ワニなつノート

リハビリの夜(その5)

リハビリの夜(その5)


(154)[トイレとつながる]

私の一人暮らしは、ほとんど何もない部屋の床に
ごろんと横たわった状態で始まった。


親がいたら、
また実家での暮らしと同じになってしまうので、
とりあえず数日間実家に帰ってもらった。


親がマンションのドアを閉めた直後、
ふっと、急に時間が止まった。

音もない。

動きもない。

…物心ついてから初めてかもしれない。

私はこれから数日間、
どうやって暮らそうかと頭の中でぐるぐる考えた。

しかし考えても何が問題になるのかわからなかった。

何しろ私は、自分が何ができて、
何ができないのかさえ正確に知らなかったのだ。


物心ついたときから、
親がまるで私の手足のように動いていたから、

完全に親がいないときの私というものの輪郭を
知らなかったのである。



しばらくして、便意が襲ってきた。





     □     □     □



わたしは思うのです。
この人が、18歳で、
「十数年間のリハビリの成果は目に見えてあらわれず、
トイレに行くことも、
着替えをすることも、
風呂に入ることも、
車いすに乗ることも、
いまだ自力では行えない状態」で、
一人暮らしをしようとする思いとは、
いったいどのような思いなのだろうかと。

「野たれ死んでしまう」かもしれないという、
現実の不安を抱えて、
「完全に親がいないときの私というものの輪郭」
を知らないままに、
一人暮らしをしようとする思いとは、
どのようなおもいなのだろうかと。

このとき、この場面の子どもを、支えるために、
親が18年間のあいだに、
子どもにしてあげられることは、
ほんとうは何だろうと、そう思うのです。


「普通学級に行っても、子どもの自尊感情が育ちませんよ。」
「周りができて、自分だけできないと
自己肯定感が低い大人になりますよ。」
そうした言葉が、どれほど卑劣なたわごとかと、思うのです。


子どもが、自力では何もできないとしても、
「一人暮らしをしよう」「自分の人生を生きよう」と、
そう思える自尊感情を、私たちは手にしてほしいと願います。
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