重低音のBlue Canary

♪ 思いつくままを、つたない文と photo で …

弱虫。

2006-12-06 | つれずれ
今日、仕事で調べ事をしていて、ある地方都市の名を目にし、
十数年ぶりに、胸がまた痛みました。
遠くにあって普段は見聞きすることのないその都市の名に触れるたびに、
いつも襲われる痛みです。

福岡県○○市。
それは、
私が青春時代の6年間余、文通していた「ペンフレンド」が住んでいた町です。


「文通」「ペンフレンド」――どちらの言葉も、今はもう死語になってしまいましたよね。

でも、ネットや携帯電話・メールなど手軽で便利なコミュニケーション・ツールがなく、
だから異性(異性でなくても、ですが)の友達を、自分の生活圏の外に作ることがほとんど不可能だった数十年前の私の高校時代、
地域を離れた同世代と知り合うほとんど唯一の機会と言えたのが、
雑誌やクラスメートなどからの紹介で見ず知らずの人と手紙をやり取りする「文通」であり「ペンフレンド」だったのです。


私も、クラスメートに誘われ、遠く離れた福岡県○○市に住む同い年のC子さんと文通を始めました。
多い時には週1回、
学校のテスト期間が始まれば2カ月に1回に減ってしまうようなペースで、
他愛のない身の回りの話題を書き送ったり、返信したりしていました。

その程度のやり取りとはいえ結局、高2から、1年間の浪人生活を挟んで大学4年までの6年間という長い期間を、自然消滅もせずに文通し続けていられたのは、
彼女がとても素直で、素朴で、慎ましやかで、賢くて、性格の良い人だったからです。


そして、大学4年の夏休み前――。
彼女から東京の下宿に、1カ月ぶりぐらいに手紙が届きました。

内容の大半はいつものような近況報告でしたが、末尾の数行に、さり気なさそうにこう書かれていました。
「今、親戚からお見合いを勧められています。自分はまだ結婚したいという気はありませんが、どうしたものでしょうかね」


ドキンとしました。

「結婚」。
2人の関係がこのまま進めば、いずれそれが話題になって来るかも知れない……そんな思いが全く無かったと言ったら、嘘になります。
会ったことはなくても文通を通じて知った人柄の良さから、C子さんは、誰にとっても完璧に「理想のお嫁さん」になれる人だと、思ってもいました。

その彼女に、見合い話――。
たしかに、当時の地方都市では、そんな話が数件舞い込んでもおかしくない年齢に、いつの間にかなっていました。


正直言って、焦りました。
けれども、
私はまだ、あと半年で卒業とはいえ、就職先も確定していない大学生。
だから、どう答えてよいか言葉が見つからず、
結局、
そのことには触れないまま、返事を書いた記憶があります。


それから数カ月後でした、東京の下宿先に突然、彼女から電話が掛かってきたのは。
「来週、職場の旅行で上京するから、会えないか」と。


会いました。
文通を始めて間もない頃に互いの写真を交換してはいましたが、初めて会う彼女は、思ったより大人びて見えました。

そりゃあそうでしょうね、
同い年でも、私はまだ親のスネをかじる大学生なのに、
彼女は高校を卒業後、市の関連施設に勤めてすでに4年以上経つ「社会人」だったんですから。


自分だけ個別行動をとってよいと上司の特別許可を得たから、夕方6時の集合時刻までは一緒に居られるというので、都内の数カ所を回りました。

新宿・歌舞伎町のゲームセンターで遊び、
伊勢丹で買い物をし、
新宿御苑で休憩し、
「どうしても見たい」という願いを聞き入れて東中野の私の下宿に招いて、ギターを弾いて聴かせ、
4時過ぎには銀座のライブハウスに連れて行きました。

ところが……。

そのライブハウスに着いた頃から、2人に会話がなくなりました。

「何か話さなければ…」と焦り始めながら、
しかし口が、麻酔に掛かったかのように、開かないのです。
言葉が、出てこないのです。


結局、
ライブハウスを出、東京駅の集合場所のホームに上がるまで、ほぼ1時間、2人は互いにひと言も、言葉を交わしませんでした。

そして最後に、「じゃあ、また…」と投げかけた意味のない言葉に、彼女はコクンと頷き、背を向けて歩き出しました。

しかし、歩き出して数歩――。
足を止め、こちらを振り返った彼女を見て、驚きました。

両の目に、涙をいっぱい溜めていました。
その涙が、ひと筋、ふた筋と頬を伝ってこぼれ落ちるのを拭いもせず、
私を直視しながら投げつけた彼女のひと言が、グサリと胸に突き刺さったまま、数十年経った今もまだ、抜けていないんです。

彼女は、こう言ったんです。
「よわむし!」


そう言い放つと彼女は、くるりと背を向け、二度と振り返らないまま、同僚が待つ集合場所へ小走りに去って行きました。


弱虫――。

彼女が、どんな「思い」を胸の内に秘めて会いに来たのかを、
彼女が「弱虫」という言葉にどんな意味を込めて私をなじったのかを、
正確に分かっていると言い切る自信は、今でもありません。

でも、全く分かっていないわけでも、たぶんないんでしょうね、本当は自分でも。


それから数週間後でした、彼女から短い手紙が届いたのは。
「お見合いしました。相手は少し年が離れていますが、とても真面目そうな、いい人です。結婚しようと思います。いままで、本当にありがとう」


人生の「…たら」「…れば」を、
この年になって振り返るのはあまり意味がないと思っています。

でも、
「福岡県○○市」の名を見聞きするたびに、
突き刺さったままいまだに抜けない、彼女が放った「矢」が、
胸の奥深くでキリキリと痛み始め、
あまり飲めない酒を、無理しても、飲みたくなるのです。

恥ずかしながら、
今夜は、
久しぶりの、
そんな夜です。



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