■GYMニュース:難度はA

秋も、世界の体操ニュースを

歴史の時間~エレナ・ムヒナ~

2018-06-04 15:53:29 | 歴史の時間

生きていれば6月1日で46歳、悲劇の選手エレナ・ムヒナ(旧ソ連)に関する記事

ロシア体操連盟

1960年モスクワ生まれで、1970年代後半にソ連代表として国際大会で活躍した選手。
1980年6月、モスクワ五輪の二週間前に負傷し脊髄を損傷地元開催の五輪を前に、むずかしい組み合わせのワザを練習中だったとしています。これにより麻痺が残り、車いす生活になりました。

国が強力に支援し、(たぶん自宅学習で)大学を卒業したようです。
2006年に死去しましたが、詳細は報じられておらず、この記事でもふれていません

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「ムヒナひねり」などが有名ですよね。
この、紺色に小花柄のウエアが、私にとってのムヒナのイメージです(当時は水玉だと思っていました

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歴史の時間~エレーナ・シュシュノワ~

2018-05-25 09:12:19 | 歴史の時間

1988年ソウル五輪個人総合金メダリストエレーナ・シュシュノワ(ソ連、ロシア)に関する記事

ロシア体操連盟

4月に49歳になったことを記念する特集記事。
1980年代に活躍した選手で、ソウル五輪では団体と個人総合で優勝。当時の女子はルーマニアも強く、ソ連と火花を散らしました
ソウル五輪後引退し、海外から指導者としての招きもありましたが国内にとどまり、自動車事故を起こした際に出会った修理担当者と結婚
現在は出身地であるサンクトペテルブルク(旧レニングラード)で国際審判のほか、市の仕事などもしているようです。

2004年、国際殿堂入り。世界選手権、欧州選手権などでの金メダル多数。

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歴史の時間~ナタリア・ユルチェンコ~

2018-01-25 09:05:27 | 歴史の時間

26日は、ナタリア・ユルチェンコ(ソ連、ロシア)の53歳の誕生日

ロシア体操連盟

国際大会での優勝は多いですが、五輪出場はないようです。
1980年に故障のため大会から遠ざかりますが、その間に独自のワザの開発に取り組み、ユルチェンコ跳びを1982年に発表
1984年ロス五輪をめざしましたが、ソ連はボイコット(当時19歳)し不参加でした

引退後はソ連でコーチをつとめ、サッカー選手と結婚1999年ともに米国へ移住し、現在は市民権を得てシカゴ在住だそうです。また、体操関連のウエアやグッズのブランド「ユルチェンコ・ジムナスティクス」を立ち上げるなどしています。

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記事中には「美しさ」「芸術性」といった言葉が多く出てきます。当時のライバル選手数名の名前が出ていますが、何といってもワザの名前で有名なので抜群になじみがあるのがユルチェンコ。美人さんですね~
現在のユルチェンコさん(写真

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歴史の時間~マリウス・トーバ~

2018-01-10 17:12:52 | 歴史の時間

アンドレアス・トーバ(独)の父親、マリウス・トーバ氏が50歳に

GYMmedia

1968年1月9日、ルーマニアのレシツァ生まれ。元体操選手で、ソウル五輪(1988年)はルーマニア代表として、アトランタ五輪(1996年)とシドニー五輪(2000年)はドイツ代表として出場。得意種目はつり輪。

2006年に離婚し、独身。ドイツ代表として活躍する息子のアンドレアスの元コーチで、父子は今も密接な関係を保っているそうです。
現役当時の写真も紹介しています

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歴史の時間~ドミトリー・ビロゼルチェフ~

2017-12-23 16:51:28 | 歴史の時間

ロシアでは、往年の名選手の誕生日に特集記事を紹介してくれるようです
今回は、12月22日生まれのドミトリー・ビロゼルチェフ(旧ソ連・51)

ロシア体操連盟

1984年ロス五輪は、ボイコットによりソ連は不参加。次の1988年ソウル五輪代表で、団体、あん馬、つり輪で金メダル
世界選手権、欧州選手権などで個人総合優勝も多数。「当時はアイドルスター並みに人気があり、女の子はハンサムな顔にため息をつき、男の子は彼のようになりたいと憧れた」と書かれています

1993年米国に移住し大学などで指導。2003年、国際殿堂入り。
息子も米国の体操選手で2011年ごろまで活躍していたように思いますが、最近は名前を見ません

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現在も米国在住。カッコいいですよね~。ちょっとディチャーチンに似ていませんでしょうか?個人の感想ですが、いかにもロシア(ソ連)的な男前だと思います

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