猿八座 渡部八太夫

古説経・古浄瑠璃の世界

忘れ去られた物語たち 39 古浄瑠璃 かばの御ぞうし⑤

2015年09月25日 17時06分52秒 | 忘れ去られた物語シリーズ

蒲の御曹司 ⑤

 それから、御台様と、三郎義清殿は、範頼のご供養をしましたが、あまりの疲れと、思い煩いの為、其の場で寝入ってしまうのでした。その時、草葉の陰の範頼殿は、枕元に立ってこう告げるのでした。
「私は、娑婆の縁も尽き果てて、この様な姿に成り果てましたが、決して悲しみ歎いてはなりません。落ち延びた他の兄弟達に会いたいのであれば、私の名と、ここで北の方と三郎が菩提を弔っていることを、木の葉に書き記して、明け暮れ、海に流しなさい。そうすれば、必ず巡り逢うことだろう。さあ、早く起きなさい。」
起こされた、二人は、驚いてかっぱと起き上がると、さめざめとお泣きになりましたが、やがて三郎は、
「草葉の陰の父上様が、私たちを憐れんで、夢枕にお立ちになった。教えに任せて、書きましょう。」
と、木の葉を沢山集めてくると、書き付けをしては、海へと流すのでした。
 さて、一方の為頼、頼氏兄弟は、同じく城から無事に逃げ延び、伊豆の浦で月日を送っておりました。しかし、毎日は物憂いばかりです。そんな或る日、二人は憂さを晴らそうと、浜辺に出ました。すると、浪間に漂う木の葉の中に、書き付けの有る物が目に入りました。いったいなんであろうかと、見て見れば、父の名字が書き付けてあり、更に、
『伊豆の国大島 範頼の菩提なり 義清 父の為』
とあるではありませんか。二人は、飛び上がって驚きました。
「おお、さては、母上様は、三郎を連れて、大島へと落ちられたのか。父上は、お亡くなりになられので、菩提を問うこの木の葉。ここまで波に揺られて届いたか。ああ、これは誠かあ。なんという悲しい事か。」
と、泣くより外はありません。しかし、涙を払うと、兄の為頼は、
「ここから、大島はそれ程遠くはない。どうだ頼氏。これより、漁船を探して大島へ行こうではないか。」
と言うのでした。二人は、早速に漁船を捜すと、丁度、誰の舟とも分からない舟をみつけたのでした。兄弟は、これはおあつらえ向きだと、急いで舟に乗り込むと、幸い風は追い風でした。天も味方してくれたと漕ぎに漕いで、一日一夜で、大島へと漕ぎ付けたのでした。兄弟の人々が、舟から飛んで降りて、見て見ると、丁度、御台様と三郎殿が墓参りの為に歩いて来たのと出くわしました。親子四人の人々は、顔と顔とを見合わせて、これはこれはとばかりです。久しぶりの再会を喜び合いましたが、やがて、兄の為頼は、
「父上はどちらですか。」
と尋ねました。そうして、御台様は、事の次第を語り聞かせながらお墓へと向かうのでした。
「これこそ、御父上様の御墓所ですよ。」
と、言うも果てずに、兄弟は、塚に倒れ伏して、泣き崩れました。為頼と為氏は、父が恋しい余りに、墓守に向かい、
「娑婆でのお姿を、もう一度、見たい。墓を掘り返して父の姿を見せて下さい。」
と訴えるのでした。墓守は驚いて、
「いやあ、大変、お労しい事ではありますが、もう既に一年近くも経つ死骸を、掘り返すなどということは、あり得ません。」
と答えました。兄弟の人々は、
「それは、そうかもしれないが、長らく物憂い牢のお住まい。きっと最期の御時には、我々兄弟のことを、恋しく思い出されたに、違いありません。お願いですから、もう一度、お姿を見させて下さい。ああ、恋しい父上様。」
と、伏し拝んで泣くばかりです。とうとう墓守は負けて、仕方無く、死骸を堀り起こすことにしました。人々は、父の死骸の枕の元に集まると、
「のう、のう、父上様。私たち兄弟は、父上を探して、ここまでやって来ました。今一度、お声をお聞かせ下さい。」
と、死骸に抱き付いて、さらに涙に暮れるのでした。見るに見兼ねた墓守は、
「仏になった死人に、そのように涙がかかっては、勿体ない。」
と、頓て、死骸を元の様に埋め戻しました。この人々の心の内の哀れさは、何に例えて良いか分からない程です。

つづく

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