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澎湖島のニガウリ日誌

Nigauri Diary in Penghoo Islands 澎湖島のニガウリを育て、その成長過程を記録します。

ハマの薔薇展

2023年05月12日 13時09分07秒 | 散歩

 昨日(5月11日)、思い立って横浜散歩。中華街の「山東」で水餃子と粽(ちまき)を食べた後、山下公園を散歩。公園の半分は13日から行われる競技会の準備で閉鎖中。そのため赤煉瓦倉庫方面への散歩が面倒なので、残りの半分で開かれていた薔薇(バラ)展を散歩。
 
 中華街は修学旅行生の姿が目立ったが、薔薇展は平日にもかかわらず、老若男女、それに外国人でいっぱい。コロナは昔話になったはずなのに、まだまだマスク姿が目立った。

 東の空を見ると、黒雲が湧いていたので、ケータイを見ると、我が家方面がかなりの雷雨らしい。少し心配しながらも、ハマの薔薇に見入った。

 

 


お花見散歩

2023年03月23日 13時20分05秒 | 散歩

 昨日、桜を目指して自転車で遠出。いろいろな場所をまわった印象では、今年の桜は色が薄いような感じ。もちろん、日差しにもよるのだが、何か今年はイマイチのようだ。
 
 ただ、昨年と違うのは、コロナ騒ぎも一段落したので、公園では人が多く集っていた。それにしても、皆さんマスクをしているのは、あまりな「同調圧力」かと思った。

 これから、何事もなく、新年度を迎えるといいのだが。


久しぶりの墓参り

2023年03月17日 14時00分06秒 | 散歩

 コロナ禍を口実(?)に何年も墓参りに行かなかったが、昨日、思い立って出かけてきた。桜の開花が報じられたばかりなのに、実際に寺の境内に入ってみると、桜がかなり咲き始めていて、梅もまた見ごろだった。

 普段、亡くなった親のことを考えることもないが、さすがに墓前ではいろいろなことを思い出した。今さら、変えられることではないが。

 春が巡る度に感じるのは、陳腐ながら「人もまた自然の一部」という思い。怒涛の時の流れを押しとどめることはできない。



 


台湾・澎湖諸島のグルメ

2023年02月22日 23時28分13秒 | 散歩

 台湾・澎湖諸島には、15年ほど前に一度だけ行ったことがある。その時の台湾旅行は、言わば「翻身」の旅だった。台湾に特別な関心はなく、むしろ大陸の方に魅力を感じる私だったが、澎湖島での見聞がそれまでの固定観念を大きく覆した。

 馬公市で中国語(台湾では華語という)のレッスンを受けたのだが、そのときの先生は若いパイワン族の男性。家族の話をする中で、先生の祖母は夏子(なつこ)と言う名前で、よく「雨雨降れ降れ」を唄ってくれた。祖父は日本軍の歩兵銃を隠し持っていて、いつも手入れしていた。先生は「私は国民党よりも、日本の方が好きですね」と言っていた。

 馬公市には、日本統治時代から大切に保存されている「迎賓館」があり、かつては皇室関係者の宿泊場所として利用された。純粋な和風建築であり、畳と障子の部屋はタイムスリップしたかのような感じがした。

(馬公市記念館=旧迎賓館)

 つまり、澎湖諸島・馬公市では、否応なく日本が台湾に遺した歴史の残像に向き合わされたということか。それ以来、私は「台湾迷」(台湾ファン)の一人になってしまったようだ。

 その澎湖諸島だが、一体どういうところなのかという映像や記述は、かなり少ない。最近になって「台湾ひとり旅」の「ゾロ」と自称する方が、馬公市の街並みやグルメを紹介している。これは先月末、旧正月休みの頃の映像らしい。
 「ゾロ」さんは、グルメの話が主体で、歴史的建造物などには関心がないらしい。だが、旧正月の馬公市の賑わいを図らずして伝えてくれている。懐かしく思い出した。今の季節は、毎日のように強風が吹くのだと。

