ドラマ「坂の上の雲」は明治初年の四国松山から始まる。正岡子規・秋山好古、秋山真之の三人が主人公。テーマは「日本の近代化」。この主題については、戦後歴史学の動向に対抗して、アメリカの元駐日大使ライシャワーが「近代化論」を提唱したことを言っておく必要があるだろう。「帝国主義の時代だったから、近代化のためには戦争は避けられなかった」という考えを、戦後最初に持ち込んだのが、他ならぬ「外国人」だったことは「愛国者」にとっては何とも言えぬ皮肉だった。
ライシャワーの「近代化論」の目的は明らか。その方がアメリカの国益に沿うからだ。時は冷戦の真最中だった。ライシャワーは「親日家」と言われるがアメリカの国益を第一に考える。『』つきの親日家だ。
さて「坂の上の雲」すなわち日清日露戦争のもたらしたものは、日本の産業革命だった。西洋の産業革命と違って、「上からの産業革命」と呼ばれる。
具体的には、工業が機械による大量生産の時代にはいったのだ。大量生産は安価な生産物を大量に生み出す一方、新たな市場(しじょう)を希求する。市場の拡大のない生産物は余り、過剰生産恐慌を呼ぶ。それが次なる帝国主義戦争を呼ぶ。それが第1次世界大戦だった。
第2次世界大戦のあと、恐慌と戦争の回避を考えたのがケインズ経済学で、管理通過制度のもと貨幣の大量発行、そのための赤字国債の発行、経済成長による国債の償還という循環が始まった。
それが機能しなくなったのが、現在の欧州の通貨危機だからことは深刻だ。連日のように国際会議が開かれ、「自由貿易の協議」がなされるのも、市場拡大を何とか実現しようという現われ。もう戦争による「植民地の拡大=市場の確保」の出来る時代ではないからだ。
さて日清日露戦争の結果何がおこったか。
まず日清戦争後は軽工業の分野での産業革命が進んだ。綿糸紡績業を例にとると綿糸の生産高が約18倍、工場数は約8倍になっている。輸出先は朝鮮、中国から割譲した台湾だった。この間、銀行預金も約8倍になり、資本の調達の準備が出来た。租税収入も約2倍になった。第1次産業革命と呼ぶ。
次に日露戦争後。重工業分野での産業革命が進んだ。鉄鋼の生産を例にとると、生産高で約6倍、国内消費量が3倍強になっている。租税収入は2倍弱、営業税が2倍強、所得税が2倍。酒税が2倍弱、関税も2倍弱、所得税が2倍強。政府の保護をうけながら債券発行、長期資金を供する特殊銀行(日本勧業銀行や北海道拓殖銀行など)が設立され、軽工業の産業革命が一段と進んだ。第2次産業革命と呼ぶ。
急速な工業化の陰で、農村では没落農民が生まれ、佐藤佐太郎のような「悲しき移住者」が大量に都市へ流入し、彼らの多くは工場労働者となるのだった。
これが単なる産業の発展でないのは、日露戦争後の韓国併合をみればわかる。韓国併合を日韓の対等な条約に基づいたものと言う意見もあるが、事前にアメリカの了解をとり(桂タフト密約)、日英同盟から韓国を除外するなど、軍事力による領土の拡大であることは明白だ。体等なの単に形式上の問題だ。
ここまで見てくると僕は愕然とする。戦争のたびに日本は太ってきたのだ。火事による「焼け太り」というのはあるが、「戦争太り」をかくも短期間に遂げたのは日本くらいだろう。それもすべてアメリカ・イギリスの支援・承認のもとに行われた。
同時にこの戦争は日本の民族主義を成長させ、中国人・朝鮮人への差別意識が形成されたのもこのころ。
日露戦争の「勝利」が、アジア諸国の独立を励ましたという「戦争肯定論」が時に語られるのは、アジアの植民地の独立運動が民族主義にもとづくものだったからだ。民族主義は言語・文化・居住範囲の共通性などによって人間を結びつける思想だが、自分たちを抑圧する権力に向かうときは「民族独立の紐帯」となる。しかし資本主義の発達とともに、外へ発露されるときは「帝国主義の思想」となりうる。両方が同じ外観をとっているために、東南アジアでこの戦争が異なった受け取り方をされる理由はここにある。
だがこの戦争は、明らかに対朝鮮の帝国主義戦争である。そしてそれは弱体化した中国への帝国主義戦争へ繋がることとなる。「そういう時代だった」という言い訳は通用しない。歴史は現代の視点で判断されるものだからだ。その点、ドラマ「坂の上の雲」に対する批判があがるのには根拠と意義がある。
斎藤茂吉が第一高校生(現・東京大学教養部)、土屋文明が中学生(現・高校生)だったころの話である。
岡井隆は、
「殉国(国にしたがう)という形の『国』はふたたび出現しないだろう。ただわたしたちが『はじめ恐れしさまとややに変りて』なにかが出現するという可能性は否定しさることができないであろう。」(「短歌の世界」)
これが歴史の見方の基本であり、警戒心であると僕は思っている。
*付記:参考文献・大久保利謙編「近代史史料」、大江志乃夫編「日本史を学ぶ」、歴史学研究会編「日本史年表」。
