ビビッド能里子トーク・サロン

医学的にも珍しい満十年の認知症介護について。自己分析や気分転換、幸せを感じる心の癖の付け方、メチャ料理など楽しく書きます

小さな死

2022-08-18 10:21:29 | エッセー

 起きてすぐベランダの戸を開けたら、そこにセミが死んでいた。

私が住んでいる梅が丘駅前商店街には、ずっと前から木が一本もない

ので,夜は明け放して寝ても蚊もいない。でも、去年の夏は、ベランダ

にセミが止まってミンミン鳴いてくれて嬉しかった。

 セミは地中に長年いて、成虫になってからは7日間ほどしか生きない

そうだ。短い命のセミが我が家まで飛んできて、息絶えたのだろうと

しばらく見つめた。鳴くのはオスだけで、メスは鳴かないそうだ。

 雨に濡れては可哀想、きれいな包装紙の上に乗せ高いところにそっと

置いた。でも、ごみとして捨てるのはしのびない、近くの遊歩道

の木の下にそっと置いてあげようと思っている。

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私は教養と教育不足

2022-08-17 06:50:48 | エッセー

 高齢者は教養(今日用事がある)と、教育(今日行くところがある)

が必要だと言われています。年齢とコロナと共に、人一倍外出好きな

のに、だんだんそんな機会が少なくなっています。

 そのため、時折大雨でも近くのスーパーへ買い物に行ったり,バスで渋谷

や経堂へ行ったりするのです。同世代の友人達は、コロナが危険とか

体が自由にならないなど、電話しかできません。

 

 一応元気ですが、食事が済むとすぐベッドに入る夫は、それだけ

体力が衰えているのでしょう。満10年間認知症の夫を、我ながら

よく介護しました。9月の半ばに私が大好きな北海道の美瑛、富良野

を巡るツアーに参加しますが,それは10年間の自分にご褒美です。

 昔旭川に講演に行き、その途中で通った美瑛の広大な美しさ

に感動し、大好きになり何度行ったか分からない程です。

 そこで巡り合った私の著書の愛読者のT子さんと親しくなり、お化けが

怖くて淋しくて一人で宿泊できない私に、何時も付き合ってくれました。

 またその地を案内してくれるために、美瑛に住む定年退職をした男性

を二人紹介して頂きました。その方々の運転で春夏秋冬、地元の人しか

知らない素敵な場所に案内して頂きました。また、ヘリコプターに

乗って、上空からの広大な景色を楽しんだりもしました。

私があまり度々行くので、高校を定年退職した男性は、私のために売家

があるから買おうかと、Tさんに相談されたそうで、驚いてお断りした

ほどです。私は人がいない家など淋しくて、怖くて絶対泊まれず、いつも

ホテルばかりで、必ずT子さんが付き合ってくれました。

T子さんのご家族に紹介されるため、一度だけお宅に泊めて頂いたこと

もありましたが。教養と教育がない私、今から大好きな美瑛や富良野

へ行くのを、すごーく楽しみにしています。でも夫を置いての旅行は

いろいろな難関があり、そのために今作戦を練っていますが・・・

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夫は90歳 長生きしている健康管理法 (3)

