村上春樹さんの短編集「女のいない男たち」文藝春秋 (2014/4/18)。
1回読み終わり、再度2巡目を読み終え、ブログを書きかけ、再度3度目を読んだ。この不思議な吸引力はすごい。
春樹さんの人物描写には驚く。言葉の選び方や当て方もすべてがフィットしている。倫理を越えた文章表現に時に背筋が凍るくらいだけれど、自分の中の深い場所があたたかくなったりふくらんだり、動いたりしているのもよくわかる。
同時代に春樹さんの作品を読めることを、ほんと誇りに思うな。
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村上春樹『ドライブ・マイ・カー』
「まるで筋金入りの菜食主義者がレタスは食べられるかと質問されたときのように」
============================
「様々な漢字を書いていると、自分の心の仕組みが透けて見えてくるような気がした。」
============================
「僕らはそんな細かいピンポイントのレベルで行動しているわけじゃないから。
人と人とが関わり合うというのは、とくに男と女が関わり合うというのは、なんていうか、もっと全体的な問題なんだ。
もっと曖昧で、もっと身勝手で、もっと切ないことなんだ。」
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「その演技の意味がしかるべき形をとらないうちは、流れを止めることはできないんだ。
音楽が、ある決まった和音に到達しないことには、正しい結末を迎えられないのと同じように・・。」
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「高槻は真剣な顔つきでそれに耳を傾けた。まるで他人の記憶の蒐集管理をしている人のように。」
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「もしそれが盲点だとしたら、僕らはみんな同じような盲点を抱えて生きているんです。」
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「お互いの瞳の中に、遠く離れた恒星のような輝きを認め合った。」
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「まるで行き場のない魂が天井の隅っこにずっと張り付いて、こちらを見守っているみたいに。」
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「いったん自己を離れ、また自己に戻る。しかし戻ったところは正確には前と同じ場所ではない。」
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→比喩表現がとにかく素晴らしい。
目の前で映像を見ているかのように、脳の中に映像が立ち上がり、その脳内部のメタファー映像を見つつ、読書を進めることができる。
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村上春樹『イエスタデイ』
「元気の良いラブラドール・リトリーバーに踏みつけられた砂の城のように、あっけなく崩壊してしまう。」
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「顔立ちの良さよりはむしろ、全身に溢れている率直な生命力のようなものに注意をひかれる。」
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「栗谷えりかは目を細め、遠近法を間違えた風景画を見るみたいに、木樽の顔をじっと見ていた。」
============================
「エジプトの古墳の出土品を精査する博物館の学芸員みたいに」
============================
「樹木がたくましく大きくなるには、厳しい冬をくぐり抜けることが必要なみたいに。
いつも温かく穏やかな気候だと、年輪だってできないでしょう。」
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「何を探しているのか自分でもよくわからない場合には、探し物はとてもむずかしい作業になるから」
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「夢というのは必要に応じて貸し借りできるものなんだよ、きっと」
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「まるで氷でできた月を夜空に探すみたいに」
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「明日僕らがどんな夢を見るのか、そんなことは誰にもわからないのだから。」
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→夢というものがそもそも不思議なものだ。それは意識と無意識のバランス。
僕らは意識世界を掘り起し科学という体系を作ってきたが、まだ無意識という巨大な宇宙を何一つ知らない。
そこにこそ、人間の謎や神秘がふんだんにちりばめられている。
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村上春樹『独立機関』
「内的な屈折や屈託があまりに乏しいせいで、そのぶん驚くほど技巧的な人生を歩まずにはいられない種類の人々がいる。」
============================
「そして彼らが何かの拍子に、どこかから差し込んできた特別な陽光に照らされ、自らの営みの人工性に、あるいは非自然性にはっと思い当たるとき、事態は時として悲痛な、また時として喜劇的な局面を迎えることになる。」
============================
「なぜなら彼女は私にとって特別な存在だからです。総合的な存在とでも言えばいいのでしょうか。
彼女の持っているすべての資質が、ひとつの中心に向かってぎゅっと繋がっているんです。
そのひとつひとつを抜き出して、これは誰より劣っているとか、勝っているとか、計測したり分析したりすることはできません。
そしてその中心にあるものが私を強く惹きつけるのです。
強力な磁石のように。それは理屈を超えたものです。」
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「今の生活からある日突然引きずりおろされ、すべての特権を剥奪され、ただの番号だけの存在に成り下がってしまったら、私はいったいなにものになるのだろう?」
