東北発 歴史調査隊

明治維新の嘘を暴くブログです。

京都

2024-08-01 23:10:27 | 日記
 ゲリラ雷雨ですか・・・。
 
 福岡県にあった福岡藩の最後の藩主の黒田長知は三重県にあった津藩の藤堂氏から養子で入った人で、明治11年(1878年)に家督を譲って隠居して、明治35年(1902年)に亡くなったらしい。次の福岡藩の黒田氏の黒田長成は黒田長知の息子で、貴族院の議員になって、明治27年(1894年)から大正13年(1924年)まで貴族院の副議長を務めたらしい。黒田長成は豊臣秀吉を顕彰する豊国会や菅原道真を顕彰する菅公会の会長を務めたらしい。黒田長成は昭和14年(1939年)に亡くなったらしい。次の福岡藩の黒田氏の黒田長礼は黒田長成の息子で、黒田長礼の時に華族制度が廃止になったようだ。黒田長礼は鳥類学者で、日本野鳥之会を設立したり、日本鳥学会の会長を務めたようだ。
 
 福岡県太宰府市にある太宰府天満宮のHPを見ると、全国天満宮総本宮と書いてある。菅原道真公は太宰府に左遷されて太宰府で亡くなったことになっていて、太宰府天満宮は菅原道真公の墓所に創建されたらしい。菅原道真公の弟子の味酒安行という人が亡くなった菅原道真公を埋葬したらしい。
 
 島根県出雲市にある出雲大社の祭祀は千家家が行ってるみたいだけど、出雲国造家は千家家と北島家に分かれているらしく、出雲大社の祭祀を千家家が行い、出雲大社の隣にある北島国造館の祭祀を北島家が行ってるらしい。千家家は出雲大社教で、北島家は出雲教らしい。
 
 出雲国造家の祖先は天穂日命で、天穂日命は大国主のところに国譲りのために最初に送り込まれ、そのままいて任務を果たさなかったことになっているらしい。
 
 京都にある北野天満宮のHPを見ると、全国天満宮総本社と書いてある。北野天満宮でも菅原道真公を祀ってるらしい。菅原道真公は天穂日命の子孫ということになってるらしく、北野天満宮の本殿の後ろ側には天穂日命が祀られているらしい。
 
 北野天満宮には地主社があって、北野天満宮の創建前からあったことになってるらしいけど、地主社では天神地祇を祀ってるらしい。北野天満宮の七不思議には筋違いの御本殿があって、北野天満宮の参道の正面には北野天満宮の本殿ではなく、地主社があるらしい。
 
 北野天満宮ですか・・・。
 
 
 火をつけるか
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