ワニなつノート

てがみ(10)



「友美ちゃん、いま何て言ったの?」
かなこが聞く。

「えっ、この糸、どっちにいくんだっけ?」
友美は糸から目をはなさずに答える。

「そうじゃなくて、その前」

友美はピンクの糸を指ではさんだまま、顔をあげる。
3人が友美を見ている。
「えっ、なになに? あたし、なんかヘンなこと言った?」
友美は不思議そうな顔で聞く。

「理由なんて」
「ないって」
かなことアズが一緒に言う。

「あぁ、そっちね」
友美はまた糸の先をさぐりながら、続ける。
「おじいちゃんが言ってたよ。
 なんでも理由があるわけじゃないんだって」

「えっ、そうなの?」
八木先生が少し大きな声をあげる。
かなことアズも顔を見合わせる。

「先生のくせにそんなことも知らないの?」
友美はわざとあきれたように言う。

「子どもが大事にされるのに、理由なんてあるわけないじゃん」

「‥‥‥」
「‥‥‥」
「‥‥‥」

誰も口を開かないので、友美はまた顔をあげる。

「そう、なの?」
「ほんとに?」
アズとかなこが一緒に聞く。

「だから、おじいちゃんがね‥」

友美が一言しゃべると、アズとかなこがまた一緒に口を開く。
「おじいちゃんが?」
「なんて?」

友美はミサンガを作るのをあきらめて、また机に置く。
「小さいころにね、おじいちゃんに聞いたことがあるの。
 どうして友美のこと好きなのって‥」

アズとかなこは、うなずきながら聞く。

「おじいちゃんは、いつも目をまんまるくして、
 両手を、こう、いっぱいに広げて言うの。
 ほおー、どうしてじゃと。友美はてつがくだのおって」

友美はおじいちゃんの芝居がかった言い方と、
「てつがくだのう」という言葉が好きで、
何度も何度も同じ質問をした。
そのたびにおじいちゃんは、両手を広げて、
目をまんまるくして、同じセリフを繰り返す。

「ほおー、友美はてつがくだのお。」

わたしはおじいちゃんに、ほめてほしかったんだと思う。
おじいちゃんから、お母さんに、
「友美はいい子」だと言ってほしかったんだと思う。

でも、おじいちゃんは両手を広げて、こう言うだけ。

「どうしてと聞かれてものお、わしはてつがくじゃないけんのお」

「じゃあ、あたしが悪い子でもいいって言うの?
 タクヤに意地悪しておもちゃ隠してもいいの?」

「そうか、それでお母さんに叱られたのかー。
 でもなあ、お母さんだって、
 友美くらいのころはいろんなもん隠しとったぞお」

「ほんと?」

「ほんとじゃとも」

「何を? おもちゃ?」

おじいちゃんは、しばらく考えてから思い出す。

「そうじゃぁ、友だちからもらってきたハムスターを
 タンスに隠したことがあったなあ」

「ほんと? それで?」

「夜中にタンスの中で走り回る音で、かあさんが目を覚ましてな‥」

友美の話は続く。
アズもかなこも、そして先生も、
友美が楽しそうに話すのを聞いている。
そして、最後に友美が言う。

「だから、理由なんてないの。
 おじいちゃんが、あたしのこと好きなのは、あたしがあたしだから。
 だから、おばちゃんがKちゃんを大事にしてるのは、
 KちゃんがKちゃんだからだよ」

アズとかなこは顔を見合わせる。

「そっかあ、ないのかあ」
アズがほっとしたように言う。

「ないものを探しても、見つからないんだね」
かなこが言う。

それから、二人で同時に笑い出す。

「何がおかしいの?」
友美がまじめな顔で聞く。

「だって、友美ちゃんのしゃべり方、ヤギッチにそっくり」
そう言ってアズが笑う。
かなこもうなずきながら笑う。

「なに、なに、何がそんなにおかしいのよぉ」
そう言いながら、友美も一緒に笑う。

しばらくして、友美が言う。
「でも、おじいちゃん、最近ぼけちゃってさ…。
 あたしのことも、ときどき忘れるんだ…。
 でも、いいんだ。おじいちゃんはおじいちゃんだからさ」
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