風韻坊ブログ

アントロポゾフィーから子ども時代の原点へ。

名前の由来(1)

2009-04-28 22:21:23 | 雑感
このブログは
「シュタイナー探訪」から始まって、
「アントロポゾフィー研究所」になり、
この「風韻坊ブログ」に到った。

ボクが風韻坊を名乗っても、たぶん、
よく分からないという人が大半だろうと思う。

「入間カイ」という名前に改名したことについても、
いまだに、納得されないことがある。
この前も、尊敬するある人から
「名前を変えても、本質は変わらない」と言われた。

そこで、久々にこのブログを再開したので、
「入間カイ」と「風韻坊」の名前の意味について
この機会に書いておきたいと思う。

まずは「入間カイ」について。

親との違いを際立たせたくて、この名前を選んだわけではない。
自分の生き方に迷い、
シュタイナーの初期の著作をドイツ語で読んでいるとき、
彼が歩んだ道がいかに孤独な道だったかが感じられて、
アントロポゾフィーという「認識の道」が
とても辛くて悲しい道に感じられたことがあった。
それでも、自分が見てとったその道を歩んでいこうと思ったとき、
自分はそのように決意した自分自身に、
自分で名前をつけたい、と思ったのである。

カイという名は、
かつて十代のころ、
アメリカで一風変わった女の子から
「Kai, blood!」と呼びかけられたから。
その響きが、思春期の自分が、
迷いながらも、自分はこんな大人になりたいという
ひとつのイメージをもったときの、
心のあり方につながっていた。
ボクは、かつて子どものころの自分が、
思い描き、目指そうとしたような大人のあり方、生き方を
すでに大人になった今でも、目指し続けよう。
そう思うときの自分は、どうしてもKaiだった。

そのような自分をもって、
人々の間に入っていこうと考えたとき、
「入間」という姓を思いついた。
「間」というのは、
アントロポゾフィーでも重要な概念である。
ドイツ語で「中間領域」(Zwischenreich)といえば、
対極的な要素が出会い、重なり合うところ、
たとえば「夜の世界」と「昼の世界」が出会い、
夢が立ち上がるところである。
人間がその意識をもって、認識を求めてあがくのも、
精神と物質の間の、
「たましい」という中間領域のことである。
そして、人間の人生も、
人と人の間で展開していく。
そんなとき、地名としてしか知らなかった「入間」という名が、
ボクが目指す生き方を示唆しているように思えたのだ。

次は、「風韻坊」について書くことにする。

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6 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
自著を送ります (臼田さかえ)
2009-05-23 21:27:09
5月20日付けで『生命(いのち)をはぐくむ色彩』というタイトルの著書を出しました。わたで描く三原色6色のパステル画の共同の学び(ワークショップ)の理論と実践の書です。カイさんにぜひ読んでもらいたくて、那須の園宛にお送りしました。きっと同じようなことを感じながら生きて来られたのだろうと、再開されたこのブログを拝見しました。「個」の意識が生まれ強まるのは、「共同体」の中にあってこそだろうと私は思います。
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Unknown (石見玲子)
2009-07-14 18:00:46
入間カイさんという名前をはじめて見たとき、
私は間違えて「ニンゲン カイ」と読んでしまったことを思い出しました。

カイという名前から、雪の女王のカイ少年を連想して
「そうか、高橋明雄さんは人間になったんだな、
もしくは、人間になろうと心に決めたのだな」
と激しい誤解をしました。

心の中で一人勝手に納得をしていた私の隣で、友人が
「イルマ カイさんの本だ」と言ってくれたので、
すぐに誤解は解けましたが。

このコメント投稿の名前は、昔
私が私に名づけた名前です。

人は多くの風景を心のうちに抱きながら
今を生きている、と
今更ながら思いました。






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こんばんは (Dariahrose)
2010-03-30 22:12:55
先生にとってのKaiってどんな人なのですか?

シュタイナー教育についての本を幼稚園ですお借りしてみたいと思っております。今度、どれから読んだらよいかお教え頂けませんか?おてすきな時で結構ですのでお願い致します。
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地震 (Dariahrose)
2011-03-11 18:40:00
地震、大丈夫でしたかか〓〓

余震が続いていますね。お気を付け下さいませ〓。
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疎開 (Dariahrose)
2011-03-19 20:50:16
卒園式は無事終わったようですね。お疲れ様です。
ただ今、私は九州に疎開中です。子供達の安全を最優先に考えました。避難所やスーパーなどのボランティアの募集の話しや、残っている友人達の事を考えると、大変心苦しいです。
私は卑怯者なのでしょうか。一生自分に問い続けるのかも知れませんね。

みふじの集い、楽しみにしております。

m(_ _)m
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はじめまして (笹沼ハワード明子)
2014-05-16 10:19:28
NZクライストチャーチ在住の笹沼ハワード明子と申します。現地で子供がシュタイナー学校に通っており、私自身は人智学協会(NZおよび普遍)に入って
おります。実家が栃木県矢板市で、今帰国中なのですが、先日高橋巌先生の町田の講義に参加させていただきました。那須にいらっしゃるならお目にかかりたいと思ったのですが、幼稚園に電話をしましたらおられないとのことでしたのでこちらにメッセージを入れさせていただきます。
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