猿八座 渡部八太夫

古説経・古浄瑠璃の世界

忘れ去られた物語たち 38 古浄瑠璃 とうだいき⑥(終)

2015年08月17日 16時16分09秒 | お知らせ
燈台鬼⑥(終)

 15年ぶりに燈台を外され、物を言える薬を飲まされた恋子は、夢から覚めた様な気持ちです。何もかもが信じられないという面持ちで、御前に引き出されました。やがて、恋子は、仏を売りに来た商人に向かって尋ねました。
「私は、その昔、西上国より大将として遠征した恋子という者であるが、戦に敗れた為、顔の皮を剥がされ、昼夜を問わず、火を灯され続けた。物を言えぬ薬を飲まされたが、心の内にて弥陀の名号を唱え続けた験によって、このように御助けを被ることとなった。それにしても、その御仏は、私の仏であるに間違い無い。この仏は、私が出陣の時に、形見として妻に渡した物だ。あなたは、どうして、これを持っているのです。」
これを聞いた恋坊は、恋子の袂に縋り付いて
「ご存知無いのも当然ですが、私は、胎内にて捨てられた、あなたの子供です。父上を探して、これまで参りました。ああ、なんという有りがたさでしょうか。」
と泣くばかりです。恋子は、夢とも現とも弁えず、親子共々抱き合って嬉し泣きに暮れました。しかし恋子は、力無く
「さても遠路を遙々と、ようやくに尋ね来たことは大変にご苦労なことであったが、このような姿では、もう故国に帰ることなどできない。顔の皮を剥がされて、餓鬼道に落ちたも同然。玄冬素雪の寒さに重ねる衣も無く、寒地獄に落ち、九夏三伏の暑さには、額の灯火が灼熱地獄となり、修羅畜生と同然なのだからな。お前は、名を何と言うのか。」
と言うのでした。しかし恋坊は、
「私は、恋坊と申します。古里で母がお持ちです。そんな事を言わないで早く西上国に帰りましょう。父上様。」
と、励ますのでした。これを聞いた臣下大臣は、この親子のことを王様に奏聞したのでした。王様は、
「おお、まだ見もせぬ父を恋しく思って、遙々と尋ね来る志しは、きっと仏の化身であるに違い無い。麻呂には、世継ぎの王子がないから、恋坊をわしの世継ぎとせよ。」
との宣旨です。恋坊は畏まって、
「その宣旨に背くのではありませんが、古里では、母が今や遅しとお待ちです。父上を無事に西上国に送り帰してから、宣旨に従いたく思います。どうか、西上国に戻ることをお許し下さい。」
と言うと、恋坊は虚空に向かって手を合わせ始めました。
「南無阿弥陀仏。弥陀如来。今一度、父を元の姿に戻して下さい。」
と、肝胆砕いて念仏し、祈願したので、仏力が顕現して、恋子は、元の姿に戻ったのでした。

 それから、恋坊と恋子は早速に、西上国に帰りました。西上国の王は、
「このような事は、金輪際無いような奇蹟だ。」
と驚いて、法皇に退くと、恋子を国王にしたのでした。さて、その後、恋坊は南海国に戻って、目出度く国王になったのでした。その昔、西上国と南海国は、仲が悪い間柄で、戦争ばかりしていましたが、今は、親子がそれぞれの国王となったので、どちらの国も平和で豊かな国として、末永く栄えたということです。貴賤上下の人を問わず、だれでも感心しない人はいなかったということです。
おわり


慶安三年正月吉祥日
西洞院通長者町草紙屋長兵衛

最新の画像もっと見る

コメントを投稿