湯西川日記

fbやツイッターで一年サボりましたが、やっぱりブログです。2016年から復活します。ツイッターの長い版みたいな感じです。

死刑のない国

2012-03-30 22:54:48 | 学習

よその国の事情はよく知らないが、たぶんロシアでは死刑はないのだろう。あの小説がそうだ。「罪と罰」。ひどい話である。主人公のラスコリーニコフは金欲しさに質屋の女将とお手伝いの薄幸の少女を殺してしまう。文字通り強盗殺人である。しかも二人とも斧で一撃で殺ってしまう。凄惨な超凶悪犯である。間違いなく日本では死刑である。

ところが。ドストエフスキーの小説中では、一切死刑の死の字も出てこない。シベリアに流されるくらいである。小説は結局ラスコリーニコフが逮捕され、シベリアに流される。しかし、いずれ帰ってきて恋人と結婚するという約束付である。もうむちゃくちゃな話である。凄惨に血まみれに殺された二人は脇役である。

殺された女将や少女の家族はどう思うだろうか。ラスコリーニコフは、勝手な理屈をこしらえて、被害者は殺されてもよいと信じ込み、反省のかけらもない。死刑だろ、死刑。こんな奴が帰ってきたら、モスクワやペテルブルグの人たちは困るだろう。そう突っ込みいれながら、淡々と小説が語られている。ワシにはこの話を現実感を持ってみることができない。日本に育った日本人だからだ。

死刑のない世界の話は何か違和感がある。日本人は死刑がないと嫌なのだろう。そういう前提になっているから、死刑は廃止にならないのだと思う。議論はゼロから始めないといけないが、日本にはその土壌すらないのである。そういうことなのではないだろうか。


ODDなこと

2012-03-29 22:34:23 | 学習

何だかワシの頭では整理がつかないことがある。

1.死刑反対

死刑執行の日に抗議する。もう決まっているのだから、執行の日に抗議しても遅いのではないか。死刑判決はいいけど、執行は許さん。これは人権擁護ではなくて法秩序混乱が狙いなのかと思えてしかたがない。

2.東電糾弾

福島第一原発の全責任は東京電力にある。とするなら、なぜ、原発廃止を電力会社相手にしないで行政相手にするのか。筋が通っていない。

2.について少々。

小さい議論では東電を糾弾すべきなのだろうが、大きな議論では原子力開発は国が行ったと認識しているから、そうするのだろう。であるなら、原発事故の責任は国にも一端があるということのような気がするが、政府はそれを認めていないし、マスコミもそれを明らかに論じていない。

いったいどこが責任があるのか。東電だけなのか。東電だけで、原子力開発できたのか。それを容認して、電力使用の恩恵を受けてきた国民に責任はないのか。これだけ大きな事故なのに、これに関してはよくわからないことだらけだ。


25年

2012-03-28 21:46:58 | 学習

友人にメールで教えてもらったのだが、今日が大学卒業25周年らしい。今日が卒業式の日だったらしい。そんなことを覚えているのもすごいが、25年もたってしまったことも驚きである。

大学卒業して以来、ずっと仕事しているから、25年社会人生活を送ってきたということである。25年も働いてきて、家庭以外に何を得たのか。はなはだ疑問である。ちっとも賢くなっていない。知識もあやふやである。

また、日々感動のない生活を送っているせいか、月日の経つのも早い。とくにこの10年は早い。東京に出てきてからいろいろ苦労しているはずで、転職もしたし、もっと濃密で長く感じてもよいはずなのに。

あと25年たつと73歳。すぐそこという感じである。今から25年前は父親も同じ年くらいだった。何だか先が見えてきた気分である。それ、合掌。


実家の思い出

2012-03-27 21:21:32 | 学習

うちの実家は、今でも下水はないし、都市ガスも来ていない。そういうわけもあって、ワシが中学2年くらいまでは、なんと、風呂は、かまに薪を燃やしてお湯を立てていた。お風呂は五右衛門風呂の原理で、そのまま入ると熱いので、板を沈めて入る。

