mama 横田裕子 ☆ 食品館 写真館 ☆ 

・戯言・適当レシピ・育児記・バイク雑誌の締め切りに追われる話しなど

ママになる。 

2008年11月22日 | すくすく子育て
昨年の24日に私はママになりました。
なかなかゆっくりパソコンに向かう暇もなく
横田優子で居られる時間もなくなりました。

振り返れば、本当に駆け足で過ぎて行きました。

おおきな重いお腹、子宮が膀胱を圧迫して
眠くたって夜中に必ず3回はトイレに行き、我が子に腹を蹴られ眠れず
看護師には「安眠なんてもうしばらくは出来ませんよ」って言われたが本当に身体を休める事の出来ない日々。
産んでしまえば!と思ったらそれはそれでとんでもなかった。

陣痛が始まり夜中に産院へ電話。
陣痛室に2人控えているので、感覚が短くなったらもう一度電話してください!と言われ
2分間隔でオナカの張りが来た頃産院に駆け込んだ。深夜1時・・
陣痛室には先約が居たので、病室で待機した。
「ウラニーノがこの音楽番組エンディング歌ってるんだ!」
なんて言いながらその深夜番組が終わる頃には陣痛の波に襲われ、観たんだか観てないんだか?
痛くて身体がどうにかなりそうだったのを覚えている。
立ち会う予定のなかった主人もいつのまにかピンクのオペ着を羽織らせられて
「ご主人!お茶あげて!」とか言われていたときはさすがに笑った。

早朝。「元気な男の子ですよ!」産声を聴いたころには朝焼けがきれいだった。
初の我が子を抱いた感想よりも、やっと終わった~という安堵感の方が強く
我が子に「おつかれさま。よく頑張ったね、逢いたかったよ」と語りかけたが
その後はオナカが空になったせいか、身体がガタガタ震え始め寒さと格闘しながら入院の説明を聞いた。
病室に運ばれカーテン越しの空はやはり青。雲一つない秋晴れ。
昨日のテレビで安西先生が”24日は伊勢に七幅神が集まる日ですよ”とか言っていたな・・神の子に間違いない!
すでに親ばかは始まっている。。(口にはしてないが。。。)
安産の嬉しさと男児出産の報告を親に電話し、しばらく興奮気味だったがさすがに一夜出産に耐えた身体は疲れていたのか
何だか彷彿のままに眠りについたが、「すぐに昼食ですよ」とナースコールで起こされた。
カレーライスが用意されていたが食欲もなくベッドにゴロン。
(身体じゅうが痛くて層簡単にゴロンとなれないのだが・・)
病院では赤ちゃんの沐浴や授乳の仕方について習った。二時間おきにおっぱいを飲ませる事が
一番大変だった。

うんこ、おしっこ、おっぱい、以外ほとんど寝ていて、眺めているだけで”かわいいな~”なんて思って過ごしていた。
そんなこんな寝ている頃はアレヨと言う間に過ぎて行く1ヶ月。
湿疹をおこし、ぶつぶつボロボロの2ヶ月。裁縫して洋服を作る余裕もあったが
まだ身体が本調子ではないのでヨタヨタしていたかな。。
子育てクラブにも積極的に参加してご近所付き合いも多くなり、主婦まっしぐら。。

今となっては、独身では考えられない程、子を持ってから考えさせられる事は沢山ありますね。
日々、育児なんて言ってますが、本当は育てられている気がします。
私においては”育自”です。

ニュースでは幼児殺害、乳児死亡、子供が親を刺す。。悲しいニュースも我が事のように聞くようになりました。
子供に何か出来る事が増える度に危険も増し、目を見張る毎日。
ゴロゴロからハイハイに、そしてヨチヨチ歩くようになると
子供にしたら見た事も無いものが一面に広がっていて”あれも、これも触ってみたい”
好奇心にあふれ、色んないたずらをします。
最近では”嫌”という意思表示をするようになり。。
”ダメ”と言われる程だだをこねてみたり、こんな些細なことから
教育は始まっているんだと思わされます。
なかなか家に居ない父親、半母子家庭状態の我が家は
何にしても子供からすれば母親が見本に?!。。
不安はつのります。

怒ると叱るの違いも今まで考えた事なかったけれど
子を叱ってから自己嫌悪に陥る事もしばしば・・

こうして私も成長していくんだろうな。
来年はどんな事に気づかされ成長するのだろうか?

全て子供中心の生活がはじまり”親なんだなぁ”と実感しながら
1日があっと言う間に過ぎていきましたが
人生の中で、鮮明に覚えている記憶ってどれだけあるだろう。
多分両手で足りてしまうかな?昔を振り返る事は少なくなったけれど
出産って結婚するより大きな階段のぼっている気がします。

ママ1年。おつかれさま。
素敵なママで居られるように頑張ろう!

ブログの更新頻度もかなりスローペースになりましたが、いつもご観覧いただきありがとうございます。
皆さんにはご報告送れました事をお詫び申し上げます。
これからものんびりペースではありますが、戯言を言い続けていくつもりでおりますので
どうぞよろしくお願いいたします。