乱鳥の書きなぐり

遅寝短眠、起床遊喰、趣味没頭、興味津々、一進二退、千鳥前進、見聞散歩、読書妄想、美術芝居、満員御礼、感謝合掌、誤字御免、

旅を振り返って

2007-02-03 | 中国 2006~2019(7回)台湾、ベトナム、

 

       旅を振り返って

 

 

 12月後半に行った中国の旅の記録完成が、今になってしまいました。

 思えば色々な思い出があるのですが失敗も多くありました。

 

 中国のトイレはドアが無かったところが多いことは覚悟していたのですが、ホテルやレストランの水洗トイレでさえ安心はできません。

 お聞き苦しい内容で申し訳ないのですが・・・トイレットペーパーが度々 つまるのです。

 ある大学で第二外国語でチャイ語を選択すると、一年目に次のようなフレーズを学びます。

『我 房間 的 厠所 坏 了』(白水社)

 これは(ホテルの)部屋のトイレが壊れた時、フロントに修理を頼むといった設定です。

 子どもは『何故こんな言葉が出てくるのだろう』と不思議に思っていたそうですが、今回の旅を通して納得したそうです。

 部屋のトイレを詰まらせた時に、子どもがフロントに電話をしてくれました。。

 このときばかりは、子どもが頼りがいのある大人に感じました。

 

 

 写真は中国でであった素敵な人々の中のご夫婦です。

 確か賀州~桂林間の行き返りで知り合ったお菓子、ジュース屋さんのおじさんとおばさんです。

 ここはトイレ休憩で立ち寄った場所なのですが、気のよいおじさんは道標を教えてくれました。

 石でできた立派な道標には次のように記されていました。

 

 『   广東

      3

    国条院

   二九万七(年?) 』

 

 

 この叔父さんの店には中国のお菓子が置かれていました。

    緑豆あんの入った月餅のような菓子

    木の実の入ったカステラ

    ピーナツをつないで揚げた油の多い菓子

    ピーナツを飴で固めた、平たいイ○ンのキャンディのような菓子

 これらの菓子は全て2個で1元。

 

 ピーナツをつないで揚げた油の多い菓子以外はとても美味しく、帰り道にも少し購入。

 帰りのときはおばさんはおられなかったのですが、しっかりと覚えてくれていました。

 おじさんと私は手に手をとって、別れを惜しみました。

 懐かしい思い出の一つです。

 

 

 【旅の日程記録】

 

 1日目  日本→佛山

 2日目  佛山~賀州

 3日目  賀州~桂林

 4日目  桂林

 5日目  桂林~賀州

 6日目  賀州~広州

 7日目  広州→帰国

 

 

 【旅のブログ記録】

 

 中国雑感  25記録

http://blog.goo.ne.jp/usuaomidori/c/e239da8bcef19e7050c5ef7421196251

 色いろいろ 4記録

http://blog.goo.ne.jp/usuaomidori/c/ad6c4534772b92ab5a6d9f1867d482c3

 美術・芸術 20記録

http://blog.goo.ne.jp/usuaomidori/c/81e5e628d4cfe68bd41890f302b1be5f

 舞台記録  1記録

http://blog.goo.ne.jp/usuaomidori/c/d8b76d52883cb34731c5e13c1e9c77bd

 舞台雑感  2記録

http://blog.goo.ne.jp/usuaomidori/c/e64846e9fb551529f4f81a24dfa4bcce

 ポスター   1記録

http://blog.goo.ne.jp/usuaomidori/c/da2891527ad95aaaa2a82f4028f293f8

 穏やかな鳥 1記録

http://blog.goo.ne.jp/usuaomidori/c/04dba482471db5f72643f6d76ed5e13f

 中国写真  56記録 (記録文ほとんど無し)

http://blog.goo.ne.jp/usuaomidori/c/3c0956e3a83dc47734f12f2235f554ed

 

 ご訪問いただいた多くの皆様に感謝申し上げます。

 ありがとうございました。

 暫くは中国の記録は離れますが、また別の記録を書こうと思っています。

 次回は雲南省に行く予定です。

 またその折はよろしくお願いいたします。

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

広州の『中華一番』

2007-02-03 | 中国 2006~2019(7回)台湾、ベトナム、

 

               広州の『中華一番』

 

 

 最終日の昼食は、広州の大型みやげ物店と同じビルの中にある広州中央海航酒店。

 飲茶料理とあってシュウマイや饅頭、ごま団子やスープや野菜やいためた米粉麺などが出てきた。

 シュウマイも何種類かあったが、黄色い卵の皮のようなもので包んだ広東シュウマイは美味かった。

 味は濃くて、たれやからしはいらない。

 中は豚肉の食感の残されたミンチとつなぎで、満足感は深い。

 

 

