ワニなつノート

てがみ(6)



     ◇

≪10月28日≫
ハムスターにこわいです。
すごくこわいです。
こわいにうごきませんでした。
なみだにでました。
たつやくんにたすけてくれました。
うれしかったです。
こわいでした。



「ええーーーぇっ」という声と、
「んーー?」というざわめきが広がる。

学校にはハムスターはいない。
「タツヤくん、これは、いつのことなの?」
先生がタツヤに顔を近づける。

「ハムスター‥」
タツヤが考え込む。

「また、人違いかぁ」
ツバサが言う。

「みなみ幼稚園のときじゃないかな」
ユキが言う。

「幼稚園? 
 タツヤくんは、幼稚園のときからKちゃんと一緒だったの?」

先生がまたおかしそうに笑う。
タツヤは首をかしげている。

隣でコウタが声をあげる。
「あぁー、いた、いた。
ハムスター、
玄関のところに、いっぱいいたやつだ」

「あぁ、あぁ!」
ようやくタツヤも思い出した。

でも、タツヤが思い出したのは、
Kのことではなかった。

タツヤの目の前には、
次々とケージを飛び出していくハムスターの姿が見えた。

それから園長先生の顔が浮かんだ。

最初から逃がすつもりではなかった。
だけど、ハムスターがみんな逃げ出してしまって、
空のケージを見つめながら、
どうしようと不安だった気持ちがよみがえる。

ハムスターが逃げていく先で、
子どもたちの歓声があがる。
タツヤはどんなに怒られるかと緊張しながら、固まっている。

でも事務室から出てきた園長先生は、
一言も怒らずに一緒にハムスターを探してくれた。

一匹見つけるたびに、
タツヤの顔を見てはうれしそうに笑ってくれた。
タツヤは11匹のハムスターを見つけるまでの、
幼稚園で一番楽しかった時間を思い出していた。

でも、とうとう最後の一匹は見つからなかった。

しょげているタツヤの耳元で園長先生がささやいた。
「気にするな。スティーブはしょうがないんだ。
あいつが脱走のリーダーだからな。」

「スティーブ?」
見つからないハムスターの名前がすぐに分かるなんて、
やっぱりすごいとタツヤは思った。
だけど、そんな名前のやついたかな?

タツヤの不思議そうな顔を見ながら、
園長先生はうれしそうに笑っていた。

その笑顔のおかげで、
タツヤも見つからなかった最後の一匹のことはそのうち忘れた。
ただその名前だけは、なぜか今でも覚えている。

結局、タツヤの記憶には、
Kを助けた記憶はなかった。

「だって、あいつ、幼稚園のころは毎日泣いてたし‥」

みんな、タツヤの説明を聞いて納得した。

「やっぱり、Kちゃんを泣かしたのはタツヤだったね」
カズキが言う。
みんな笑いながらうなずく。


そのとき、コウタが大きな声をあげる。
「あっ、わかった」

「どうしたの? 今度は何?」
先生が聞く。

「さっきのタツヤが助けた話。
 あれ、2年生のときだよ。」

コウタがタツヤを振り向くが、
タツヤは首をかしげている。

「ほら、帰りに校庭の水たまりで遊んでるとき、Kちゃんもいて‥」

「‥‥?」
タツヤの記憶にはない。

「Kちゃんが水たまりに入って動けなくなったんだよ。
そしたら近くにいた1年生がバカとか言ってからかったんだ。
それでタツヤが1年のくせに生意気だって怒ったんだよ。」

「おおー」
微妙な歓声があがる。

「すごいじゃん、タツヤくん、かっこいいー」
先生ものりやすい。

「だけどさぁ、Kちゃんが水たまりにはまっちゃったのは、
 タツヤのせいなんだ。」

コウタの説明はつづく。
「タツヤが、Kちゃんにお前も跳んでみろとか言うからさ。
 それでKちゃんは水たまりに入っちゃって、
 くつも手提げ袋もビショビショになっちゃったんだよ」

「……」
タツヤにはやっぱりピンとこない。

そんなこともあったかもしれない。
そばにいたら、それくらい言ったかもしれない。
でも、そんなのいちいち覚えていられるか。
いつものことだろ。


それよりも、タツヤはホウキのことを思い出した。
Kのお母さんに聞いたことがある。
「どうして、ほうきなんかが怖いの?」

Kのお母さんは、笑いながら答えてくれた。

Kがまだ幼稚園のころ、
田舎のおばあちゃんの家に行った時のこと。
Kは、おばあちゃんに頼まれて
物置に竹ぼうきを取りにいった。

そのとき、ほうきのかげから
何か黒い影がKの顔をかすめて飛んでいった。
おばあちゃんは、
「ああ、またコウモリがいたかい」と笑った。

でも、Kにとっては、
生まれて初めての恐怖の瞬間だった。
また、いつ、ほうきから
コウモリが飛び出してくるかわからないと。

でも、タツヤにはやっぱり納得できなかった。
学校にコウモリなんていないんだから。

みんなが知っているように、
Kちゃんを一番泣かしたのはタツヤだった。
それは間違いない。

だけど、Kちゃんのピンチを一番助けたのも
タツヤだったのかもしれない。
幼稚園から5年生まで、
タツヤとは同じクラスだったから。
タツヤにその気がなくても、
Kにとって、タツヤは一番強くて頼もしい男の子だったのだろう。

Kちゃんが学校のほうきを恐がらなくなったのも、
タツヤが何度もほうきを持たせようとしたからだった。

Kちゃんにとって、
タツヤはちょっと迷惑なヒーローだったのかもしれない。
八木先生はもう一度、みんなの顔を見渡した。
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