人狼プレイ目録

人狼物語~月狼国~に関しての記事や、長期人狼をプレイした中で思ったことを纏めてます。

論理的な主張展開について

2013-06-08 22:19:30 | コラム
小難しい話、第二弾。




●論理的思考/主張について

ぶっちゃけ、そんなのこんなブログにちょこーっと書くようなことじゃないよね。
纏めると、きりがなさ過ぎるってばよ。

という訳で、論理的主張についてとか
ロジカルシンキングについてとか
そういうのは専門的なサイトを見て勉強してくれればいいと思うんだ!



と、手抜きをしたところで、人狼話でも。

人狼における論理的主張というのは、説得の手法として大きな力を持つものでもあります。
主張に説得力を持たせることが出来れば、村を動かすことも出来る。
無論、それが正しいか否かの検証は、念入りに為されるに越したことはないのですが。

また、同様に狼の際に、自身の発言に説得力を持たせること。
それもまた必要なスキルとなります。




論理的に「見えない」主張の例として

【根拠が見えない】
a)具体的にどの発言からそう感じたかが見えない
b)事象と判断の関係性が見えない
c)説明/言語化不足

【前提への異論】
d)そもそもの判断基準が納得されていない
e)判断カテゴリ自体の誤り

【結論への異論】
f)結論に至るほどに判断基準が足りていない
g)そもそもの基準部分の説明不足

これらが多く見られるように思います。




人狼において説得力を持たせる、なるほどと思わせる場合。
「結論」と「理由」、またその「具体的根拠」が揃っていると主張は通りやすい。

例)
オットーは狼だと思う。(←結論)
なぜなら、パンを焼かないオットーは狼だという通説がある。(←理由)
オットーはプロから一度もパンを焼いていない!(←具体的根拠)

あまり良くない例ですがw(前提条件の部分で、ね!)
これもまた一つの主張の形でもあります。



自分の発言を例に出してみるか。
ぐた154、紫陽花の咲く村の1d発言から。


【人】 鷹匠 IR-ヴァルツ-1
カトレナな。
こいつ、めっちゃ村を楽しんでる。(#結論1)

>>70面白い、トキメキを覚えた、そんな年頃、超同意、と文言拾っても楽しそうなのは見て取れる。
>>73も好き、面白い、見ていたいという評価。>>98ショータイムの感想も楽しげ。(#具体的根拠1)

んで、極めつけは>>125な。
わからんと言ってる相手に対して、同様の表現を更に重ねる。そして、「こんな風にしかあたい見えないんだ。空気を感じるのが、あたいだから」と来たもんだ。
ここは村の中の自分を楽しみ、村を自由に見て思うままに表現する自分に酔ってるように見える。(#具体的根拠2)

この村に対して警戒やプレッシャーを覚えていない、楽しんでいるというそこら辺な。>感情
狼なら様子見たり慎重になったりしがちだと思うんだ。そういう部分は全く見られない。(#理由)

楽しんでいる内は自由にさせていいと思うぞ。(#結論2)



この考察自体は、白黒に直接触れている部分は少ない。
それでも、「具体的にどこを見て、どう判断しているか」というのが見て取れる故に、他者から突っ込みを受けることはほぼ無い。

「自分が現在抱いている心象を、わかりやすく、かつ具体的に説明する」ことが出来る。


もっと端的に纏めるならば

・狼ならば様子を見たり慎重になるという行動が出がちである(前提)
・このカトレナはそういった部分が見えず、むしろ逆に楽しんでいる様子が見てとれ、プレッシャーや警戒とは無縁である(検証)
・故に、現在カトレナを疑う必要はない(結論)

こうなるかな。




「自分がこう思っている」という結論。
「どこからそう感じたか」という具体的箇所。
「それがどうしてそういう結論に通じるのか」という理由付け。

これらが揃っていれば、だいたいは人に対して受け止められやすい発言となるのではないかな、と思います。

(逆にわざと説明を欠けさせ、「相手に質問させて」「それに対しての反論で“なるほど”と思わせることで印象を与える」というテクニックもありますが、それはまぁまた別の機会に。むしろ私は苦手な部分でもあります……)





理由、根拠と同時に大事なのは「狼とは(役職とは)こういうものである」という「判断の前提条件」や「概念」部分。
これに齟齬があれば、考察を纏めたとしても相手を納得させることは出来ない。

これに関しては、より多く経験を積んでより正しい概念を確立させていくしかないかな、とは。
絶対的に正しい判断基準など、作れるものでもないとは思うのですけどね。
私も、日々見直してばかりです。はい。





