Yokusia の問はず語り

写真担当: Olympus E-400 / Panasonic FZ5

ロシア版ガラスの仮面?

2006-11-27 | Weblog

2006年11月27日(月)

またまたずいぶんと日がたってしまったような。

実はもぐりで出てるポーランド科の授業でスタニスラフスキについて
発表することになっていて、その日が今日だった。お陰で頭はへろへろ。
久しぶりに試験前の一夜漬けを思い出してしまった。

テーマは彼の「俳優修行」
小説仕立てだから、本自体はすごく読みやすくて面白かったのだけど、
その後が地獄だった。というのも、ポーランド語版が見つからずに
フランス語版を読んだのだけど、それをポーランド語にまとめなければ
いけない。お陰で脳みそは分裂状態。

その上、直してもらう時間がなかったから間違いだらけだったし(恥)
こんなことならクラクフにいたときもっと書く練習をしておくんだった。
日本学科に鞍替えした方がいいのかなあ。でもゼミの仲間も先生もみんな
すごくいい人たちだからなんか離れがたい。居心地がよすぎると言うか。

「俳優修行」は演劇学校を舞台に新米役者たちが多くの失敗を犯しつつ
成長していく姿を書いた小説なのだけど、分身である学長の言葉を通して
スタニスラフスキ自身の役者論が語られている。といってもぜんぜん堅苦
しいところはなくて、言葉もすごくわかりやすいから、結構長かったのに
ぜんぜん苦にならずに読めてしまった。考えたらフランス語で長編(?)
を一冊読み通したのはこれが初めてのような(笑)

学長ではなく新米役者の一人である語り手に自分と同じコンスタンティン
(愛称はコースチャ)の名をつけてるところにもスタニスラフスキのさりげ
ないユーモアを感じてしまう。

私はと言えば、学長の代わりに「月影先生」に語らせればもっと凄みが出る
のになどと罰当たりなことを考えながら読んでいた。

と言うのも彼の演技論の主題は「役を生きる」

それでつい「マヤ、あなたはもう北島マヤじゃない。人形なのよ」とすごい形相
で叫んでいる月影先生の声を重ね合わせてしまう。

前に日本に一年いたとき、ちょうとガラスの仮面がドラマ化されてたせいもある
のかも。足立由美が北島マヤで確か月影先生が岸田今日子だったような。
適役過ぎて怖かった(笑)

チェーホフと組んで仕事をしていただけあって、さすがにスタニスラフスキは
生徒に「ヘレンケラー」や「狼少女」を演じさせるようなことはしないけど。

なんだかずいぶんスタニスラフスキ本来の話題からずれてしまったような。
頭をちょっと休めてからまた書きます。
今日は早く寝よ。

黄金の秋

2006-11-16 | Weblog

2006年11月16日(木)

日本は「黄葉」ではなく「紅葉」とかくことが多いように、秋というと赤を連想します
が、ポーランドでは秋と言えば黄色。「ポーランドの黄金の秋」と言う表現があって、
落ち葉をかさこそ踏みしめながら「きれい!」と歓声をあげると、決まって誰かが、
「ポーランドの黄金の秋」(Złota polska jesień)と誇らしげな答えを返してきたもの
です。

とは言え、最近の異常気象のせいで、「最近は春も秋もない。ポーランドには八つ
の季節があると昔は言ったものなのに、今はせいぜい二つがいいところだ。」など
と彼らはぼやいていますが。

晩秋になると、これに北風(mróz)が加わり、黄色く色づいた落ち葉を高く巻き
上げます。もう十年以上も前、初めてこのような光景をクラクフで目にしたときは
感動しました。ショパンも、こんな情景を思い出しながら、「木枯らしのエチュード」
を書いたのかななんて、ふと想像したものです。

そんなことを思い出しながら、今年、フランスの秋を観察してみましたが、こっちは、
蔦をはじめ、紅葉する植物を庭に植えているおうちが多いので、ポーランドよりは、
赤の要素が多そうです。そのせいか、日本の秋を思い出してしまいました。

真っ赤な秋

2006-11-15 | Weblog

2006年11月15日(水)

今年は暖冬のようで、十一月半ば過ぎても、まだ秋の気配が濃厚です。
昨日は長文だったので、今日はちょっと一休み。

社交辞令(2)

2006-11-14 | Weblog

2006年11月14日(火)

以前、社交辞令について書いたのはパリっ子を批判をしたかったわけではなく、その
後にスラブ風社交辞令(?)の話を続けたかったからなのですが、肝心の部分を書く
までずいぶん日がたってしまいました。

ポーランドで「元気?」と声をかけると「お陰さまで」と素直な返事が戻ってくるかわり
に「ううんあんまり。あっ、でもそれほどひどいわけじゃないよ。でもねえ、まあ理想を
求めてもしょうがないか…」という具合に、半ば独り言のようなのんびりした愚痴が
続くというケースがほとんど。

これにポーランド哲学のキーワード(?)「Jakoś to będzie!」(どうにかなるさ!)を付け
加えると、彼らが、分割時代、共産主義とひどい時代を生き抜いてこれた理由も少し
わかる気がします。

