猿八座 渡部八太夫

古説経・古浄瑠璃の世界

忘れ去られた物語たち 21 説経毘沙門之本地⑥終

2013年05月29日 09時16分25秒 | 忘れ去られた物語シリーズ

毘沙門の本地 ⑥終

地蔵菩薩の導きに従って、金色太子は、見も知らぬ山道を、ひたすら走り続けますが、やが

て日は暮れ、夜になってしまいました。まだ月も出ず、道は真っ暗になってしまったので、

ある岩陰で休むことにしました。やがて、十五夜の満月が昇り、辺りを照らし始めますと、

その由旬(ゆじゅん)の光は、まるで昼のような明るさです。犍陟駒から飛び降りた金色太

子は、七曜(しちよう:北斗七星)に向かって、尋ねました。

「地蔵菩薩の教えによって、ここまで辿り着きました。つついの浄土へ行く道を、教えて下さい。」

すると、貪狼星(どんろうぼし)(大熊座αドーブェ)は、こう答えました。

「この道を、更に遙かに進みなさい。すると、天の河という大河があり。その河の辺

に、女が一人いるであろう。その女に詳しく聞いて見なさい。旅人よ。」

金色太子は、喜んで、更に犍陟駒を進ませました。そして、とうとう、天の河までやって来

たのでした。貪狼星の教えの通り、女が一人居るのが見えます。急いで近付くと、太子は、

「つついの浄土への道を教えて下さい。」

と、尋ねました。女は、しげしげと金色太子を見ると、

「不思議なことですね。あなたは、有漏の身で浄土を目指しているのですか。」

と怪訝な顔です。太子は、

「はいそうです。私は、クル国の姫宮と一夜の契を込めましたが、死んでしまいました。そ

して、つついの浄土を尋ねよとのお告げを受けて、ここまで、やって来たのです。どうか、

哀れと思って、お教え下さい。」

と、太子は涙ぐみました。女は、これを聞くと、

「恋路と聞くならば、一層辛さが増しますね。私は、七夕の星の精です。この河を隔てて年

に一度、恋しき人と、一夜を契ることができますが、もし、一滴でも雨が降るのなら、洪水

が、私の涙も押し流し、逢うこともできずに、空しく帰るのです。さぞや、あなたも、焦が

れ果てていらっしゃるのでしょうね。そのやるせなさを十分に分かっていますから、教えて

あげましょう。この河を渡れば、男が一人、通ることでしょう。それこそ、私の恋人、七夕

です。七夕に会って、詳しくお尋ねなさい。」

と、言い残すと、やがて去って行きました。金色太子は、犍陟駒を励まして、天の河を渡り

切りました。対岸に渡り着きますと、犬を連れた男が河の辺に立っているのが見えました。

太子は、駆け寄って、つついの浄土への道を尋ねました。男は、

「この道を、遙かに進んで行きなさい。きっと沢山の僧達が居る所に着くでしょう。そこで、

詳しくお聞き下さい。」

と答えました。それは、川上に向かう道でした。金色太子は、犍陟駒を更に進め、野を横切

り、山を越えて、先を急ぎました。すると、教えの通り、僧が沢山居る所にやってきたのでした。

太子は、馬から飛んで下りると、つついの浄土への道を尋ねました。輿の中に居る僧が、

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