旅の窓



平凡ながら列車の旅が好きで、その様子を多少時間がかかるものの、紹介しています。
日々の生活は、晴耕雨読日記を。

鉄道コレクション~列車愛称板10 「ひばり」/「特急」

2018-02-16 14:08:13 | 鉄道コレクション
 表裏に「ひばり」と「特急」の組み合わせ。
 材質はホーロー。文字は浮き文字。




 特急「ひばり」は1961年(昭和36年)10月1日から上野駅・仙台駅間で運転を開始しました。当初は不定期運転でしたが、1963(昭和38)年10月1日改正で定期列車になり、1967年(昭和42年)10月1日の改正で一部が東京駅に乗り入れるようになりました。この乗り入れは、新幹線建設工事に関連して1973年(昭和48年)4月1日の改正まで続きました。
 不定期列車として誕生した「ひばり」ですが、その後首都圏と東北の一大都市仙台を結ぶ特急として徐々に本数も増え、1978年(昭和53年)10月2日の改正では最多の15往復の運行となりました。
 さて、列車愛称板の右下には(アホ)と書かれています。アホとは青森駅ホームの略で、この列車愛称板は青森駅ホームで管理しているという意味です。
 「ひばり」は青森駅に乗り入れたことはありませんが、1973年(昭和48年)10月1日の改正で13往復となった「ひばり」は15往復になるまで、「はつかり」などと車両を共通運用した期間があります。
 この列車愛称板はこの時使われた物と思われます。
 「ひばり」は、1982年(昭和57年)11月15日、上越新幹線大宮駅・新潟駅間が開業し、東北新幹線が本開業によって廃止されました。
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鉄道コレクション~列車愛称板8 「三陸」

2017-12-04 14:05:30 | 鉄道コレクション
 表に「三陸」。裏は地金。
 材質はホーロー。文字は浮き文字。
 昭和40年代、急行列車に使われた物です。




 「三陸」は、1966年(昭和41年)10月1日から1968年(昭和43年)9月30日まで、上野と青森・久慈・盛間を東北本線経由で運転開始した急行列車です。
 愛称に使われた「三陸」は、宮城、岩手、青森の三県に相当する旧国名の、陸前、陸中、陸奥の三国を指す総称であることから、複数の編成で三県を通る列車の愛称となったものです。
 下り列車の場合、12号車を先頭に上野駅を出発し、一ノ関駅で1~3号車の大船渡線経由盛行を切り離し、尻内駅(現在の八戸駅)で4~5号車の八戸線経由久慈行を切り離し、最後は6両編成となり終着青森駅を目指します。
 このように、複数の行き先をもつ列車が1つの編成として運転される列車のことを「多層建て列車」といい、昭和30年代後半から40年代にかけて全国各地で運転されましたが、特に東北地方で数多く運転されました。
 「多層建て列車」の中には、愛称名の違う8つの列車を途中駅で分割・併合を繰り返しながら運転したものもありました。
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鉄道コレクション~列車愛称板7 「臨時 北上」

2017-12-03 08:35:28 | 鉄道コレクション
 表に「臨時 北上」。裏は地金。
 材質はホーロー。文字は浮き文字。
 昭和30年代、急行列車時代の臨時列車に使われた物です。




 「北上」は、北海道への輸送力増強のため、急行「北斗」を補完するために1952年(昭和27年)9月1日から上野・青森間を常磐線経由で運転開始した夜行急行列車です。
 名称の由来は、東北最大であり全国でも4番目の岩手県と宮城県を流れる「北上川」で、東北を代表する河川であることからつけられたようです。
 運行開始当初の表記は「きたかみ」とひらがなでしたが、1956年(昭和31年)11月19日から「北上」と漢字表記になりました。
 運行終了は、急行「北斗」に先立つ1年前の、1964年(昭和39年)10月1日、寝台特急「はくつる」に格上げされるかたちで廃止されました。
 この列車愛称板のローマ字表記の読みは「きたがみ」になっています。
 青森県には「北上」と書いて「きたがみ」と読む姓の方がいます。おそらく、書き手の知り合いに「きたがみ」姓の方がいたためと思われます。
 なお、急行「北上」廃止以降に、ひらがな表記の「きたかみ」が復活しています。
 急行「きたかみ」。1965年(昭和40年)10月1日から1968年(昭和43年)9月30日まで、上野・盛岡間(東北本線経由)で運転。1968年(昭和43年)10月1日から1982年(昭和57年)11月14日まで、仙台と秋田・青森間(北上線経由)で運転。
 快速「きたかみ」。1982年(昭和57年)11月15日から1999年(平成11年)12月3日まで、北上・湯沢間(北上線経由)で運転。
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鉄道コレクション~列車愛称板6 「臨時 北斗」