最初は私の会う人が特別なのかとも思ったけど、どうもそうじゃないみたいです。
と言うのも、以前、ロンドンに行ったとき、偶然、バスで隣り合わせたポーランド人の
男の子が携帯で話していたのもこの手の会話だったから。

「ああ、仕事?一応は見つかったんだけどね。(多分、闇バイト)でもなんか今いち
なんだよな・・・まあ見つかっただけましか。でもほら、わかるだろ(以下略)」と本当
に話を引き伸ばすためだけに愚痴をこぼしてると言う感じ。

隣のアジア人が会話を盗み聞き(!)してるなんて、夢にも思わなかっただろうけど。
ちょっと驚かそうと思って、彼が降りるとき「プローシェン」(どうぞ)と言ってみたけど、
まったく気づかず、イギリス風(?)のクールな仕草で「サンキュ」と言って降りていき
ました。

ポーランド人が深刻な愚痴をこぼすことは滅多にないし、その分、話し相手をして
もらえる時間が増えるわけだから(長ければいいってわけじゃないけど)言葉を
やってる外人には返ってありがたかったりしたのだけど。

それでもなんだか気になって、フランスに来てから、パリのアメリカ人ならぬパリの
ポーランド人に聞いてみました。「ポーランドで「元気?」ってきくと答えが一言で
返ってくることってあまりない気がするんだけど、気のせいかな?」

すると一人がちょっと考えてから、「一言ですませることって確かにあまりないなあ」
そうしたらもう一人がすごくうれしそうに、「あっ、でも前にチェコ語のクラスで同じ
ようなフレーズを習ったとき、先生が、実際の会話でここにあるような決まり文句を
使うことはまずないから、覚えても意味ないって言ってたよ。だからきっと、挨拶を
引き伸ばしたがるのってポーランド人だけじゃないと思う」と言い出した。

と言うことは西スラブ人みんな???

その後、同じ話をウクライナ人の知り合いにしてみたところ、「ロシア(+旧ソ連圏)
では、「元気じゃない」なんて言えないよ。だってそんなこと言えばすぐ、周りから、
「大丈夫か?」「何か手伝えることは?」「一体、何があったんだ?」「遠慮せずに
話してくれよ。」とか言われて収拾つかなくなるから。」と、これまたドストエフスキー
的な濃い世界。

じゃあ、南スラブ人はどうなんだろ?と俄然、興味がわいてきてしまいました。
知ってる人(例えばHちゃん)よろしく。

嫁姑

2006-11-11 | Weblog

2006年11月11日(土)

フランスに「姑の腰掛」というサボテン(!)があります。
嫁いびりに苦しんだお嫁さんの命名なのかも。
東西どこでも、お嫁さんとお姑さんの確執ってあるんですね。

私のまわりは女友達ばかりですが、幸い、お姑さんには恵まれているようです。
ポーランドは特に、話のわかるよいお姑さんばかりで、実の親子以上に良い関係を
築いている友達も。そう言えば、スウェーデン人と結婚した日本人の友人も、お姑
さんにはずいぶん可愛がってもらってるみたいです。

クラクフ滞在中、居候させてもらった友人宅もそう。家はお舅さんが建てたのだけど、
共産主義時代は形が決まっていて、すべて三階建てだったとか。

階ごとに独立していて二世帯住宅風に住めるのがいいところ。
彼女のとこは、一階が玄関、車庫+お舅さんの作業場、二階がお舅さん夫婦、三階
が彼女とご主人という構成。

ふたりともフル回転で働いてるから、去年、定年退職したお姑さんが買い物と料理を
担当。文字通りの「スープの冷めない距離」

あんまり仲がいいから「ポーランドは嫁姑戦争なんてなさそうだね。日本なんてテレビ
ドラマになるくらいすさまじいのに」って笑ったら、お舅さんがにやりとして、「こんな
ジョーク知らないかい?」この世代の人のジョークは、共産主義時代、鍛えられている
せいで強烈です。

「最近、女房の出費で宝くじを買ったよ。」
「へえ、奥さんが?どうして?」
「お袋が死んだからね。」
「それとどう関係あるんだい?」
「相乗効果を狙ってさ。」

(あえて落ちの説明はなし)

そうしたらそれを聞いてた奥さん(つまりお姑さん)がすねて、「いいわよ。それなら
私、ひとりで宝くじ買って、当たったらオーストラリアに豪邸買って移住してやるから。
あとはあんたたち(夫つまりお舅さん含む)この家で勝手にやってよね。」

みな大笑いだったけどこれも仲がよければこそ。
嫁姑戦争のさなかだったらジョークにもならない。

ちなみにこのお姑さん、以前、私が、「いつかフランスにも遊びに来てくださいよ。」
って言ったら一言。

「そんなこと言っても、よーこが考えてることくらいお見通しよ。私を呼んで、毎日、
美味しいものにありつこうっていう魂胆なんでしょ。その手には乗りませんからね。」

一本やられた!
ポーランドのお姑さんは、知的で可愛くてたくましいです。