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「魂はもう失われてしまっている。それが戻ってくる見込みもない。
なのに身体器官だけはあきらめられずに独立して動いている。そういう感じでした。」
============================
「僕らが死んだ人に対してできることといえば、少しでも長くその人のことを記憶しておくくらいです。
でもそれは口で言うほど簡単ではありません。誰にでもお願いできることではありません。」
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「しかし僕らの人生を高みに押し上げ、谷底につき落とし、心を戸惑わせ、美しい幻を見せ、時には死にまで追い込んでいくそのような器官の介入がなければ、僕らの人生はきっとずいぶんそっけないものになることだろう。
あるいは単なる技巧の羅列に終わってしまうだろう。」
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→この短編は人間の「魂」というものと、人生の中でどうかかわっていくか。
そういう物語だと思った。 ひとりの人生から、僕らは学ばないことも選択できるし、学ぶことも選択できるのだ。
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村上春樹『シェエラザード』
「おれは一人で孤島にいるわけではない、と羽原は思った。そうではなく、おれ自身が孤島なのだ。」
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「「私の前世はやつめうなぎだったの」とあるときシェエラザードはベッドの中で行った。
とてもあっさりと、「北極点はずっと北の方にある」と告げるみたいにこともなげに」
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「やつめうなぎは、とてもやつめうなぎ的なことを考えるのよ。やつめうなぎ的な主題を、やつめうなぎ的な文脈で。
でもそれを私たちの言葉に置き換えることはできない。それは水中にあるもののための考えだから。
赤ん坊として胎内にいたときと同じよ。
そこに考えがあることは分かるんだけど、その考えをこの地上の言葉で表すことはできない。そうでしょ?」
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「彼女の頭は彼女の心を説得することができなかった。」
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「この女は実際に時間を遡り、一七歳の自分自身に戻ってしまったのだ。前世に移動するのと同じように。
シェエラザードはそういうことができる。その優れた話術の力を自分自身に及ぼすことができるのだ。
優秀な催眠術師が鏡を用いて自らに催眠術をかけれるのと同じように」
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「彼の汗の匂いは、消えることのない重要な記憶のように、いつまでもそこに染み付いていた。」
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「それは病気のようなものではなく、きっと本物の病気だったのね。
その病気は私の頭をしばらくのあいだ、高熱で錯乱させていた。
誰もが人生の中で、一度はそういう出鱈目な時期を通過するのかもしれない。」
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→この短編も、少女の「魂」の問題だった。魂の自発的な発熱を、若い時期はたいてい制御できないが、その制御できないものをどう向き合い立ち向かってきたか、というのは、人生の中でたえざる残響音として響き続ける。
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村上春樹『木野』
「彼女の目は奥行きを欠き、瞳だけが妙に膨らんでいた。後戻りの余地を持たない、決意に満ちた煌めきがそこにあった。」
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「それは木野の住む世界から何光年も離れたところにある、不毛な惑星の荒らぶれた光景だった。」
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「いろんな出来事が順番通り思い出せない。ばらばらになってしまった索引カードのように」
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「そう、蛇というのはもともと両義的な生き物なのよ。
そして中でもいちばん大きくて賢い蛇は、自分が殺されることのないよう、心臓を別のところに隠しておくの。
だからもしその蛇を殺そうと思ったら、留守の時に隠れ家に行って、脈打つ心臓を見つけ出し、それを二つに切り裂かなくちゃならないの。もちろん簡単なことじゃないけど」
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「そう、両義的であるというのは結局のところ、両極の中間に空洞を抱え込むことなのだ。」
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「おれは傷つくべきときに十分に傷つかなかったんだ、と木野は認めた。
本物の痛みを感じるべき時に、おれは肝心の感覚を押し殺してしまった。
痛切なものを引き受けたくなかったから、真実と正面から向かい合うことを回避し、その結果こうして中身のない虚ろな心を抱き続けることになった。
蛇たちはその場所を手に入れ、冷ややかに脈打つそれらの心臓をそこに隠そうとしている。」
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「おれは忘れることだけではなく、赦すことを覚えなくてはならない」
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「こんこん、こんこん、そしてまたこんこん。目を背けず、私をまっすぐ見なさい、だれかが耳元でそう囁いた。
これがおまえの心の姿なのだから。」
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→喜怒哀楽というのは、必要な時に必要な分だけ訪れる。それは自然という人体の生理現象だ。発熱や発汗や排せつと同じように。