その当時は家も狭くて、3DKで狭いキッチンに家族4人が固まってご飯を食べていた。父親は教師で、わりと早く家に帰ってきたから、いつも家族4人でご飯を食べていた。キッチンのすぐそばに風呂の釜があって、火が燃えていたから、冬は非常に暖かかった。

風呂の火はだいたいワシが起こして、近所の里山で拾ってきた薪を燃やす。風呂が冷めてくると追加で薪を燃やす。冬は寒くて、薪を燃やすとことのほか暖かいから全然苦にならない。キッチンには石油ストーブもあって、そこでぎんなんやするめを焼いて食ったりした。父親はキリンの瓶ビールをいつも毎日1本飲んでいた。

ほどなくして、ソーラーを導入したので、釜は廃炉になった。ワシの仕事は一つ減った。もう釜の風呂に入ることはないが、なんだか懐かしい。死んだ父親が懐かしいのと同じくらい。何を思い出しても故人を思い出して寂しくなるのだ。困ったものである。


スキー

2012-03-26 21:55:51 | 学習

うちの一家はスキーが好きで、従来は毎年今頃春休みに家族スキーに行っていたのだが、去年は震災で行けず、この日月で2年ぶりにスキーに行ってきた。山梨県と長野県の境目くらいにある富士見高原スキー場というこじんまりしたスキー場へ行ったのだが、そこそこ面白かった。娘たちも学校のスキー合宿などで結構うまくなっていて、一番下手なのがニョーボであった。

ワシも最初は娘たちにつき合ってとろとろ滑っていたのだが、スキーだけはスピード狂である。空いていたこともあってガンガン滑った。ほとんど転ばないで、かっこうはスタイリッシュではないが、モットーはとにかく速く、だ。

スキーで滑るときは裸眼に限る。下手にメガネなどかけようものなら、ゲレンデの凹凸が目に入る。これが目に入ると変なところに力が入る。これがよくない。少しくらい見えないほうが、フォームが崩れなくてよい。おお、何だか人生訓になっているではないか。

スキー終わって、借り物のブーツ脱いだら、左足の親指の爪が内出血してたいへんなことになっていた。来週は吉川なまずマラソンなのだ。日曜までに治さねば。


prayer

2012-03-22 22:24:08 | 学習

しんどい時に、心落ち着かない時に、「たすけてください」と願いことを祈るのは、精神衛生上よいらしい。願いことをすると、具体的に今後どういう状況に打開できばよいのか、それを言葉として発することになる。これがよい。悩み事をひとに打ち明けるのと同じ効果かある。

しんどいときに一番良いのは、信仰があることだろう。イスラム教やキリスト教はわかりやすい。仏教はどうか。仏教は多神教でもあり、無神教でもある。あまり、仏教で祈るということはしないだろう。日本人は仏教が多いし、基本的に無宗教だから、比較的メンタルで弱る人が多いのは事実だろう。

そうはいっても、簡単にキリスト教やイスラム教に入信するのは難しいし、死ぬまで仏教なのだろう。だいたい、ワシは寺の系列だし、おじいちゃんは住職だった。祖先を裏切るわけにいかない。

というわけで、最近はしんどいので、原始宗教的な願い事だけして、冒頭の祈り的な効果を得られるようにしている今日この頃。まさに苦しい時の神頼みである。


桜便りは

2012-03-21 22:30:47 | 学習

今朝、ひさしぶりに石神井川沿いを歩いて駅まで行ったんだが、桜のつぼみがかなりでかくなっていた。緑のところが見えていたから、もうすぐ咲きそうである。

寒い寒いとは言いながら、だんだん暖かくなってきていて、コートを着ないで出勤している。来週くらい一気に暖かくなってきたら、ちらちら咲くのではないだろうか。

年末に死んだ父親は、生前、桜が咲いてもあまりうれしそうな顔をしていなかった。学校の教師をしていたので、桜が咲くころになると、環境が変わるからストレスを感じていて、あまり好きではなかったようだ。

その代わり、庭に植えてあってたロウバイや梅が咲くとええもんやと、いつも枝を折っては花に近づけていた。今年のロウバイも梅も、ついぞ目にすることができなかったことは残念である。