繰り返しの人生

小さな命と楽しい小学生、老人の日常の日記と防犯プロよりセキュリテイ案内。
 

ゆとり教育にほころびがある。ぼうずと赤ちゃんがいない夕食風景

2006年09月25日 06時16分59秒 | Weblog
朝は半袖では寒いかな、空は一面雲に覆われているが雨が落ちてくる気配はない。来週の土曜日はぼうずの学校では運動会である、雨が降らぬように祈らねば。この時期になるとどこでも運動会がもようされる。運動会の起源は明治初期に海軍学校で始まり、やがて地域と一体化した学校行事に育った。年に一度か二度、学校を行楽の場所に開放した先人には案外ゆとりがあったようです。「ゆとり教育」のはずなのに運動会は午前中だけという学校もあるそうです。土曜日が休みで授業時間が足りない。だから競技の練習も十分出来ず、プログラムを削るとのこと、どこか変だよ。今年は夏休みを短縮した学校もあったようです。ゆとり教育に無理があるかも。

ぼうず、連夜の泊り込みである。朝食のあとはテレビのアニメを所望である。本人と話し合い、一時間半経ったら公文を開始だよと約束する。何も言わずにいると時間だから始めるよとお膳に向かう。勉強の内容は一学年先の三年生の国語で熟語を読んだり、書いたりする内容で本人、漢字とは難しいものだ,自分は出来るのかと相談を受けたので、皆このようにして漢字を覚えてゆくのであり、考えずに覚えろと助言する。随分と長い時間、国語と格闘し奮闘する。昼食の時間となり、お父さんと赤ちゃん来たので食事となる。昼食のメニューは「やきそば」で、赤ちゃんも大好きでモリモリと食べておりました。ぼうず夕方より地域の祭りにお出かけの為、午後より猛勉強をお父さんと始める。国語を終了後少し休ませてと外に出て虫取り等をして気分転換し算数を始める。算数は得意であり、いつもより早く出来たようでほっとした顔で「じいじ」今日の勉強「終ったよ」です。これから遊ぶぞと掛け声をかけて外に飛び出して行った。ぼうずの家族はお出かけの為、我が家で夕食はしない。夕食の膳にぼうずと赤ちゃんがいないのは不自然となっている。いつもは大人が大きな声を出しているのが黙々と夕食をいただいている。