 饅頭のあんはひき肉、野菜と干し果物の擂ったもの(杏だろうか・・・いやもう少し黒い)が混じった少し甘めのもの。

 なんだか複雑な味だがこの味は賀州や桂林でも何度かでてきた。

 賀州の朝の散歩中に買った、屋台の飲茶の中にもあったものだ。

 

 

 この店でも黄色いテリーヌ型の食べ物が出てきた。

 色といい、形といい、見事に美味そうなその食べ物は、さぞかしダシが効いていて美味かろうとタカをくくっていた。ところが・・・

 その黄色いテリーヌ型の食べ物は、微妙に甘かった。

 

 サフランのような色で透明色。モチモチした中途半端な甘さの食べ物の中には、やわらかくした木の実が入っていて、不思議な食べ物。

 私は初めこの名前も知らない食べ物は木の実ではなかったが、せっかく中国に来たのだからと、でてくるたびに一枚づつ食べていた。

 回を重ねるごとに、その黄色の透明色は私の心に侵略してくる。

 もう一度食べてみたい。あわよくば、名前も知りたい・・・

 

 

 さて、一通りの食事も終わって、私と子どもは最後の中国を楽しむべくそそくさと席を立った。

 トイレの右横前には中が見えるガラス張りの厨房がある。

 私たちは急いだ。

 

 観光客はここには立ち止まってはいなかった。

 私たちが中をのぞくとちょうど強力粉を練っている途中。

 生地は高く放り投げ手はキャッチの動作を何度か繰り返していた。

 二人が手をたたいて喜んでいると、コックはにこやかに笑みを浮かべ、高さは増していった。

 

 コックは生地を二つに分けた。

 そのうちに二一つはピザのように広げたかと思うと左右にくるくると伸ばし、折りたたんでは伸ばし折りたたんでは伸ばし始めた。

 私たちが喜んでいると、一層くるくるはアップテンポ。

「すごい!中華一番(漫画)だ・・・」

 私は子どもとともに、目を輝かしていた。

 

 くるくるを終えると、麺はにゅう麺を少し太くしたような太さの面になった。

 その麺を違うコックが、じょうじ煮えたぎっている大きな鍋でゆで始めた。

 

 麺はすぐに火が通り、椀に入れられた。

 ダシがはられ、上にはチャーシューとゆでた中国野菜(アブラナ科)を載せて出来上がりといったシンプルなものだった。

 ダシの香りが漂ううらやましい一品だった。

 

 さてもう一方の生地はいくつか二切られて、棒を使ってあっという間に餃子の皮のように成形されていく。

 厨房の中央から鉢を出して、スプーンでつめ、上の摘むんだシュウマイ型に整えられた。

 シューマイは蒸さずに鍋の中に放り込まれ、すぐに掬われて皿に盛られた。

 

 このベテラン芸のように調理された男性は、二十代の男性。 

 若いのに、恐ろしいほどの実力の持ち主だったが、中国では当たり前なのだろうか・・・

 

 

 料理は次から次に作られた。

 実力の主が次に調理したのは、刀削麺。

 

 少し硬そうな生地の塊を片手に持ち、包丁で次々と削っていく。

 削った面は八十センチほども離れた煮えたぎった湯の中に、きれいなカーブを描いて入っていった。

 私は、『好(ハォ↑)!中華一番!』と心で大向こうをはっていた。

 

 見事な刀削麺の技を見た。

 コックとその仲間は私たちに向かって、にっこりと笑ってくれた。

 

 

乱鳥の見た、雲南省の中華一番 ↓

 http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/25/f1/92e2641341c7c4ef3d1b24ef126f3057.jpg

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

広州の大型みやげ物店

2007-02-03 | 中国 2006~2019(7回)台湾、ベトナム、

 

      広州の大型みやげ物店

 

 陳氏書院を訪れた後、広州中央海航酒店一楼商場による。

 この店は綿に強いらしく、入り口を入ってすぐ左に 綿をつるした空間があり、その真下で綿を四方に伸ばして 布団の綿を重ねていく。

 その手さばきは見事なものだが、工場はまた別のところに設けられているのだろう・・・

 あくまでも観光客ようのセールス及びサービスといったところか・・・

 

 この入り口の反対側には 興味深い色彩の中国の衣装が、ガラスケースの中に展示されている。

 衣装の間には綿と書かれた袋が一つづつ、等間隔に並べられている。

 まるで京劇の衣装のような色彩と模様のもの、ドレス、上下に分かれたもの、高貴な感じのするものまで置かれていた。

 

 二、三室目は布やスカーフ。

 中語の色彩は日本の好みや伝統とは違って、それはそれでまた楽しめる。

 赤やピンクや水色・・・刺繍やレースを施したものも多い。

 

 次の部屋二室くらいはブラウスやパジャマなどが多い。

 中国のネグリジェ(或いはパジャマ)は、すとんとしていて、水墨画に出てくる中国の洋服?のようにも見える。

 私が立ち止まると、店員はすかさず、

「シルクね。これシルクね・・・」

と連発する。

 