概念や識別といった認識部分への誤りを発生させやすい例に関しては、こちらとかこちらも見ていただければ。
興味ある方はそれぞれの単語から調べていただくと、色々面白いんじゃないかな、と思います。






●まとめ

人狼での議論において論理的と見える部分というのは、

・結論と理由、根拠がわかりやすく説明されている
・前提条件(概念)が一般的に納得の行く内容である
・それが正しく用いられている

こういった部分が重要となります。

自分の書いた考察を読んでみて
「文中に結論は纏められているか(頭出しか最後に纏める形が良いと思う)」
「結論に至る理由、根拠は開示されているか」
「判断の前提条件はわかりやすく出ているか」
以上の項目をチェックしてみるといいかな、とも。









●おまけ

論理学について考えると、論法部分はやはり避けては通れないんですよね。
なので、人狼部分だけでなく、本来の論法についても軽く触れておきます。

論理的な展開として多く用いられるのが以下のようなもの。


・5W1H
英語のwhen,who,where,what,why,howの頭文字を取ったもの。
前提となる部分の要素をそれぞれに「明確に表す」という部分で、やはり優れた話法である。
人狼においてどこでとかそういうのはあまり関係ないんだけどね。
ただ、「各事項を明確にさせる」という点においては、参考になる部分と思います。


・演繹法
前提条件を置いて、そこから結論を導くもの。
代表格となるのは三段論法などですが、まぁ三段でなくとも色々。

例)
人狼らしい喩えとなると、狂人入り編成で村騙りなし、3-1状況下で想像して貰いましょうか。

三人のうち、本物の占い師は一人しかいない(前提)
狼とは襲撃されず、かつ霊判定で黒が出る(前提)
一人は襲撃された(観察事項)
一人を吊ったら、霊判定で白と出た(観察事項)
最後に残った一人は狼である(結論)

こんな普段村内では言う迄も無い部分も、演繹法において導かれる内容であるんだよね。
ただ、演繹法を用いるならば、前提と観察事項の誤りに注意。


・帰納法
複数の観察例を用いて、結論を導く方法。
多くの要素だしを並べ、結果「××は狼だと思う」という結論を導くなど。
通常考察において多く見られる形式ではないでしょうか。


・選言的三段論法
小難しく言ってますが、消去法です。
消去法もその過程と根拠が見えれば、論理的な方法の一つと言えます。


・背理法
証明したい事象について、まず否定を置いてみること。
否定の否定により、事象を証明するというちょっと回りくどい方法。
ではありますが、これ人狼においては実は多く見られるやり方でもあります。

「もし、パン屋が狼だとしたら。(A)
こいつは初日から仲間狼を占い希望していて、真占をせっせと真上げして、仲間が占われた時にGJ出て喜んでるんだよ。
仲間を希望するだけならライン切りとしても有り得るけど、自分で真占の真要素上げして護衛確率高めて、そんで結果GJ喰らってるからなー。(B)

狼だとしたら、やり過ぎだと思うんだ。パン屋が狼、は無いと思う。(C)」

パン屋を人間と証明する為に、まずは逆の前提条件を置く。(A)
その前提下において観測事項を並べ(B)
その矛盾を指摘し、やっぱ違うよねー!と結論を導き出す。(C)

背理法と知らずに背理法を使っている……きっと誰かしらはそうなっているんじゃないかな。





これらを組み合わせて。
論理的に伝えるならば

・発生事項について明確に記す
・前提と結論とその関連性をわかりやすく説明する
・結論に達する過程をわかりやすく説明する
・根拠となる観測事項についてもわかりやすく

と、やはりこんな感じでしょうか。
先のまとめとあまり変わらないな。

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認識とそれに伴う偏見について

2013-06-08 19:58:23 | コラム
小難しい話、第一弾。
興味ない方は回れ右してね。
あと、変なこと語ってるけど、どん引きしないでね……!




