人間や社会を見据えて
(書き散らす短歌手帖を見て自分の過去を振り返る歌)
自分の生き方を深く見据えた作品である。作者は手帳に作品を書き留めている。手帳が何冊にも及べば、それがそのまま作者の生(いき)の軌跡を表すことになろう。
(義母の遺骨を胸に抱く歌)
遺骨。時がたてばコンクリートの塊のように乾く。一首は骨あげの直後なのだろうか。亡き人がまるで生きているように遺骨にぬくもりがある。死者への愛惜の念が感じられる。
(シュレッダーに10年分の書類を刻む歌)
手許で刻まれてゆく書類。その一枚一枚に作者の過去10年の体験や心象と結びつくはずだ。書類は作者の生そのもの。それが刻まれてゆくとき作者は何を思ったのだろう。
(エスカレーターが期間を繰り出す歌)
連続するエスカレーターの動き。そこに作者は時間の動きを連想した。次々と時間が生成されてゆく感覚だ。下の句の表現に独自性がある。擬人法だが、それほど気にならない。
(過去に過ちを言ったことに気づく歌)
「夜の川を渡る」ここが上の句の心情とマッチしている。忸怩たる思いが作者の心をよぎる。それが重すぎずに自然に表現できた。
(辻斬りが現れそうな夜の参道を歩く)
(地軸がずれる思いしてこの世の何かがおかしいと嘆く歌)
紙数の関係で批評が出来なかったのでここで批評しておく。二首とも比喩に独自性がある。比喩は間接的な表現だが、独自性のある比喩は作品を引き立てる。何よりも物事を言い当てている。それでいて新しさがある。だが反対に平凡な比喩は一首を駄作にする。