 岩波新書では中国の綿工業は下火と記されていた本もあったが、この店を見ていると、かっての日本の丹○縮緬のように、中国ではシルクは付加価値があるのではないかと思ってしまう。

 思いっきり中国らしい色彩と柄のスカーフでも買おうかとも思ったが、暫く壁に掛けて 後は押入れといったコースが目に見えてるので、思いとどまった。

 

 次の二部屋は色々なものが売られていた。

 食品、茶、器、掛け軸、扇子他・・・・・・

 過っては最後の二部屋も綿製品のみやげ物でいっぱいだったのだろうか・・・

 それともこういった雑多な経営だったのだろうか・・・

 いずれにしても輸出に力をおいているのかも。この店はアンテナショップ的な要素も含んでいるのかもしれないなと勝手に、余計な考えをめぐらせていた・・・大きなお世話というものだ。

 

 

 

 最後に・・・

 この店で気に行ったコーナーがあった。

 職人(或いは画家というべきか・・・)が手の平の小指の付け根だけで水墨画を描いている。

 これには参った。

 筆を使ってもなかなか思うように行かないのに、手の平を使いこなすとは・・・

 机の上には住みの他に水と布切れが重要な位置に置かれていた。

 これらを使って、ぼかしは見事な形となって表されるのだな・・・

 帰国後、是非この手法を試みようと思いつつ、ついつい今日まで忘れていた。

 思い出してしまったか・・・また忙しくなるな・・・

 

 中国ではきような描き方をされる芸術を他にも観た。

 ビンや水晶の球の中に絵を描く。

 水墨画や淡彩画、時には泥絵の具のような色彩の絵をも描かれた商品も陳列されていた・・・

 これも見事な職人芸であった。

 筆は面相筆くらいの太さで短い。

 筆の先で曲がっているので、ビンの中から絵を描くのに都合のよい作りだった。

 この職人(或いは画家)は気のよい人で、私がとても興味を持っているのに気づいて、筆を貸してくださった。

 手に描くと、筆は縛られた感じで、先はきわめて固い。

 つかの間とはいえ、先の曲がった筆を始めて手にした喜びはひとしおだった。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

陳氏書院  広州

2007-02-03 | 美術・文様・展示物

 


        陳氏書院


 


 


 いよいよ最終日の7日目。


 この日は午前中に陳氏書院 を訪れた。


 


 陳氏書院とは陳性の方々が資金繰りをして建てたという邸宅。


 皆で金を出し合ったこの大邸宅は、豪華絢爛。


 屋根には物語を考えたくなるような彫刻が施され、造形、色彩ともぬあでやかで美しい。


 物語なのか、陳の集う歴史なのかは定かではないが、派手な色彩なのにどこかしっくりと感じるには、何故だろうか・・・本当に贅をつくしたつくりだからか、それとも他に理由があるのだろうか・・・


 


 


 この屋根や館を見ると、陳という氏族が豪家の筋であったことを物語る。


 このような館で陳性の人々が集い、語らい、学び、飲み明かしたにかと思うと、若干うらやましくも感じる。


 そして時として孤独になりたい時には中庭のこもれびに光の下で、書物を愛したのかと思うと、嫉妬心さえ駆り立てられる・・・


 この歴史流がるるロマンのなかで、人々は学問に勤しんだのであろうか・・・


 


 


 室内は美しく残されていた。


 外の庭に比べ、シックで落ち着いた雰囲気。


 廊下からの適当な光の差込は、勉学に都合がよかろう。


 


 


 大きな硯や複雑すぎる象牙の彫刻など例を上げればきりが無いくらいに見事な学用(研究)品や調度品が置かれている。


 この大きな人の背丈ほどもある見事な硯で、陳氏はどのような詩を表したのであろうか・・・


 詩・・・か・・・或いは書道。水墨画といったものかもしれない・・・


 時の流れになじんだ艶のよい柱は、静かに陳をみまもっていたのだろう・・・


 


 この静かで穏やかな時の流れをまむるべく、口に玉の入った阿吽(狛犬)や 門の仁王のような大きな二体(一対というべきか)の絵や 屋根の上の色々な生き物たちは、上からじっと睨んで陳たちをも守っていたに違いない。


 


 階段では狛犬と蛙の組み合わせを見た。


 狛犬は守り、縁起物としての蛙は栄光を願い、日々学問する彼らを下からも守っていたのだろう・・・


 そのような妄想に囚われた私は、この陳氏書院が豪華で派手ではあるが、何となくしっくりとなじめるのであった。


 


 


 今は十元で観光客に開放されている陳氏書院。


 中庭で子どもが中国じゃんけんをしていた。


 今も違った形ではあるが、人々の集う陳氏書院の館が好きだ。


 


 

コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする