◇
1時間目が終わりかけていた。
かなこは不思議だった。
はじめは「覚えてない」と言っていたのに、
先生が日記を読むと、みんなその時のことを思い出す。
≪8月6日≫
まさやくんにぎんはがしにあげました。
うれしかったです。
それだけで、マサヤは、
すぐに小3の夏休みのことを思い出した。
買ったばかりのマンガ本を、
近所の公園で見ていたときのこと。
たまたま通りかかったKちゃんに、
いらない付録の一つをあげたのだという。
たったそれだけのことを、
Kちゃんもマサヤも覚えていた。
かなこは思う。
なんで、二人ともそんなこと覚えてるんだろ。
日記には、日付しか書いてなかったから、
それが何年生のことか分からない。
でも、本人はその時の状況を思い出せる。
それは、Kちゃんの思い出というほどのものじゃなくて、
一人ひとりのアルバムの端っこに、
言われてみればKちゃんも小さく写っていた、
そんな感じかもしれない。
かなこは、一人ひとりの心の本棚に並んだアルバムが
見えるような気がして、なんだか可笑しかった。
「さっきまで泣いてたくせに、なに笑ってんだよ」
ツバサにからかわれても、今日は気にならない。
「ふふ、ナイショ」
かなこは八木先生みたいに、やさしく笑ってみせる。
「ゲッ、キモー」
ツバサが騒いでいるが、かなこはぜんぜん気にならない。
「ツバサ君、ちょっとうるさいわよ。静かにしてね」
ふふ、怒られてる。怒られてる。
Kちゃんのこと、別に覚えてないと、
みんなが言ったのは本当なんだろうな。
友だちと言えるほど仲のいい子はいなかった。
だけど、確かに、Kちゃんはここにいた。
みんなといっしょに、ここにいた。
「忘れてても、なくならないんだね」
かなこは友美に話しかける。
友美が首をかしげていると、
かなこはうれしそうに言った。
「いいんだ。なんでもなぁい」
タツヤも不思議な感じが続いていた。
幼稚園のときのことなんかすっかり忘れていた。
覚えていることなんか何ひとつないくらいだ。
だけど、あの時、先生と一緒にハムスターを探したときのキモチは、
タツヤの体のなかにちゃんと残っていた。
あのときのことを思い出したら、
ほんとにあのときのキモチが、ここにあった。
タツヤは不思議な気持ちのまま、
自分の胸のあたりを見ていた。
園長先生、元気かな。
今度、幼稚園の前を通ってみよう。
そう思った。
もちろん、誰にも言わない。
ガラじゃないって言われるから。
そうだ、どうして逃げたハムスターの名前が分かったのか、
聞けるかもしれない。
でも、覚えているかな、園長。
あのときのこと。
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