猿八座 渡部八太夫

古説経・古浄瑠璃の世界

忘れ去られた物語たち 22 説経天智天皇 ⑥終

2013年06月12日 16時03分10秒 | 忘れ去られた物語シリーズ

天智天皇⑥終

 さて、そうこうしている内に、その夜も白々と明けて来ました。磯部の浦で、無事の再会

を喜んでいますと、沖合を、牢輿を乗せた舟が通って行きます。どうやら流人の舟のようで

すが、葛城が、不審に思って良く見て見れば、逆目の皇子の郎等で、稲瀬の七郎という者が

乗って居るのが見えます。ますます、怪しいと思った葛城の宮は、

「おーい、稲瀬ではないか。私は、葛城の宮だ。」

と、大声で呼ばわれば、

「おお、葛城の宮様でいらしゃいますか。これは、母上、斉明帝の牢輿です。逆目の皇子

の勅命によって、沖の嶋に流す所です。あなた様も、やがては、このようになってしまわれ

ますから、早く落ち延びてくだされ。」

と、返答するのでした。葛城の宮は、驚いて、

「なんと、母上がいらっしゃるのですか。少しの間、舟を泊め、名残を惜しませて下さい。」

と頼みますが、答えも無く、七郎は、舟を速めて遠ざかろうとしました。しかし、不思議に

も、沢山の白鷺が飛んできたかと思うと、百姓が脱ぎ置いた菅笠を咥えて、舟の舳先に飛ん

で行き、咥えた笠で扇ぎ始めたのでした。これが、鵲(かささぎ)の始まりということです。

さて、まったくご神託の通りの事が起こりました。舟は、忽ち港に吹き寄せらてしまったの

でした。行く手を遮られた守護の武士達は怒って、葛城の宮も生け捕って、一緒に流して

しまおうと、我先に上陸してきました。

 又もや、危機一髪という時、どこにいたのでしょうか。金輪の五郎が、忽然と現れ、稲瀬

の七郎めがけて突進してきました。軽々と七郎を掴み上げると、そのまま船縁に叩き付け、

木っ端微塵にしたのでした。その凄まじさにたじろいだ武士達は、逃げ惑って、海に飛び込

んだので、多くの者が溺れ死にました。金輪の五郎は、その隙に牢輿を破って、母斉明帝を

助け出したのでした。葛城の宮は、久しぶりに母上と対面して、そのお喜びは限りもありま

せん。

葛城の宮は、金輪の五郎に、

「やあ、金輪の五郎。逆目の皇子に討ち殺されたと聞いていたのに、不思議な事もあるものだ。」

と言えば、金輪の五郎は、

「確かに、逆目の皇子に首を刎ねられて、晒し首にされましたが、無念は、骨髄に浸透した

ので、金岡の身体を借りることができました。この上は、逆目の皇子を討ち滅ぼしてご覧

に入れましょう。」

と怪気炎を上げるのでした。

 この事件は、九月のことでしたが、折から、秋風が強くなったので、采女は、刈り終わっ

た稲藁を敷き詰めて、葛城の宮と母斉明帝を座らせようとしました。葛城の宮は、これを見て、

「やあ、勿体ない。稲葉は、世界の大本である。例え、このまま露に打たれても、稲藁の

上に座るなどということは、罰当たりである。」


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