチッと言う音が一度しただけでパソコン一台がパーになるとか、体感できない程
微弱な静電気のせいで、新品のメモリがごみ同様に・・・なんて話を読めば読むほど、こんなことなら
専門家に頼めばよかったと後悔することしきり。実際には、あっけないほどすんなりと終わったのです
が、作業中は冷や冷やものでした。

ネットで得た情報も、入浴後、水道管を触って体内の電気を放電し、十分に加湿された部屋で、全裸
でメモリ交換をすること、体にアースをとりつけ、体内の静電気を随時、放電すること、静電気除去用
手袋を使用することなど、多種多様。

昔はともかく、今はそれほど神経質になる必要はない。緊張のあまり、PC内に汗やよだれが落ちる
ような事態の方がずっと深刻だなどと言う意見もいくつかあったので、少し気が楽になりましたが、
それでも念には念を入れて、メモリ交換の直前にシャワーを浴び、水道管を触り、全裸ではさすが
に気が引けるので、とりあえず化繊を避け、コットンのTシャツと半ズボンで作業に臨んだのでした。
もちろん髪の毛は濡れたまま(笑)

私のパソコンは、本体を開けた後、メモリスロットの両脇についているクリップを指で左右にこじ開け、
立ち上がったメモリを取り出した後、新しいメモリを30度くらい傾けて差込み、そのあと、クリップに
ひっかかってカチっと言う音が出るまで下に押し込むのですが、最初、間違って裏表逆に差し込んで
しまったため、いくらやってもメモリが入らず、ずいぶん焦りました。その後、落ち着いてもう一度
調べたら、パソコン側の出っ張りとメモリのへこみが合っていないことがわかり、急遽、向きを変えて
一件落着。心配していた「パチッ→光線→ショート→メモリ昇天」という道をたどらずにすみました。
パソコンに付属していたマニュアルに、絵入りでわかりやすく説明されていたのもよかったですね。

増設したお陰で動作が速くなったかと言われると、ちょっと微妙なのですが、プロパティを確認して
みたところ、メモリ容量が1Gから4Gに増えていたので、とりあえずホッ。

一息ついた後、ネット内の
こんな記事こんな記事を再読してみると、けっこう笑えますね。

問題が一段落したとたん、思い出したこと。
Fと同じオフィスにコンピューター技術者がいるのですが、彼の埃だらけの机はいつも、配線部丸だしの
要修理PCの山に占拠されているんです。PC内のパーツがそんなにデリケートなものなら、あんな状態
で放置しておけば、一発でお陀仏ですよね。最初にこのことを思い出していれば、たかがメモリ交換
ひとつにあそこまであたふたすることもなかったのかも。


遅ればせながら・・・帰宅報告

2009-04-30 | Weblog

26日の深夜近く、ほぼ三週間ぶりにフランスに戻ってきました。
前回と違った点はレンタカーのお世話になったこと、最初はかなり戸惑ったものの、
次第に新しい車にも慣れ、帰宅後、今度はマイカーの感触に違和感を覚える有様。

とは言え、今回、旅のごたごたがレンタカーから始まったことも事実。
この辺のことも含め、次回から始まる連載記事に少しづつ書いていく予定ですので、
どうぞお楽しみに。

今回は尻切れトンボにならないように頑張ります。(たぶん・・・)

イースター休暇

2009-04-07 | Weblog

あさってから再びカナリア諸島のパルマへ行ってきます。
今回は、前回、失敗に終わった天文写真にも挑戦してみるつもり。
星をきれいに撮るためのアドバイスがあれば、よろしくお願いします。

荷造りその他で、今日、明日とばたばたするので、とりあえず画像のみ。
帰宅は4月26日なので、次回は、当分、先になりそうですが、首を長~くしてお待ち下さいね♪
(・・・なんて書けるほど、まともな記事、書いてないけど・・・(汗))







ラストはオリンパスブルー(?)で。






新しい目

2009-04-05 | Weblog

野草を撮る時はつい楽な方へ流れてしまいますね。
11-22から始めたものの、いつのまにか50ミリマクロに変わり、最後は使い慣れた35ミリに
戻っていました。カメラはもちろん、アングルファインダーつきです。




話は変わりますが、ドライアイのせいで、ここ2年ほどずっと眼鏡だけだったので、久しぶりに
コンタクトレンズを作ってもらいました。お願いしたのは、行きつけの目医者兼眼鏡屋さん。
私の目は西欧人に比べて小さいので小ぶりにしてもらいました。とは言え、目が乾きやすい
のは相変わらずなので、必要な時だけだましだましつけることになりそうです。




譜読みも楽になったので、ずっと弾いていなかったピアノを再開することにしました。
海やプールで泳ぐ時も、ゴーグル併用なら水中で使えるかも。
ぼやけて見えなかった海底の岩や魚も、これからははっきり見えそうです。