そんな感情が経過していくのを、途中で一時停止ボタンを押して先送りしていると、いづれその感情(それは過去の自分と出会う事だ)は里帰りする。最初は門前払いしても、いづれは家の中に招き入れる瞬間がやってくる。
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村上春樹『女のいない男たち』
「誰かが凶暴な金具を使って世界を壊そうとしているみたいに聞こえる。」
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「僕を知と無知の中間地点に据えること、それがどうやら彼の意図するところであるらしかった。」
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「僕の声にも死者の気配は含まれていたからだ。できたての死者がもたらす動揺は、強力な感染性を持っている。
それは細かい震えとなって電話線を伝わり、言葉の響きを変形させ、世界をその振動に同期させていく。」
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「彼女はいろんな場所に含まれ、いろんな時間に含まれ、いろんな人に含まれている。」
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「彼女の核心は常に蜃気楼のように逃げ去っていく。そして地平線は無限だ。水平線もまた。」
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「僕はたぶん事実ではない本質を書こうとしているのだろう。
でも事実ではない本質を書くのは、月の裏側で誰かと待ち合わせするようなものだ。」
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「彼女の死と共に、僕は一四歳のときの僕自身を永遠に失ってしまったような気がする。
野球チームの背番号の永久欠番みたいに、僕の人生からは一四歳という部分が根こそぎ持ち去られている。」
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「世界で二番目の孤独と、世界でいちばんの孤独との間には深い溝がある。」
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「女のいない男たちにとって、世界は広大で痛切な混合であり、そっくりそのまま月の裏側なのだ。」
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→
春樹さんの作品は、誰もが若い時期に経験した傷を、鮮やかな筆致で表現する。
無意識という暗い世界から意識の世界に光をあてる。
光を受けたものは何らかしらの変容を促され、何かプロセスが動き出す。
春樹さんの作品は、そういう何とも表現しがたい世界に満ち満ちている。
春樹さんが書き、読者が読む、という共同的な行為を通して、それは誰かの自己治癒を促す場を作り上げているのかもしれない。
そういう祈りに似た治癒的な効果を、小説世界からは感じる。
1回読み終わり、再度2巡目を読み終え、ブログを書きかけ、再度3度目を読んだ。この不思議な吸引力はすごい。
春樹さんの人物描写には驚く。言葉の選び方や当て方もすべてがフィットしている。倫理を越えた文章表現に時に背筋が凍るくらいだけれど、自分の中の深い場所があたたかくなったりふくらんだり、動いたりしているのもよくわかる。
同時代に春樹さんの作品を読めることを、ほんと誇りに思うな。
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村上春樹『ドライブ・マイ・カー』
「まるで筋金入りの菜食主義者がレタスは食べられるかと質問されたときのように」
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「様々な漢字を書いていると、自分の心の仕組みが透けて見えてくるような気がした。」
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「僕らはそんな細かいピンポイントのレベルで行動しているわけじゃないから。
人と人とが関わり合うというのは、とくに男と女が関わり合うというのは、なんていうか、もっと全体的な問題なんだ。
もっと曖昧で、もっと身勝手で、もっと切ないことなんだ。」
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「その演技の意味がしかるべき形をとらないうちは、流れを止めることはできないんだ。
音楽が、ある決まった和音に到達しないことには、正しい結末を迎えられないのと同じように・・。」
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「高槻は真剣な顔つきでそれに耳を傾けた。まるで他人の記憶の蒐集管理をしている人のように。」
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「もしそれが盲点だとしたら、僕らはみんな同じような盲点を抱えて生きているんです。」
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「お互いの瞳の中に、遠く離れた恒星のような輝きを認め合った。」
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「まるで行き場のない魂が天井の隅っこにずっと張り付いて、こちらを見守っているみたいに。」
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「いったん自己を離れ、また自己に戻る。しかし戻ったところは正確には前と同じ場所ではない。」
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→比喩表現がとにかく素晴らしい。
目の前で映像を見ているかのように、脳の中に映像が立ち上がり、その脳内部のメタファー映像を見つつ、読書を進めることができる。
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村上春樹『イエスタデイ』
「元気の良いラブラドール・リトリーバーに踏みつけられた砂の城のように、あっけなく崩壊してしまう。」
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「顔立ちの良さよりはむしろ、全身に溢れている率直な生命力のようなものに注意をひかれる。」