2022-08-16 05:52:34 | エッセー

 高血圧と診断されてから、できるだけ塩分の少ない料理と心掛け、味の

濃い出来合いのものは一切食べさせずに、すべて手づくりの家庭料理に

しました。確かその頃に同志社大学の「西岡一教授」とお知り合いに

なり、まだあまり知られていない食品添加物の害について詳しくご教示

頂きました。そのため、私は全然食品添加物の入らない「家庭での料理

の重要性」に、改めて気づきました。

 それ以来、出来合いのお総菜やお弁当などは食べず、自営業でいつも

家にいる夫はお付き合い以外の外食は、おそらく只の一度もしたことは

ありません。その頃私は海外へ研修や旅行に時折行きましたが、人を

雇って夫の健康状態を理解してもらい、留守中の大体の献立をつくり

ヘルシーな食事を毎日食べさせました。無論子供達にも、インスタント

食品などは一切食べさせませんでした。夫はその間も原因不明の

「本態性高血圧症」を治療していましたが、その他は至って健康で

毎日元気に働いてくれました。また私は自分なりに工夫し、必要だと

思えるサプリメント類はいつも飲んでいました。

 それほど注意していたが、夫は60代の前半から、習慣の早朝のジョ

ギングが息苦しくなりできなくなりました。そのため、大学病院で色々

精密検査をしましたが、その原因は分からなかったのです。

 夫が70歳になったばかりの頃、私の誕生日か結婚記念日か忘れましたが

2人で新宿に出かけかなり飲みました。次の日の早朝夫の状態に異常を

感じ、私はすぐに救急車をお願いし、大学病院へ搬送され入院しました。

 その時点ではまだ「原因不明の本態性高血圧」の病名のままで退院

しましたが、薬が増えて私は大変不安になりました。

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終戦記念日の真夜中に

2022-08-15 03:18:23 | エッセー

 また夜中に目覚めて眠れない。何故心がこう騒ぐのだろう?

今日は終戦記念日だが、戦争のために沢山の命が失われたが、そのお陰で

今の私達は平和で恵まれた生活ができるのだと、感謝の気持ちは一日も

忘れた事は絶対にない。

 中学生と小学生で終戦を迎えた私達、その辛かった思い出は数限りなく

ある。認知症の治療法として「回想法」があるが、それは楽しかった昔

を思い出してながらいろいろな話しをする方法だ。

 でも、戦争は私達には楽しい思い出などほとんどなく、戦災で家が

焼かれたり、疎開したり、いつもお腹が空いていた、真夜中に空襲警報

で防空壕へ入ったなど、ほとんど恐ろしく、辛いことばかりだ。

 でも、戦後の目覚ましい復興によって、同世代に青春時代を迎えた

からこそ感じた、楽しい思い出も沢山あった。

 さんざん話した後、「それに比べたら、今は幸せだね」で締めくくる。

そんな意味では、治療法の「回想法」を自然にしているので、介護者と

しては恵まれていると思う。長い結婚生活では、大らかで明るい夫は

繊細で過去の失敗をいつも悔いていた、私の性格を変えてくれた。

 そして今・・・穏やかで幸せな高齢期なのに、何故心がこう騒ぐの

だろう?記憶力が衰えたための努力は、毎日結構大変だ。

 明らかに身体能力は衰えて、動作が緩慢で疲れやすくなり、時折物

凄くもどかしくなる。「もう歳だから、ゆっくり、のんびり」と

セーブするが、時折インナーヴォイスが、ある言葉で私を駆り立てる。

老化に逆うように・・・そのため、また眠れない。

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今年初めてのセミの声を聞いて

2022-08-13 08:40:00 | エッセー

 大雨の中どうしても外へ出たくて、近くのスーパーへ買い物に行った。

途中の樹木が沢山あるお宅からで、セミが鳴いていたが、今年初めて

聞いたセミの声だった。我が家がある梅が丘駅前通りには、木がまった

くなくなってから何年経つだろう。駅の手前にはとても大きな銀杏が

あった、それが突然切られて、私は涙が出たのは忘れられない。

 セミの声はとても懐かしいような、嬉しいような気がして、雨の中

少し立ち止まって聞いた。

今朝5時 家の前で撮った梅丘駅前商店街

 8月も半ばなのに、それまで唯の一度もセミの声を聞かないなんて・・・

あまりの暑さで羽根木公園へも行かなかったが、そう言えば、箱根

湯元でも聞かなかったと思い出した。セミの幼虫は7年間地面の中にいて

成虫になって地上に出てからわずか7日間の命だそうだ。

 また鳴くのはオスだけで、メスは鳴かないそうで、何だか可哀そうな

気がした。地上に出てから僅か7日間とは、何と儚い命なのだろう。

それに比べたら、人間の命の長さはだんだん伸びていく、喜んでばかり

いられない現実に直面している今。これからどうなるのだろう?            

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