「北海道建築展2015」旭川地区会の展示物は、DOCOMOMO選定建築である「旭川市庁舎」に関するものです。
写真パネルや、図面のコピーなどが展示されています。
嘗てpenkou師匠と一緒に、旭川市役所の所員さんから図面を見せて頂いた事を思い出しました。
その後稚内まで行き、雪降る中札幌まで日帰りしました。思えば無茶な建築探訪でした。よく事故らなかった・・・。
1月23日より明日25日まで札幌市駅前通り地下歩行空間北3条広場において、JIA日本建築家協会北海道支部主催「北海道建築展2015」が開催中です。
本日午前中、案内係、書籍の販売、模型の見回りなど雑用をしてました。
下見板張り下屋付き住宅の模型も展示して頂きました。
パネルにも参加。一番下が私。
明日まで開催中です。
今年も営業初日から「PRESS CAFE」に行くことが出来た。いつもと変わらない空間にほっとする。
建築探訪が出来ず、建築の写真に困ったら、まずは「PRESS CAFE」である。
「PRESS CAFE/旧渋澤倉庫」
設計者:? 竣工:1895年(PRESS CAFEの部分)~1910年代 小樽市色内3丁目3-21
小樽市指定歴史的建造物
まだ少ししか調べていないのだが、苫小牧の西港に在る「苫小牧フェリーターミナル」の設計者と竣工年が分からない。ここでpenkou師匠に昼食を御馳走になった。ちょうど大きな船も入港していて、目を引いた。下の写真が「商船三井」のさんふらわー。
建物の真横に着けているのが「太平洋フェリー」。
あと一隻「川崎近海汽船」も入港する。いつもK君と共にバイクを乗せて東北ツーリングに使う船だ。
ここは定期航路が3つもある、結構大きな港である。
「苫小牧フェリーターミナル」
設計者:? 竣工:? 苫小牧市入船町1-2-34
2009年正月に、新発田市の「清水園」を訪ねた際には、とても贅沢な経験が出来た。この素晴らしい庭園内に、見学者は私一人だったのだ。それもそのはず、正月も正月、元日に行ったのだから。
そんな訳で、この風景を一人占めしたわけである。眼福、眼福。
「清水園/旧新発田藩下屋敷庭園」
建築者:? 竣工:1693年 新発田市大栄町7-9-32
国指定名勝
本日、札幌市内はとんでもない吹雪に見舞われている。昼から屋内で作業し、ちょっと外に出てみたら、積雪の量が長靴の高さを上回っていた。今日UPする「カトリック富岡教会」も雪景色の中の写真であるが、撮影したのは2008年だ。
まずはファサードの写真。
続いて側面から。
ゴシック様式の窓など、目を引く意匠が沢山取り入れられている。
このステンドグラスもシンプルだが、良いデザインである。
「カトリック富岡教会」
設計者:? 竣工:1929年 小樽市富岡1丁目21-25
小樽市指定歴史的建造物
日本最北のヴォーリズ建築は、北見市に在る「ピアソン記念館」である。ピアソン宣教師夫妻の住宅だったもので、内部を資料館として公開している。
展示資料の中には、ヴォーリズ事務所の設計図面なども有る。
恐らく竣工当時からのものではないかと思われる、照明器具の受けとなる木材に施された装飾が良い。火屋や笠のデザインも目を引く。
建築のサイズも、大き過ぎずとても良い感じだ。
この場所に辿り着くまでに、ちょっと迷ってしまった。2009年のことであった。
「ピアソン記念館」
設計者:ウィリアム・メレル・ヴォーリズ 竣工:1914年 北見市幸町7丁目4−28
北見市指定文化財
レム・コールハースの建築を初めて見たのは、2007年福岡市ネクサスワールドでのことだった。何と外部には改修工事用の足場が掛けられていた。とても残念だったのを覚えている。道を挟んで西が「レム棟」、東が「コールハース棟」との事だが、どちらも改修(補修?)中だった。
この黒くゴツゴツtしたパターンは、石垣をイメージしたものだとか。
大分塗装が剥げていた。
共用部分は、見ることができる。
何だか、レム・コールハース(OMA)が設計したというだけで、有難い気持ちになってしまう。
足場が無い時に訪ねたかった。
「ネクサスワールド レム・コールハース棟」
設計者:レム・コールハース(OMA) 竣工:1991年 福岡市東区香椎浜4丁目
日本建築学会賞(1992年)
2005年に初めて、建築学生を連れて建築見学研修で関西を訪ねた。その頃竣工したばかりだった隈研吾氏の「LVMH 大阪 ( エトワール心斎橋) 」の1階店舗部分において、乾久美子氏デザインの「Dior心斎橋」の外装工事が完了していた。思えば現在はビッグネームである、お二人のコラボ建築である。凄いことだ。
隈研吾氏はグリーンオニキスという石材を薄く加工し透過性を高めた材料+ガラスと、グリーンオニキスを転写したフィルムを貼ったガラスにより、とても独特な風合いのファサードを造り出した。
そして1階、乾久美子氏のDior心斎橋のファサードは「Dior銀座」を彷彿とさせる。銀座の竣工が2004年であるから、心斎橋はその後の作品だ。
このパターンは、どのようにして作られているのだろうと、誰もが思うところだ。それで近付いてみた。
ここまで近付いたら覗いてみたくなるのが人情だ。それで覗いてみた。
こんな、パターンとなっていた。
訪ねてからもうすぐ10年が経つ。現在はどのような状況になっているのだろう。最後の関西研修からもう5年近く経つ。
