【2日目 2019年(平成31年)3月24日(日)】
いよいよ通常開業の日です。
フリー切符等も発売されていますが、「三鉄ファンクラブ」の会員特典を利用します。
リアス線には1番列車が2本存在します。
どちらも宮古駅5時2分発で、1本は釜石行。もう1本は久慈行です。
勿論、JR山田線から移管された区間の1番列車、釜石行に乗ります。
4時半にはそこそこの乗客が集まっていましたが、それ以上にマスコミ関係が多く、いつものように写真を撮って歩くような雰囲気でもないし…。
色々なところを撮りたかったのですがほとんどありません。
その分、公共放送や民放のニュースにはそれなりに顔や声が出ていたそうです。
三陸鉄道リアス線上り 普通 釜石行
釜石行は2両ですが、途中の岩手船越駅始発になる2両が回送として連結されているので、4両編成です。全て今回の開業用に入った新車です。
宮古 05:02発
震災前の2007年(平成19年)刊行の「鉄道紀行」に載っている車窓マップです。
進行方向に向かって左側に席を取りました。
まだ日の出までは時間があるなか、第34閉伊川橋梁241mを渡ります。
磯鶏 05:05着 05:05発
八木沢・宮古短大 05:08着 05:08発
昨夜の冷え込みで、雪が降ったように白くなっています。
八木沢・宮古短大駅を出ると最高22‰の勾配を登り、サミットから25‰で下っていくと宮古湾が見えます。
1960年(平成35年)のチリ地震津波以降作られた防波堤が、更に高くなっています。
宮古湾に注ぐ津軽石川の河口が見えてくると、津軽石駅に着きます。
津軽石 05:15着 05:16発
岩手県で何故「津軽」なのかと言えば、伝説によると旅の僧侶が津軽から小石をひとつ携えてきてその小石を川に投げ入れたところ、それからおびただしい鮭が上るようになったことに由来するとか、アイヌ語のトッカリ・ウシ(アザラシの居るところ)を語源とするとか諸説あるようです。
津軽石川は別名、鮭川と呼ばれくらい、11月から2月ころまで産卵のために大量の南部鼻曲りサケが遡上するそうです。
払川 05:19着 05:19発
豊間根 05:25着 05:25発
豊間根駅を出ると最高25‰の勾配を登り、205m祭の神トンネルから25‰で下って行きます。
国道45号をアンダーパスすると、陸中山田駅もまもなく。
ようやく日の出を迎えます。
陸中山田 05:39着 05:40発
山田線の由来である陸中山田駅です。
新駅舎はオランダ島と風車を模した洋風のデザインです。になっている。
オランダ島とは、山田町の山田湾に浮かぶ、正式には大島のことです。
織笠 05:42着 05:43発
織笠駅を出ると、第1草木トンネルの手前で、山田湾に浮かぶ小島と大島が見えます。
「鯨と海の科学館」が見えてくると、岩手船越駅に着きます。
岩手船越 05:48着 06:00発
ここは、本州最東端の駅です。
ここで、5時54分発宮古行を切り離します。
合理化のため、ほとんどのローカル線は運転士さん自ら、切り離し作業を行うところが増えてきました。
ここからしばらくの間、船越湾を見ながら進みます。
浪板海岸 06:08着 06:09発
駅を出ると「三陸花ホテルはまぎく」と名称を変えた、旧浪板観光ホテルが見えます。
よく見ると津波で被害を受けた橋が残っていたり、まだまだ完成遠い防潮堤などが見えます。
吉里吉里 06:12着 06:12発
岩手船越駅を出て間もなく2両目の車両の明かりが消えたのですが、みんなこれもサービス?車内の明かりが写真に写り込まないようにとの心遣いと思った人も多かったようですが、どうも電気系統のトラブルらしいのです。
運転に支障はないものの、運賃表示も消え、ヒーターも消えて徐々に涼しくなってきました。
トンネルに入ると真っ暗です。
大槌町は町内に設置していた地震計も被害を受け、震度が不明となっている壊滅的被害を受けたところです。
「復興」という言葉を最近よく見たり聞いたりしますが、三陸を訪れる度にまだまだ遠いな、と感じます。
大槌 06:17着 06:19発
ここで、釜石駅発の久慈行がやってきました。
鵜住居 06:22着 06:25発
鵜住居と言えばこの方でしょうか。旅館「宝来館」の女将さんが旗を振っていました。
両石 06:29着 06:29発
両石駅を出ると内陸に入り、釜石駅に向かいます。
幾つものトンネルと橋梁を越え、最後に甲子川橋梁を渡ると転車台が見えてきます。
釜石 06:38着
釜石駅に到着です。
つづく。
いよいよ通常開業の日です。
