「0点でも高校へ」は「直感」がカギらしい
12月22日の読売新聞に、ちょっと面白い記事がありました。
【公平さの判断、直感がカギらしい?】
という小さな記事です。
『報酬を分配する際、自分と相手の公平さを、
直感的に判断する特有の脳活動があることを、
玉川大学の研究チームが突き止めた。』
その実験は、『報酬の分配を決めるテスト』で、
要するに、二人で働いたとき、
自分と相手の給料を、どういう割合で分けるか、
取り分が異なる様々な金額を提示して、
どういう分け方が気に入るかを調べたらしい。
その結果、
『扁桃体の活動の強い人ほど、
公平な分配を好む傾向が強かった。』
たとえば二人で働いて10万円の報酬があったとき、
それをどう分けるか?
自分が9万円、相手が1万円と言われ、
それでOKかどうかを聞かれるテストって感じかな。
私なら「OK」って答えそうだが、
そういうズルイ人は、
「扁桃体」がほとんど活動しないらしい(>_<)
本当に公平な人は、9万と1万の場合、
「脳の扁桃体」が活発に動いて、
「それは変だぞ!公平じゃない!」と感じるらしい。
面白いのは、この扁桃体という部位が、
「理性」「知性」を司る部分ではなく、
「情動」に関連する部位だというところです。
『公平さは、理性的に判断すると考えられていたが、
直感がカギになっているらしい。』
そこで、ふと思い出したのが、
障害児の高校進学の話のときに必ずついてくる
「公平・公正」ということばでした。
0点でも高校に行きたいという話を聞いて、
「そうだよね」と思うかどうかは、
理屈ではなく、やはり「直感」の問題なのでした。
これは、すごく腑に落ちる話です。
今までも、障害のある子が高校に行きたいというとき、
一番「抵抗」を示すのが「先生」で、
ごくあたりまえに受けとめてくれるのが「同級生」でした。
ふつうに「がんばってね」というのは、「同級生」でした。
先生は頭で考えるから、「難しい」
「無理」だという言葉ばかりが出てきます。
でも、同級生は「直感」でそれが当たり前のことに
思えるのでしょう。
それこそが「公平」な感性なのでした。
知的障害のある子どもに、
「知的テスト」をして不合格にするというのは、
絶対に「不公平」です。
それなのに、入試の配慮について、
「公平が保てない」と理屈をこねる教育委員会や
高校の先生たちこそが、
実は「公平さ」が足りないのです。
たぶん、「扁桃体」の活動が弱く、
直感力や情動が、弱いのでしょう。
でも同級生たちが、
「0点でも高校に行きたい」という言葉を、
ふつうに受けとめ、「がんばってね」
「高校生になれるといいね」といえるということは、
統合教育は自然に「公平さ」を育てているってことじゃないかな。
しかもそれは、「直感」を育てているのだから、
新しい人たちは、私たちとは違うもっと公平な社会を
作る感性を持っていくのでしょう(^_-)-☆
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