「LVMH 大阪 ( エトワール心斎橋)/ Dior心斎橋」
設計者:隈研吾(Dior心斎橋ファサードデザイン乾久美子) 竣工:2004年(Dior心斎橋2005年)
大阪市中央区心斎橋筋1-9-17
本日はカフェブログ・・・と、タイトルに書いたのだが、そこは道内では歴史ある街、小樽のカフェなので単なる建築ではない。「coffee & dining ミレット」さんが入っている建築は、1階部分はリフォームされているが、2階部分の装飾が目を引く。アールデコとバロックを足したようなデザインが、流石小樽と言わせる。珈琲も懐かしい風味でほっとする。
「coffee & dining ミレット」
設計者:? 竣工:?年 小樽市花園3-1-2
写真が小さい。これは初めてカメラ機能付き携帯を買った際、嬉しくて撮影したものである。写っているのは「オタモイ唐門」。小樽市内なのだが、秘境と言われるオタモイ海岸の入り口に建っていたものが、現在地に移築された。嘗てオタモイには「竜宮閣」や「弁天閣」という素晴らしい建築が建っていた。かろうじてモノクロ写真で見ることが出来るのだが、竜宮閣などは崖地を利用して建っており、こんな建築が有ったのか!と度肝を抜かれる。もしも現存していたなら全国的に知られる建築となったであろう。しかし、現在はその夢のような建築を含む遊園地の入り口だけが、かろうじて残っているだけだ。
写真が小さくて確認しずらいが、何故こんな場所にこんな立派な建築が?と思わずにはいられないフォルムだ・
本当に竜宮城の入り口かと思ってしまう。
雪が融けたら何年かぶりに行ってみようかと思う。
「オタモイ唐門」
設計者:? 竣工:1932年 小樽市オタモイ1丁目
旭川市内の別の場所に建っていた「竹村病院」の玄関部分だけを、昭和43年に現在地に移築したのが「旧竹村病院六角堂」である。昨日UPした中原悌二郎記念旭川市彫刻美術館の敷地内に隣接して建っているので、入り口横に彫刻作品が置かれていたりする。
この六角堂自体も面白い建築で、窓の上や屋根に様々な形状のぺディメントが見てとれる。更に擬洋風縦長窓は良いとして、二階部分の外開き扉の外部側にもドアノブが付いている。オリジナルから有ったものかは分からないが、一体誰が使う扉なのだろう。因みに竹村病院は平屋だったそうだ。
「旧竹村病院六角堂」
設計者:? 竣工:1901年 旭川市4区1条1丁目
旭川市指定文化財
写真は無いが、この建築内にはロダンの彫刻が常設してある。「中原悌二郎記念旭川市彫刻美術館/旧第七師団偕行社」は明治32年に旭川に置かれた陸軍第七師団の社交場として建設された、堂々としたコロニアルスタイルの建築である。
現在は、釧路出身で旭川にも縁有る彫刻家中原悌二郎の名を冠した美術館として使用されている。現在は本年完了予定の改修工事が行われている最中だ。
美術館としての用途に向いた建築であるかどうかは別として、ロダンや中原悌二郎、本郷新、佐藤忠良、その他の巨匠達の素晴らしい作品を所蔵しており、北海道内でそれらを見ることが出来るのも良いし、この建築自体がとても良い。
ちょっとしたカフェも在りゆっくりと至福の時を過ごすことが出来る。
改修後はどのような内部になるのか、今から再訪の時が楽しみである。
「中原悌二郎記念旭川市彫刻美術館/旧第七師団偕行社」
設計者:陸軍臨時建築部 竣工:1902年 旭川市4区1条1丁目
国の重要文化財
言わずと知れた浅草寺の「雷門」である。隈研吾氏の「浅草文化観光センター」を見に行った際、この雷門側の歩道からも撮影した。下の写真はちょっと離れた場所から撮影したものだが。
この建築ブログは、古今東西何でも載せるので、雷門だって載せてしまうのである。それに、浅草という土地には思い入れが有る。ゼネコンの現場監督時代1年ほど浅草の現場にいたのだが、なかなか楽しい現場だった。浅草寺にもよく立ち寄った。仲見世をゆっくり歩くのが好きだった。
芸能人や著名人をよく見かけたりもした。焼き鳥屋さんではテレビでよく見る俳優さんに、チューハイを奢ってもらったり・・・。東京の下町より、これからもずっと華やかな印象を皆に与え続ける、そんな場所だ。
「浅草寺風神雷神門」
設計者:? 竣工:1960年 東京都台東区浅草1丁目2番地、3番地
札幌市の真ん中、中島公園に坂倉準三氏の設計した「旧ホテル三愛/現札幌パークホテル」が在る。penkou師匠にお泊まりいただいたこともあった。pekou師匠は設計事務所を西新宿に開設していらっしゃるのだが、その西新宿にも坂倉建築研究所の「新宿ワシントンホテル」が建っている。外壁タイルの色は、札幌の青に対し新宿は白。矩形の札幌に対し、新宿は曲線を用いて柔らかなイメージだ。
竣工は札幌が1964年、坂倉氏が無くなる前の作品だ。新宿は1983年なので、坂倉建築研究所の設計となる。隣接して新館も建っている。やはり坂倉建築研究所の設計である。
最近は様々な商品が出ていて、新宿ワシントンホテルにもそう高額では無くても宿泊できるようである。
機会が有れば宿泊してみようかなと思うのだが、どうしても更に安価な宿泊先を探してしまう。どうも貧乏性が抜けない。
「新宿ワシントンホテル」
設計者:坂倉建築研究所 竣工:1983年 東京都新宿区西新宿3-2-9