まずは、物事の認知・認識について。
正しく物事を認識・把握することは真実へと近づく為に必要なことでもあります。
ただし、常に正しい認識を行える訳ではない。

特定の対象について知覚を行う際、抱きがちな先入観、偏見等。
フランシス・ベーコンの唱えた四つのイドラについて、詳細についてはこちらを見ていただくとして

これを人狼風に解釈すると、

洞窟のイドラ→「個人の経験則・価値観による判断の誤り」
市場のイドラ→「対話や他者の意見を見ての判断の誤り」
劇場のイドラ→「他者の価値観、要素取りへの過度の信頼からの誤り」

こんな感じでしょうか。
(種族のイドラについては、人狼そのものの解釈はこれ自体人それぞれになるが故にあえて触れずにおきました。あしからず)




人狼における各種イドラの事象例を細かく検証してみよう。


【洞窟のイドラ】

・経験則による前提判断の誤り
・個人的な偏見、先入観
等々

洞窟のイドラの“洞窟”とは、個人の狭い世界を表した言葉。
主に個人の考え、性格、経験則から生じる偏見・先入観となる。
洞窟のイドラで最もポピュラーな喩えは、「井の中の蛙」である。

自身の考え、経験則に過信を抱かず、それが一般的に通じるものであるか否か。
そういった検証を重ねることが必要となる。



【市場のイドラ】

・伝聞による事実の歪曲
・対話による不正確な伝達
・言葉の定義による誤り、齟齬
等々

市場のイドラは、他者との交わりの中で起こる誤り。
言葉の不適合や伝聞、印象など人を介して発生する偏見部分である。
(伝言ゲームを想像してもらうとわかりやすいかな?)

相手が言いたいことを言えているかどうか。
相手の言うことをくみ取れているか否か。
言葉の定義に齟齬はないか。
不確かな部分を伝聞していないか。

そういった人を介する際に生じる危険性以外に、人狼においては「相手の主張の成否」も同時に検証を行う必要があります。



【劇場のイドラ】

これに関しては、少しかみ砕いた説明が必要かな。
劇場のイドラの根本的な問題というのは「権威への追従」とも言え、見えたもの、目立つもの(=劇場)を鵜呑みにしてしまうという事象と言える。

村内において、意見が大きいところ、目立つところに迎合してしまう。
そういった事象も当て嵌まりはするのだけど。

それ以外、誰か特定の目立つ人の「要素の取り方」や「発言」をそのまま受け入れ、検証なしに村で用いること。
また、該当事象への適合を検証せずに要素取りのみを用いること。
そういった行為は、わりと多く見られるように思います。

誰かが提示した意見。
一般論やセオリーと言われている内容。
納得の行く要素取り。
そういうものを取り入れるのは、人狼においては多々あることです。
ただ、取り入れるに際して、それが実際に使えるものであるか否かの検証。
また、その事象に対して適合するかの検討。
その要素を自分で正しく理解できているかを顧みる部分などが必要になってきます。

表面のみをなぞらえるのはたやすい行為ではありますが、であるからこそ脆く、齟齬が出やすい。
また、不慣れな武器を扱うことは、当人の隙も大きくなります。

それが本当に正しい内容なのか。
また、現在進行している内容に、正しく用いることが出来るのか。
そういった「華やかな部分に目を向ける」だけでなく「地に足をつけての検証」もまた必要な作業となります。





これらの「偏見の元となる部分」を自覚した上で、「正しい認識」へと判断を向ける必要があります。

こういった思考部分は、論理学の話でも少し触れるかと思います。(小難しい話第二弾予定)
ちなみに、第三弾はレトリックについての予定だけど、そこは公開するかは謎なのだ……。
(そもそも、いつ纏めるやら)




認識について深める場合、一番大事なのは【認識の精度】になります。
認識の第一段階は、個による知覚。
それが個から周囲へと拡散された場合、そこに識別と概念が関わってくる。

個による知覚は前述の洞窟のイドラによる偏見を受けぬよう、注意を払う部分でもあります。
そして、識別と概念に関しては、市場と劇場のイドラが関わってくる。


概念の精度を高めることは、それはそのまま「物事の本質」に近づくことにもなります。
それを正しく用いることが出来るか。
そういった部分で、識別の精度も大事となる。


たとえば、このブログに書いてある人外要素とか、狩人要素とか。
それをそのまま用いたとて、現実の事象と齟齬があればそれは概念として誤っていることともなるんだからね…!
(なので、あまり鵜呑みにしないでね……とかこっそりこそこそ)



主張をするにあたって、その「認識の精度」については、まず第一に確認すべき重要事項である。

個による知覚判断が正しいか否か。
識別は正しく為されているか。
概念となる部分に誤りはないか。また、その概念が正しい適用を為されているか。
それらの検証は、論理展開や議論の「前段階」として必須事項と言える。




……と、何故か人狼で概念論を語り始めてしまう、自分にびっくりです……。

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