11mmの視点

2009-04-04 | Weblog

春先は気候が変わりやすいせいか、感情の波まで大きくなる気がする。
高温曇天という何とも居心地の悪い天気が続いているせいもあってか、いまいち心が晴れない。
暑くなったら暑くなったで、また憂鬱になるから、始末に困るんだけど・・・
こんな時は、気分が上向きになるまで気長に待つしかないのかな。

こんな状態で、せっかく買った広角ズームも、なかなか持ち出す機会がないのだけど、とりあえず、
これまで撮った中から、多少、ましなものを二枚。

冒頭の写真は、広角マクロ風に撮った(つもりの)一枚。
背景や前傾をぼかしてごまかすという技が使えないのがキツイですね。




そして2枚目は、パリ北駅のフランツ・リスト広場にある教会。
私にはどうも建築物を撮るセンスが欠けているようで、前方の建物を画角内にただ収めただけみたいな、
何の変哲もない写真になってしまう。何枚も撮ってみてようやく、建物のまわりの空間をうまく入れない
と、何が言いたいのかわけのわからない写真になるという当たり前の事実に気づいた。マクロレンズを
使う時、ただ拡大すればいいというわけではないのと、ちょっと似ているかも・・・
11mm(35mm換算22mm)、想像以上に気難しい画角のようです。

メモリ不足

2009-04-03 | Weblog

またまた日にちがあいてしまいました(汗)

今日は久しぶりにパソコンの話。
ヴィスタですが、メモリ1Gではやっぱり足りないようです。
最近、新現像ソフトとしてCapture 1(プロじゃない方)を導入したせいか、このところ、速度が
激減。ネットを立ち上げるだけでもかなり時間がかかる上、少し重めのブログだと、開くまで
フリーズ状態になるくらい。インストールしてあるのは、ワード、オートルック、オリスタ2、無料
のアルバム製造ソフトとレタッチソフトくらいのもの、写真類はすべて外付けのHD内に移し、
現像もそこからしているし、あとはせいぜいメールくらいしか入ってないのに、どうしてここまで
重くなるのか・・・

ネット上のソフトを使って注文する、とあるDPEショップのフォトブック製本サービスを試そうと思い、
掲載画像をコピペしながら、アルバムをレイアウトしていたのだけど、もうこれでもかというくらい
フリーズしっぱなしで、作業どころじゃない。それで、念のため、タスクマネージャーを調べて
みたら、なんとメモリ残量がゼロ。

オフラインの状態でもすでに60%強が使用されている上、オンラインにすると、新たに15%程、
使用率が伸びる。試しに例のアルバムソフトで作業を始めてみたところ、ぐぐぐっと一気に10%
以上の増加。これはちょっとまずいかも・・・なんて考えていた矢先、こっちの気持ちを見透かす
ように、シルキーピックス高速版のメールまで来るし。(以前、トライアル版を試した時は、重さが
ネックになって諦めた)

お陰で伸ばし伸ばしにしていたメモリ増設の決心がついたのはいいけど、ここでまたひとつ問題
が・・・。私のパソコンは32bitのリュアルコアで、最大3G前後のメモリしか積めないらしい。という
ことは、今、すでに1G積んであるから、2G分のメモリを買って空の方に補充すればいいのか、
それとも、曲がりなりにもリュアルコアと言う以上、もう片側と同じ1G、あるいは両方、入れ替えて
2Gx2にした方がバランスがいいのか・・・

それから、このパソコンに積んであるメモリを調べたところ、SODIMM 1024MB DDR2 667MHz
らしい(とこう書きながらも、パソコン音痴の私には、ほとんど呪文のようにしか見えない・・・)けど、
これをPCショップで見せれば、ちゃんと合うモデルを見つけてもらえるのか・・・。

メモリの交換なんてこれまでやったこともないから、とにかくわからないことだらけ。
幸い、Gatewayのマニュアルは、私のような初心者にもわかりやすく書いてあるから、交換自体は
戸惑うこともなく出来そうだけど、メモリの型番、あれを理解するのは、純文系人間にはかなり辛い。
価格コムで、キングストンのJM667QSUとトランセンドのKVR667D2S5というのを見つけたけど、
このタイプでいいのかなぁ・・・

後数日でイースター休みだし、増設後、何かしら問題が起こる可能性もあるから、作業は休暇後、
落ち着いてからということになりそうだけど、今からドキドキ冷や冷やです。

それにしてもこのブログ、パソコン関係の記事ばかり長文になる傾向があるような・・・
おまけに今日はネタ切れで写真もなしです。

わが愛機 ZD11-22mm+アングルファインダー編

2009-03-23 | Weblog

ようやくブツが届きました。
かなり覚悟していたせいか、このところZD70-300を振り回して感覚が麻痺してしまったのか、
重さはそれほど気になりませんでした。手触りは50ミリマクロと似ていますね。このくらいなら、
山でも問題なく使えそうです。

せっかくなので、フォースさんのトラバ企画 「わが愛機」に、再度、便乗させていただくことに
しました。大きさは太さはそれほどでもないけど、レンズ径72ミリは圧巻ですね。
まずはフィルターを探さないと・・・