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「栗谷えりかは目を細め、遠近法を間違えた風景画を見るみたいに、木樽の顔をじっと見ていた。」
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「エジプトの古墳の出土品を精査する博物館の学芸員みたいに」
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「樹木がたくましく大きくなるには、厳しい冬をくぐり抜けることが必要なみたいに。
いつも温かく穏やかな気候だと、年輪だってできないでしょう。」
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「何を探しているのか自分でもよくわからない場合には、探し物はとてもむずかしい作業になるから」
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「夢というのは必要に応じて貸し借りできるものなんだよ、きっと」
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「まるで氷でできた月を夜空に探すみたいに」
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「明日僕らがどんな夢を見るのか、そんなことは誰にもわからないのだから。」
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→夢というものがそもそも不思議なものだ。それは意識と無意識のバランス。
僕らは意識世界を掘り起し科学という体系を作ってきたが、まだ無意識という巨大な宇宙を何一つ知らない。
そこにこそ、人間の謎や神秘がふんだんにちりばめられている。
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村上春樹『独立機関』
「内的な屈折や屈託があまりに乏しいせいで、そのぶん驚くほど技巧的な人生を歩まずにはいられない種類の人々がいる。」
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「そして彼らが何かの拍子に、どこかから差し込んできた特別な陽光に照らされ、自らの営みの人工性に、あるいは非自然性にはっと思い当たるとき、事態は時として悲痛な、また時として喜劇的な局面を迎えることになる。」
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「なぜなら彼女は私にとって特別な存在だからです。総合的な存在とでも言えばいいのでしょうか。
彼女の持っているすべての資質が、ひとつの中心に向かってぎゅっと繋がっているんです。
そのひとつひとつを抜き出して、これは誰より劣っているとか、勝っているとか、計測したり分析したりすることはできません。
そしてその中心にあるものが私を強く惹きつけるのです。
強力な磁石のように。それは理屈を超えたものです。」
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「今の生活からある日突然引きずりおろされ、すべての特権を剥奪され、ただの番号だけの存在に成り下がってしまったら、私はいったいなにものになるのだろう?」
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「魂はもう失われてしまっている。それが戻ってくる見込みもない。
なのに身体器官だけはあきらめられずに独立して動いている。そういう感じでした。」
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「僕らが死んだ人に対してできることといえば、少しでも長くその人のことを記憶しておくくらいです。
でもそれは口で言うほど簡単ではありません。誰にでもお願いできることではありません。」
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「しかし僕らの人生を高みに押し上げ、谷底につき落とし、心を戸惑わせ、美しい幻を見せ、時には死にまで追い込んでいくそのような器官の介入がなければ、僕らの人生はきっとずいぶんそっけないものになることだろう。
あるいは単なる技巧の羅列に終わってしまうだろう。」
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→この短編は人間の「魂」というものと、人生の中でどうかかわっていくか。
そういう物語だと思った。 ひとりの人生から、僕らは学ばないことも選択できるし、学ぶことも選択できるのだ。
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村上春樹『シェエラザード』
「おれは一人で孤島にいるわけではない、と羽原は思った。そうではなく、おれ自身が孤島なのだ。」
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「「私の前世はやつめうなぎだったの」とあるときシェエラザードはベッドの中で行った。
とてもあっさりと、「北極点はずっと北の方にある」と告げるみたいにこともなげに」
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「やつめうなぎは、とてもやつめうなぎ的なことを考えるのよ。やつめうなぎ的な主題を、やつめうなぎ的な文脈で。
でもそれを私たちの言葉に置き換えることはできない。それは水中にあるもののための考えだから。
赤ん坊として胎内にいたときと同じよ。
そこに考えがあることは分かるんだけど、その考えをこの地上の言葉で表すことはできない。そうでしょ?」
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「彼女の頭は彼女の心を説得することができなかった。」
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「この女は実際に時間を遡り、一七歳の自分自身に戻ってしまったのだ。前世に移動するのと同じように。
シェエラザードはそういうことができる。その優れた話術の力を自分自身に及ぼすことができるのだ。
優秀な催眠術師が鏡を用いて自らに催眠術をかけれるのと同じように」
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「彼の汗の匂いは、消えることのない重要な記憶のように、いつまでもそこに染み付いていた。」