 

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蒲郡クラシックホテルと竹島周遊

2022年11月02日 23時38分52秒 | 散歩

 「蒲郡クラシックホテル」に宿泊し、近くの竹島を周遊しようと、この月曜、愛知県蒲郡(がまごおり)市へ。新横浜から豊橋まで「こだま」でのんびりと、豊橋から東海道線の「新快速」に乗ると一駅で蒲郡へ。
 
 「蒲郡クラシックホテル」は、竹島を望む高台に建つ、文字通りのクラシックホテル。三階の部屋からは、このような眺望が。


 このホテルについてwikipediaを引用すると、「1912年明治45年)創業の料理旅館「常磐館」の別館として、1934年昭和9年)に建てられた城郭風建築のホテル「蒲郡ホテル」である。」と記されている。

 ホテルから見える竹島は、島全体が神社になっていて、荘厳な雰囲気が漂う。

「蒲郡のシンボル「竹島」は、三河湾にぽっかり浮かぶ、周囲約680メートル、面積約1万9000平方メートルのかわいらしい小島。岸からの距離は約400メートルで、竹島橋で結ばれており、歩いて渡ることができます。
そんな小さな島ながら、これまでの調査で65科238種の高等植物の自生が確認されており、島そのものが国の天然記念物に指定されています。自然そのままの姿が残る道や岩場をたどれば、約30分で島の外周をぐるっと1周できます。島の中央にある「八百富神社」は、開運・安産・縁結びの神様を祀る「日本七弁財天」のひとつとしても知られています。
また竹島海岸は日の出の絶景スポットとしても有名で毎年初詣と初日の出を楽しみに多くの人が訪れています」(「AichiNow 愛知県の公式観光ガイド」より)

 

 竹島の海沿いは遊歩道になっていて、ちょうどいい散歩コースという感じ。江の島とは異なり、周囲は三河湾の内海なので、波も穏やか。この種の信仰の島には、和歌山・田辺の神島があるが、あちらは立ち入りが禁止。この竹島は貴重だ。

 「蒲郡クラシックホテル」は、建物は古く重厚だが、ホテルの室内はリニューアルされていて、心地よい。フレンチのディナーは、気取り過ぎず、丁寧なサービスで、味も素晴らしい。家人は「(同じクラシックホテルとされる)川奈ホテルよりも、味もサービスもいい」と評した。
 「旅行支援」を使って、一泊18,000円(ひとり)ほど。3,000円のクーポンは、夕食のワイン代に。大いに満足。




 翌日は市内の和食店「うえむら」で鰻重。関西風のカリッとした鰻に甘いたれ。これも大満足。豊橋で新幹線が来る前に市内散策。市電に乗り「市役所前」で下車。戦禍を免れた歴史的建造物「豊橋市公会堂」と、それに続く吉田城址を巡った。タクシーの運転手さんが「この辺は関西からの観光客が大多数。関東の人は浜松までか、ここを通り過ぎてしまいますね」と言っていたが、さすが三河、豊かな土地柄は想像以上だった。





 

 


八王子をブラリ散歩

2022年06月01日 19時52分22秒 | 散歩

 先日の「ブラタモリ」が八王子を特集したこともあって、冒頭の部分でタモリが散歩した公園を探そうと、ブラリと八王子に。
 以前の「ブラタモリ」は高尾山を採りあげたことがあるので、今回は「でっかい八王子」がテーマ。八王子がこんなにでっかくなって、それにもかかわらず政令指定都市にもなれない理由は、八王子市が主体的にかかわったのではなく、国の都市政策が極めて貧困だった結果に過ぎない。東京への一極集中が、「でっかい八王子」を作り上げたと言っていい。八王子市の巨大化について、何か特別な秘密があるかのようにほのめかすのは噴飯ものだ。