フリー切符等も発売されていますが、「三鉄ファンクラブ」の会員特典を利用します。
リアス線には1番列車が2本存在します。
どちらも宮古駅5時2分発で、1本は釜石行。もう1本は久慈行です。
勿論、JR山田線から移管された区間の1番列車、釜石行に乗ります。
4時半にはそこそこの乗客が集まっていましたが、それ以上にマスコミ関係が多く、いつものように写真を撮って歩くような雰囲気でもないし…。
色々なところを撮りたかったのですがほとんどありません。
その分、公共放送や民放のニュースにはそれなりに顔や声が出ていたそうです。
三陸鉄道リアス線上り 普通 釜石行
釜石行は2両ですが、途中の岩手船越駅始発になる2両が回送として連結されているので、4両編成です。全て今回の開業用に入った新車です。
宮古 05:02発
震災前の2007年(平成19年)刊行の「鉄道紀行」に載っている車窓マップです。
進行方向に向かって左側に席を取りました。
まだ日の出までは時間があるなか、第34閉伊川橋梁241mを渡ります。
磯鶏 05:05着 05:05発
八木沢・宮古短大 05:08着 05:08発
昨夜の冷え込みで、雪が降ったように白くなっています。
八木沢・宮古短大駅を出ると最高22‰の勾配を登り、サミットから25‰で下っていくと宮古湾が見えます。
1960年(平成35年)のチリ地震津波以降作られた防波堤が、更に高くなっています。
宮古湾に注ぐ津軽石川の河口が見えてくると、津軽石駅に着きます。
津軽石 05:15着 05:16発
岩手県で何故「津軽」なのかと言えば、伝説によると旅の僧侶が津軽から小石をひとつ携えてきてその小石を川に投げ入れたところ、それからおびただしい鮭が上るようになったことに由来するとか、アイヌ語のトッカリ・ウシ(アザラシの居るところ)を語源とするとか諸説あるようです。
津軽石川は別名、鮭川と呼ばれくらい、11月から2月ころまで産卵のために大量の南部鼻曲りサケが遡上するそうです。
払川 05:19着 05:19発
豊間根 05:25着 05:25発
豊間根駅を出ると最高25‰の勾配を登り、205m祭の神トンネルから25‰で下って行きます。
国道45号をアンダーパスすると、陸中山田駅もまもなく。
ようやく日の出を迎えます。
陸中山田 05:39着 05:40発
山田線の由来である陸中山田駅です。
新駅舎はオランダ島と風車を模した洋風のデザインです。になっている。
オランダ島とは、山田町の山田湾に浮かぶ、正式には大島のことです。
織笠 05:42着 05:43発
織笠駅を出ると、第1草木トンネルの手前で、山田湾に浮かぶ小島と大島が見えます。
「鯨と海の科学館」が見えてくると、岩手船越駅に着きます。
岩手船越 05:48着 06:00発
ここは、本州最東端の駅です。
ここで、5時54分発宮古行を切り離します。
合理化のため、ほとんどのローカル線は運転士さん自ら、切り離し作業を行うところが増えてきました。
ここからしばらくの間、船越湾を見ながら進みます。
浪板海岸 06:08着 06:09発
駅を出ると「三陸花ホテルはまぎく」と名称を変えた、旧浪板観光ホテルが見えます。
よく見ると津波で被害を受けた橋が残っていたり、まだまだ完成遠い防潮堤などが見えます。
吉里吉里 06:12着 06:12発
岩手船越駅を出て間もなく2両目の車両の明かりが消えたのですが、みんなこれもサービス?車内の明かりが写真に写り込まないようにとの心遣いと思った人も多かったようですが、どうも電気系統のトラブルらしいのです。
運転に支障はないものの、運賃表示も消え、ヒーターも消えて徐々に涼しくなってきました。
トンネルに入ると真っ暗です。
大槌町は町内に設置していた地震計も被害を受け、震度が不明となっている壊滅的被害を受けたところです。
「復興」という言葉を最近よく見たり聞いたりしますが、三陸を訪れる度にまだまだ遠いな、と感じます。
大槌 06:17着 06:19発
ここで、釜石駅発の久慈行がやってきました。
鵜住居 06:22着 06:25発
鵜住居と言えばこの方でしょうか。旅館「宝来館」の女将さんが旗を振っていました。
両石 06:29着 06:29発
両石駅を出ると内陸に入り、釜石駅に向かいます。
幾つものトンネルと橋梁を越え、最後に甲子川橋梁を渡ると転車台が見えてきます。
釜石 06:38着
釜石駅に到着です。
つづく。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます