ワニなつノート

未来へのことば(メモ3)


未来へのことば(メモ3)



《神は細部に》

(T・1)
「…自閉症の人の長期記憶がふつうの人よりいいのは、悪いのかと問うのは、ほとんど的がはずれている。
実際には、思い出すためには記憶したもの、データが必要なのだ

自分でつくった掲示板を見ていた大学生のころは、研究の経験が少なかったし、まだ比較的若かったから人生経験も浅かった。

四十歳になり、五十歳になり、六十歳を過ぎるにつれて、連想する能力=細部のあいだに関連性を見つける能力=はますます磨きがかかった。

掲示板を使う必要がなくなったのは、自分のデータベースに保存している詳細な情報がどんどん増えているからだ。

こんなふうに考えてみよう。
木が見えなければ、森は決して見えない。



(T・2)
「…これは、私が前から口を酸っぱくして言っていることだが、親も介助者も、小さいころから子どもを世の中に出す必要がある。
子どもは、体験しなかったことには関心をもたない。

(テンプル・2014)


(T・3)
「私はひと晩で社交的な人間になったわけではない。
あるとき、頭の中で何らかの魔法のスイッチがかちっと入って、それ以来、人づき合いのこつがわかるようになったのではないのです。

今日の私があるのは、これまで重ねてきた体験と、少しずつでも学ぶ機会を得たおかげです。

簡単ではなかった。
ほんとうに大変なときもあった。
失敗もたくさんした。
でも、ひたすら努力して、人づき合いのこつを身につけたのです。」


(T・4)
「高機能自閉症の場合は、ふつうに発達している子どもたちから社交のスキルを学ぶことがぜひとも必要なので、たいていは普通学級に組み入れたほうがいいでしょう。

自宅で教育を受けていたり、特別支援学校に通っていたりする場合は、なおさら、ふつうの子と定期的にかかわることが絶対に必要です。」


(T・5)
「…お子さんにありとあらゆる活動や体験をさせることが大切です。
実際にたっぷり学べば、人とのつながりを理解するのに必要な情報が頭にたくわえられます。」

(テンプル。2010)

              ◇

(D・1)
「弟のスティーブンが最近、ぼくと同じアスペルガー症候群だとわかった。

19歳の弟は、苦悩、孤独、将来への不安といった、ぼくが直面してきたさまざまな困難をいま経ているところだ。

ぼくが子どものころ、医師たちは、アスペルガー症候群についてなにも知らなかった。

そのため、長いあいだ、ぼくは、自分がどうして同級生たちと違うように感じるのか、自分のまわりの世界と切り離されているように感じるのか、まったく理解できなかった。

ぼくの経験を綴ったこの本が、スティーブンのような大勢の若い人たちの心の支えになることができればと思っている。

若い人たちには、ひとりぼっちではないこと、だれもが幸せで実りある人生をおくれることを知ってほしい。

そして自信を持って生きていってほしい。
ぼくがその生きた見本なのだから。」



(D・2)
「いまてんかんの患者は増えているが、医療の進歩によって発作を抑えて生きていくことができる。
かつてのようなてんかん(自閉症)と診断された人たちに対する偏見や差別は、いまや急速に薄れてきている。

とはいえ、脳に障害を負った人たちを誤解している人は多い。
てんかんと診断された子どもを持つ親のみなさんに、ぼくはこう言いたい。
その子の病状に合った教育をできるかぎり与えてほしい、と。

いちばん大事なのは、自分の夢を持ち続ける自信を子どもに与えることだ。
夢はその子の未来をつくる大切なものなのだから。」


(D・3)
「ぼくは兄弟が増えていくことに最初は無関心だった。

…しかし兄弟ができたおかげで、とてもいい影響を受けた。
人と接することが否応なく増えたし、まわりにいつも人がいるおかげで、騒音や変化にうまく対応できるようになった。
兄弟が庭で友だちと遊んでいる様子を二階の窓から眺め、他人と関わる方法も学べた。


(D・4)
「弟や妹は、いまやほとんどが成人している。
子どものころは弟たちとあまり関わりを持たなかったが、成長するにつれて親しくなり、弟たちのことがよくわかるようになった。

…両親はときどきスティーブンの服装の趣味について不満を述べる。
…ぼくは心配する必要はないと思っている。

スティーブンは自分が何者であるかを手探りしている最中で、まわりの世界とどうすればうまくつきあえるかいろいろ試しているところなのだ。

ぼくは自分の経験に照らしあわせてそういったことには時間がかかるものだと思っている。


(ダニエル・2007)

          ◇

(H・1)
「…僕にはみんながまぶし過ぎたのです。
それで逃げるように、養護学校に転校しました。
クラスの友達は急な転校に驚いていました。

みんなが引き止めてくれた時は嬉しかったです。
『共生』ということを考える時、僕はこの小学校時代を思い出します。

(東田・2014)

(H・2)
「自閉症という障害は、どこから来たのだろうと考えることがあります。」

「どうして話せないのか、僕はずっと不思議でした。」

「僕も昔は、自閉症でなければ良かったのではないかと、そう思っていました。
しかし、今は違います。

自閉症と僕を切り離して考えることはできません。

なぜなら、僕が自閉症でなければ、きっと今の僕ではなくなるからです。
自閉症でない僕は、外見は同じでも、物の見方や考え方が全く違う別の人間になってしまいます。

…必要なのは、生きる希望です。
どんなに大変な毎日でも、希望があれば生きられます。

僕はこの世に生まれて、楽しいことや嬉しいことを、たくさん経験させてもらいました。
自閉症という障害を抱えていても、僕のことを好きでいてくれる人たちのおかげで、笑顔で暮らせる環境を有難いと思っています。

たおて、自己表現できなくても、知能が低くても、愛は伝わります。
自分が大切にされているという実感は、生きる希望につながります。

自閉症で本当に良かったと思える人生を歩むことが、これからの僕の目標です。」

(東田・2015)

           ◇


さて、私の記憶が引っ張り出してきた、これらの言葉に、共通しているものは何だろう。

今までの本からは感じなかった何かを、東田さんの新しい本から感じた。
そして、今まで読んだ本や、出会った子どもの言葉が一気に頭の中に流れ込んできた。

わたしは、何を、読んだのだろう?
どんな言葉に、反応しているのだろう?
これらの言葉が、何の記憶と結びついているのだろう?

さてと。
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