熊谷さんは、「一人暮らし」を始めたことで、
トイレとつながり、シャワールームとつながり、
ベッドとつながり、玄関とつながっていきました。
そのためには、
「一度、これまでの形をほどく必要がある」と言います。
「一人暮らし」で「自分」と出会い、
「自分の意識が届かない場所で、
半ば自動的にトイレとのチューニングを始める」
と書いています。
そして、この《チューニング》という体験は、
…「教師なし学習」だといいます。
この言葉を読みながら、私の中では、
自動的にこうちゃんややっちゃんの
《チューニング》の様子が浮かびます。
以前、やっちゃんの「こだわり」について書いたときに、
私が気付いたのは「こだわり」には、
「こだわりの溶ける時間」「こだわりの溶ける関係」
「こだわりの溶ける場所」がある、ということでした。
それが、6歳7歳、という「子ども」で、
自閉症という障害があれば、
「定型発達」の子ども専用に作られた学校の仕組みに
慣れるには、時間がかかるに決まっています。
それを、学校の先生は、「問題行動」と評価するけれど、
私たちは「その子のせいいっぱいの適応行動」
だと言ってきました。
熊谷さんの言葉は、脳性麻痺の身体の「チューニング」
のことを語っているのですが、
私には、自閉とよばれる子どもたちの、
「チューニング」=「教師なし学習」に聞こえるのです。
その後に続く文章を紹介します。
見出しが《内部モデルはあとからやってくる》です。
これも、ワニなつカルタにある
「理解はあとからついてくる」と同じだと感じます。
□ □ □
《内部モデルはあとからやってくる》
リハビリでは、トレーナーがあらかじめ
「これが正しい動き」という正解のイメージを設定していた。
そしてその「正しい運動イメージ」を
内部モデルに取り込むことが要求された。
このような「まなざし/まなざされる関係」における運動学習は、
予測的な内部モデルをつくり、
それにしたがって体を動かすことを練習する
「教師あり学習」の系列に属するといえるだろう。
そこでは、モノや人とつながるのは、
健常な動きを実行できるようになった「後」であるとされる。
つまり、「内部モデルの習得→つながり」の順番だ。
そして一人暮らしを始めたときの私は、
「教師あり学習」の成果である健常者向け内部モデルに
ぼんやりと貯蔵された「健常者がトイレに行く」ときの
運動イメージを、手本として思い出しながら動きはじめた。
しかしその遂行がうまくできず、
身体内協応構造と内部モデルが
敗北の官能を伴いながら自壊した。
手本を失い、正解の動きというものが
もはや見当たらない状態となった一人暮らしの中で、
便意を解消したいという思いに突き動かされて
無秩序に動く私は、
環境との「ほどきつつ拾い合う関係」に身をゆだねながら、
そこにあるモノとの交渉によって
オリジナルの動きと内部モデルを立ち上げていった。
これはそのつど動きを創発させる
「教師なし学習」の系列に属する。
「教師なし学習」の結果立ち上げられた運動のイメージは、
新たに内部モデルとして登録され、
動きは徐々に熟練していく。
つまり、リハビリとは逆で、
「つながり→内部モデルの習得」の順番になっている。
◆
多数派の人間(健常者)の動きについて考えるときならば、
モノでなく人との交渉の中で
徐々に規範的な動きを学習していくプロセスを
中心にみていけばよい。
なぜなら、モノというのは
すでに多数派の動きに合うように
形や機能を仕立て上げられたものとして、
人々の意識の中で前提とされているので、
人との関係において規範的な動きを習得しさせすれば
自ずとモノを使いこなせるようになっているからである。
つまり多数派においては、
モノとの関係の取り結び問題は、
人との関係の取り結び問題に還元されるというわけだ。
しかし、規範的動きを習得できない私にとって、
そのような前提は成り立たない。
もう一度トイレなどのモノそのものと対峙し、
相互交渉によって一から私自身の動きを
立ち上げる必要に迫られるのである。
『リハビリの夜』(160~163)
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