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「それは病気のようなものではなく、きっと本物の病気だったのね。
その病気は私の頭をしばらくのあいだ、高熱で錯乱させていた。
誰もが人生の中で、一度はそういう出鱈目な時期を通過するのかもしれない。」
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→この短編も、少女の「魂」の問題だった。魂の自発的な発熱を、若い時期はたいてい制御できないが、その制御できないものをどう向き合い立ち向かってきたか、というのは、人生の中でたえざる残響音として響き続ける。
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村上春樹『木野』
「彼女の目は奥行きを欠き、瞳だけが妙に膨らんでいた。後戻りの余地を持たない、決意に満ちた煌めきがそこにあった。」
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「それは木野の住む世界から何光年も離れたところにある、不毛な惑星の荒らぶれた光景だった。」
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「いろんな出来事が順番通り思い出せない。ばらばらになってしまった索引カードのように」
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「そう、蛇というのはもともと両義的な生き物なのよ。
そして中でもいちばん大きくて賢い蛇は、自分が殺されることのないよう、心臓を別のところに隠しておくの。
だからもしその蛇を殺そうと思ったら、留守の時に隠れ家に行って、脈打つ心臓を見つけ出し、それを二つに切り裂かなくちゃならないの。もちろん簡単なことじゃないけど」
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「そう、両義的であるというのは結局のところ、両極の中間に空洞を抱え込むことなのだ。」
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「おれは傷つくべきときに十分に傷つかなかったんだ、と木野は認めた。
本物の痛みを感じるべき時に、おれは肝心の感覚を押し殺してしまった。
痛切なものを引き受けたくなかったから、真実と正面から向かい合うことを回避し、その結果こうして中身のない虚ろな心を抱き続けることになった。
蛇たちはその場所を手に入れ、冷ややかに脈打つそれらの心臓をそこに隠そうとしている。」
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「おれは忘れることだけではなく、赦すことを覚えなくてはならない」
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「こんこん、こんこん、そしてまたこんこん。目を背けず、私をまっすぐ見なさい、だれかが耳元でそう囁いた。
これがおまえの心の姿なのだから。」
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→喜怒哀楽というのは、必要な時に必要な分だけ訪れる。それは自然という人体の生理現象だ。発熱や発汗や排せつと同じように。
そんな感情が経過していくのを、途中で一時停止ボタンを押して先送りしていると、いづれその感情(それは過去の自分と出会う事だ)は里帰りする。最初は門前払いしても、いづれは家の中に招き入れる瞬間がやってくる。
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村上春樹『女のいない男たち』
「誰かが凶暴な金具を使って世界を壊そうとしているみたいに聞こえる。」
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「僕を知と無知の中間地点に据えること、それがどうやら彼の意図するところであるらしかった。」
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「僕の声にも死者の気配は含まれていたからだ。できたての死者がもたらす動揺は、強力な感染性を持っている。
それは細かい震えとなって電話線を伝わり、言葉の響きを変形させ、世界をその振動に同期させていく。」
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「彼女はいろんな場所に含まれ、いろんな時間に含まれ、いろんな人に含まれている。」
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「彼女の核心は常に蜃気楼のように逃げ去っていく。そして地平線は無限だ。水平線もまた。」
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「僕はたぶん事実ではない本質を書こうとしているのだろう。
でも事実ではない本質を書くのは、月の裏側で誰かと待ち合わせするようなものだ。」
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「彼女の死と共に、僕は一四歳のときの僕自身を永遠に失ってしまったような気がする。
野球チームの背番号の永久欠番みたいに、僕の人生からは一四歳という部分が根こそぎ持ち去られている。」
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「世界で二番目の孤独と、世界でいちばんの孤独との間には深い溝がある。」
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「女のいない男たちにとって、世界は広大で痛切な混合であり、そっくりそのまま月の裏側なのだ。」
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春樹さんの作品は、誰もが若い時期に経験した傷を、鮮やかな筆致で表現する。
無意識という暗い世界から意識の世界に光をあてる。
光を受けたものは何らかしらの変容を促され、何かプロセスが動き出す。
春樹さんの作品は、そういう何とも表現しがたい世界に満ち満ちている。
春樹さんが書き、読者が読む、という共同的な行為を通して、それは誰かの自己治癒を促す場を作り上げているのかもしれない。
そういう祈りに似た治癒的な効果を、小説世界からは感じる。