岩田亨の短歌工房 -斎藤茂吉・佐藤佐太郎・尾崎左永子・短歌・日本語-

短歌・日本語・斎藤茂吉・佐藤佐太郎・尾崎左永子・社会・歴史について考える

三四郎が顔出しそうな洋食屋 針の止まりし時計もありて

2009年08月02日 23時59分59秒 | 岩田亨の作品紹介
西暦2000年4月のある夜、外から帰ってきた僕は、「NHKから電話があったよ。」という声で迎えられた。

「いったい何だろうね。」「時計がどうのこうの言ってたよ。」いたって呑気だったが、食事の最中おもいだした。

「NHKの短歌の題詠に応募したんだっけ。入選したのかな?」「これは、ここが惜しいという添削用じゃあないの。」


 翌日の午前中、NHKから電話があった。

「時計の歌、投稿されましたね。」「ご自分の作品ですね。」「どこにも発表していませんね。」

 僕が黙って「ハイ」と続けて3回答えると、電話の相手は急ににこやかな声になって、「おめでとうございます。選者の尾崎左永子先生の目にとまって、入選されました。放送日と放送時間は・・・。」

 あとは覚えていない。いや、ひとつ覚えている。知り合いでどうしても信用しない人がいたので、放送をビデオに撮って渡してやったこと・・・。


 栃木県日光市の日光東照宮近くの神橋と呼ばれる橋のそばに、古風な土産店がある。城の櫓のような外観をしていて、明治時代に創業されたホテルの直営店だそうだ。

 加えて、二階のレストランが風変わりだった。

 格天井(ごうてんじょう)といって、天井が1メートル四方ほどに碁盤の目のように区切られている。神社の拝殿などにみられるものだ。その天井には昔懐かしい大きな扇風機が回っている。床は黒塗りの板張りで、席はすべてテーブルとイス。

 店内は学校の教室三つ分くらいの広さがあるが、そのほぼ中央にまるで野点(のだて)のように和風の傘がさしかけられている。しかし、下は毛氈ではなくテーブルにベンチ。全てが「和洋折衷」なのだった。

 「まるで夏目漱石の三四郎が顔をだしそうじゃあないか。」思わずそう言った。

 ちょうど漱石の「彼岸過迄」の冒頭を読んでいるときで、主人公が謎の人物と牛鍋屋の階段を上っているのが思い浮かんだ。


 作品の原案は、

    「三四郎が顔だしそうな洋食屋 和風洋風ない混ぜにして」だった。


原稿用紙の束に紛れこんでいた作品。あまり面白くもないものなので、そのままにしておいたのだが、「題」が時計と聞いて、下の句を直した。

 その洋食屋には古道具屋においてもおかしくないようなタンス・引出しなどの道具があり、その中に時計もあった。たしか針が止まっていたような記憶があったので、それを詠んだ。



 放送日は6月第1週、選者尾崎左永子、司会栗木京子、ゲスト青井史。入選作10首の中で、1席になった。1席の作品にもいろいろと注文がつくものだが、その日に限って、何も注文はつかなかった。

 ただ、批評をする時になぜか尾崎先生の語尾に、一瞬のとまどいが垣間見えたような気がした。なぜだかよく分からなかったが、この頃分かりかけてきたような気がする。

 放送後ただちに「短歌研究」を買いに走り、「運河の会」の住所を調べて入会願いの手紙を書いた。書式などまるっきりデタラメだったが、熱意のカタマリの様な手紙だった。

                   「運河の会」御中 尾崎左永子様


歌集「夜の林檎」の巻頭歌



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