湯西川日記

fbやツイッターで一年サボりましたが、やっぱりブログです。2016年から復活します。ツイッターの長い版みたいな感じです。

喪明け

2012-01-29 22:35:35 | 学習

秩父の温泉にひとりで浸かっていたら、何だか死んだ人のことばかり考えているのが馬鹿馬鹿しくなった。死んだ人のことを考えるのは、それが父であっても、友人であっても、結局その人と自分とのかかわりを振り返るだけであるから、自分の記憶断片をしつこく手繰り寄せ集めて思い起こすだけのことなのだ。

そんなものは、いくら記憶を掘り起こして思って感傷的になっても、あまり役には立たない。役には立たないどころか、自分を反省しても反省しきれず、暗くなるのと同じだけで、百害あって一利なしである。休むに似たり、というやつである。人間は過去に生きることはできない。同時に将来に生きることもできない。

思えば、子供のころは将来に生きていた時期があった。今からこれをこれだけやって仕込んでおけば、将来すごいことができるはずだと思って、いろんなことをしていたような気がする。その結果がこれである。ここまできて、今度は今度で過去に生きていたら、それこそ、何のために生まれてきたかわからないではないか。

人間は過去に生きることはできないし、将来に生きることもできない。今を生きるしかないのである。昨日のことは終わっているし、明日のことは明日にならなければわからない。昨日を悔やんでもそれを取り戻せるわけでもない。明日をいくら思い心配してもどうにかなるものではない。今日一日をどう生きるか、それだけ考えればよいということである。

父を突然亡くし、約2か月。ようやくに喪が明けた気がする。