Cosmos Factory

伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

現代人の衛生観④

2008-02-27 12:34:06 | 民俗学
(跡見学園女子大学大学院人文科学研究科日本文化専攻の教授と院生による論文「明治期女子教育における衛生観の形成―『女学世界』を読む―」(『信濃』60-1)から読み取る現代人の衛生観その4である。)

4.洋式化と衛生観

 トイレで最も他人と接近するのは、便座であることは以前に触れた。便座に座るのに下衣を脱がないわけにはいかない。脱げば肌を露出することになる。そして不特定多数のひとが同じように肌を露出してそこへ座る。それを清潔だと思わせるだけの行為が必要になる。便座を拭くためのミストジェルや便座はシートが利用される。考えてみればこれらは便器の洋式化によるのである。和式便器であれば接点はなくなる。まだ洋式便器が入り始めた時代には、両者があれば和式を選ぶ人が多かったのもそんな接点意識がどこかにあったかもしれない。しかし、日常洋式を当たり前のように利用するようになると、洋式に対しての違和感はなくなる。唯一接点という部分で違和感はあっても、使いやすさという面では洋式を選択するようになる。今や、和式便器がないトイレも珍しくない。

 こうした洋式化が人との接点に対しての意識を、過剰にしてきた部分もある。彼女たちも触れているスリッパシートのことである。これも前回同様宿泊施設に見る衛生観なのであるが、ホテルなどを利用するとスリッパにシートを敷いて利用したりする。スリッパと足の裏の接点に対して、シートを介在させることで他人との接点をなくしているのである。ようはトイレの便座シートもそうであるが、カバーという介在物によって間接的にしているのである。介在させることで清潔であると思わせるというその意識に衛生観のはき違いがみてとれる。加えてこんなこともある。宿泊室の中では、外出時と違い自宅のように肌を露にするようになる。もちろんのことであるが、服を着たまま寝ることはない。普通なら靴下を脱ぐことになる。そうすると足は常に部屋の中で肌の触れる接点となる。畳敷きならともかく、フロアーを裸足で歩くのは鳴れない環境であるし、床上を裸足というのは違和感がある。そうした感触を無くすためにスリッパを用いるわけで、ようはフロアーは地肌が直接触れるには似合わない場所ということになる。したがって外を裸足で歩くのと同じようなもので、どうしても履物は必要となる。そして足は最も匂いを発する箇所であるということは誰しも認識しているだろう。そういう認識のなかから、自ずと直に接することを避けたくなるわけで、自宅に近い空間である宿泊室という環境には、素足という設定が生まれるからこそ、スリッパという道具に清潔意識が過剰になるわけである。これもまた、トイレ同様、和室時代から洋室時代への変化によって生まれてきた接点ということになる。かつてなら意識しなくてもよかったものを、暮らしの変化がもたらせたわけである。

 ところで彼女たちは、このスリッパのことに触れてこういう指摘をしている。「なぜ私達は掃除されているような場所でも「汚い」「不潔」と感じてしまうのか。スリッパを用いて考えてみる。スリッパを使用するというのは、足が冷えないようにするために用いる他に、床に落ちているもので、足が怪我をしないように保護する役割と、床の汚れで足が汚れないためだ。しかし、毎日、床を掃除していれば、床に落ちていたものをきちんと除去できるのである。つまり、掃除をきちんとしていれば、スリッパをわざわざ使用しなくても済むのである。自分の家の掃除を行っていないがために、宿泊施設で宿泊する際、きちんと掃除しているように見えるような場所でも、不安になってしまい、スリッパを用いる。しかし、宿泊者は、使用はするが、スリッパ自体の汚れや人が使用した事による「汚さ」が気になる。そのため宿泊施設の運営者は上記のような「除菌済み」とラベルを貼ることで、目に見える形で宿泊者に提示し、安心感を与えているのである」というものである。「自らが掃除をしなくなったから、宿泊施設で掃除が行き届いていても不安になる」というがこれは正しいだろうか。掃除をしていてもスリッパを利用する、これが様式化によるものと解いたように、畳の上だったらそんな意識は生まれない。

 さて、直に接するもので、人々が意識的にモノを介在させたいと思う事例は少ない。スリッパのように素足で利用する可能性があるからこそ、意識する。しかし、そうした意識を臨時に呼び起こした際に、それを除去するための方策も用意されている。すでに世に出回ってから歴史も長い濡れティッシュもそうした道具の一つだろう。乾いたティッシュでは痕跡を無くすには難しいが、濡れティッシュは汚れを落とすことも可能であって、とくに「除菌」専用のものはそうした用途として利用される。現代の環境問題は、こと日本の暮らしに照らし合わせてみると、過去の暮らしの方がより環境に優しかったということは歴然なのである。

 続く
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