準決勝の重要性を実感するミュンヘンの奇跡

 今から50年前の今日72年9月8日に行われたミュンヘン五輪男子
バレーボール準決勝で日本はブルガリア相手に2セットダウンから
大逆転で勝ち、翌日の決勝戦で東ドイツに3-1で勝って見事に金
メダルを獲得したのだった。

 以前も記したように前回のメキシコシティ五輪で銀メダルを獲得
した日本では4月からアニメドキュメント・ミュンヘンへの道がOA
され、いかにも‘ミュンヘンで金メダルを取る’的なムードの中で五輪
開幕1週間前に最終回を迎えていた。

 優勝候補の一角と言われた日本は開会式の翌日から行われた予選
リーグでルーマニア・キューバ・東ドイツ・ブラジル・西ドイツに
勝って全勝で1位通過し準決勝進出を決めていたのだが、3試合目で
世界王者・東ドイツに3-0で勝っていたので‘金メダルいける’という
気になっていた。

 当時小3だった私は準決勝のブルガリア戦23:30試合開始だった
にも拘わらず親から準決勝の生TV観戦OKをもらって見たのだが、
第1セットを13ー15で今対価初めてセットを落とすと‘準決勝ともな
れば1セットぐらい落とすやろう’と思っていたら第2セットも9ー15
で落としてしまう。

 これは意外な展開で実況の土門正雄アナが‘これはエラい事になり
ました’と言っていたように動転しているのが分かったし、既に0:30
過ぎだから寝ようか?と思ったが祖父が‘1セット返したら分からんぞ’
と寝るのを留めてくれた。

 おかげで第3&第4セットを共に15-9で取り返し2セットオールに
なり、第5セットも一時リードを許すも最終的に15ー12で取りセッ
トカウント3-2で3時間近い激戦の末に見事な大逆転勝ちを収めた
のだ。

 実は準決勝第2試合では2位通過した東ドイツがグループA1位の
ソ連に第3セットを落とすも3-1で勝ち決勝進出を決めたのだが、
仮にあのまま負けていると翌日の3位決定戦でブルガリアがソ連に
3-0で1時間半足らずで敗れているのだから日本もこうなったかも
しれない。

 とはいえ4年後のモントリオールや88ソウルで、日本は思い知ら
されるわけだが・・・・・

 ちなみに翌9日に登校した同級生ほとんどが眠そうにしており遅
くまでバレーを見た感じだったが、最後まで見た‘勝ち組’と2セット
ダウンの時点で寝てしまった‘負け組’に分かれたのだった。

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