2017-12-02 13:37:22 | 鉄道コレクション
 表に「臨時 北斗」。裏は地金。
 材質はホーロー。文字は浮き文字。
 主に昭和30年代、急行列車時代の臨時列車に使われた物です。




 「北斗」は、戦後初めて東北地方の列車に使われた愛称のひとつです。
 1949年(昭和24年)9月15日、上野・青森間を常磐線経由で運転開始した夜行急行列車で、急行「北斗」として愛称がつけられたのは、運行開始の翌年1950年(昭和25年)11月8日からです。当時の列車愛称命名方法の基準に「夜行列車名は天体名にちなむ」とあったことから、北を示す北極星を指す北斗星から、北へ向かう列車の愛称として採用されたといわれています。
 1959年(昭和34年)9月22日からは東北初の寝台急行となりましたが、1965年(昭和40年)10月1日、寝台特急「ゆうづる」に格上げされ「急行北斗」は廃止されました。
 なお、「北斗」が「北都 = 札幌行の列車」とのイメージが重なるということから、1965年(昭和40年)11月1日から函館と札幌・ 旭川駅を結ぶ函館本線・室蘭本線・千歳線経由の特急列車の愛称として採用され、現在も函館・札幌を結ぶ特急として走っています。 
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鉄道コレクション~列車愛称板5 「臨時 みちのく」

2017-11-11 10:50:06 | 鉄道コレクション
 表に「臨時 みちのく」。裏は地金。
 材質はホーロー。文字は浮き文字。
 主に昭和40年代、急行列車時代の臨時列車に使われた物で、「臨時」の文字が縦・横2種類あります。








 「みちのく」は、戦後初めて東北地方の列車に使われた愛称のひとつです。
 1949年(昭和24年)9月14日、上野・青森間を東北本線経由で運転開始した急行列車で、当時は、東京以北には特急列車はありませんでしたから、「みちのく」は当時の優等列車のひとつでです。
 ちなみに、東京以北の最初の特急列車は、1958年(昭和33年)10月10日、上野・青森間を常磐線経由で運転開始した「はつかり」です。 
 急行「みちのく」として愛称がつけられたのは、運行開始の翌年1950年(昭和25年)11月8日からで、前の月には経路も東北本線から常磐線経由に変更になっています。
 さらに、1958年(昭和33年)10月1日に東京以北初の特急列車となる、「はつかり」が常磐線経由で上野 ・ 青森間で運行が開始されると、急行「みちのく」は盛岡・青森間が不定期列車に格下げしましたが、実際は、1961年(昭和36年)3月1日に定期列車に復活するまで、盛岡・青森間は毎日運転されていました。
 運行形態も、1965年(昭和40年)10月1日からは青森行単独の編成の他に、上野を出て小牛田で分かれる鳴子行・盛岡で分かれる大鰐行・青森行の3階建ての編成が誕生し、翌年には大鰐行きが弘前行に、青森行が花巻で分かれる宮古行に変更されました。
 しかし、1970年(昭和45年)9月30日にはすべての急行「みりのく」が廃止されました。
 その後、「みちのく」は1972年(昭和47年)3月15日、上野・青森間を常磐線経由の電車特急として復活しましたが、東北新幹線大宮開業の年、1982年(昭和57年)の11月14日廃止されました。
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