 京王八王子駅を降りて、都立南多摩中等教育学校の横を抜けて、浅川の方向へ。路地を歩いてみたが、結局、当該公園は見つからなかった。
 その代わりでもないが、松任谷由実(ユーミン)の実家は見つかった。ターミナル駅の目の前にあるのだから、立地は抜群。彼女が通った立教女学院は杉並区だが、この駅前からなら比較的短時間で行けたのかも。



 次は、高尾山口駅前の「極楽湯」へ。週日とはいえ、温泉は高齢者でかなりのにぎわい。のんびりとお湯につかった後、ビールは格別の味だった。



 


「クレマチスの丘」「韮山反射炉」へ

2022年05月22日 09時31分03秒 | 散歩

 木・金曜日(19,20日)、静岡県三島市方面に出かけた。駅前のホテルに宿泊したが、今回は三島大社、楽寿園などの「定番」には行かず、「クレマチスの丘」「韮山反射炉」を訪ねた。

 好天に恵まれたが、季節柄か、富士山の雄姿は短時間しか見られなかった。雲に隠れた富士山を背に、修善寺行きの伊豆急駿豆線に乗り「韮山」駅で下車。迂闊にも韮山反射炉の最寄り駅はここではなく、次の「伊豆長岡」駅だと知った。そこでタクシーを呼び、十数分走って、反射炉に到着。結局、「伊豆長岡」から行くとしても、週日(月~金曜日)にはバスが走っていないので、タクシーを利用する必要がある。
 
 反射炉がある公園は、入場料五百円。意外にも、静岡県ナンバーの車でやってきた高齢者が多かった。これは、静岡県内で「Go To Travel」が実施されているからか、と思われた。
 産業遺産としての韮山反射炉は、日本の近代化の出発点の一つ。幕末に西洋列強の開国要求に対峙するために、自力で開発したこの反射炉は、市役所のHPには次のように書かれている。

「幕末期の代官江川英龍(坦庵)が手がけ、後を継いだその子英敏が完成させました。反射炉とは、金属を溶かし大砲などを鋳造するための溶解炉。韮山反射炉は、実際に稼働した反射炉として国内で唯一現存するものです。」

 公園の様子は、こんな感じ。



 翌日は、「クレマチスの丘」へ。
 この文化複合施設については、次のような記述がある。

「クレマチスの丘(Clematis no Oka/クレマチスノオカ)は、静岡県長泉町にある複合文化施設。ベルナール・ビュフェ美術館や井上靖文学館など4つの美術館・文学館と、地場の食材を堪能できるレストラン、そして自然公園からなる。

ベルナール・ビュフェ美術館は、第二次世界大戦後のフランスの代表的具象画家、ベルナール・ビュフェの世界最大規模のコレクションを誇り、その数は油彩や版画など合わせて約2,000点に及ぶ。黒い描線と抑制された色彩、研ぎすまされたフォルム、そして独特の虚無と悲壮とを湛えた作品の数々を楽しめる。

また、ヴァンジ彫刻庭園美術館は、イタリアの現代具象彫刻家ジュリアーノ・ヴァンジの、世界で唯一の個人美術館。彫刻とは何かという問いに基づき、伝統を意識しつつも時代を切り拓く立体表現の作家たちを中心に紹介している。また併設の庭園では、多彩な品種のクレマチスが四季折々に咲き誇り、一年を通してその魅力に浸ることができる。」

 この公園の存在を教えてくれたのは、息子のお嫁さん。静岡県出身なので、三島に行くと言ったら、真っ先に紹介してくれた。クレマチスが花の名称だということさえ、知らなかった私なのだが、迷わず行ってみた。
 公園は、二つのブロックからなり、庭園彫刻美術館と文学館がメイン。両ブロックを遊歩道には、うっそうとした森の中に長いつり橋が架かっている。ヴァンジ彫刻庭園美術館には、今真っ盛りの花々が咲き乱れていた。週日なのに駐車場は満車。人出は多かったが、何しろ広々としているので、ゆったりとした気分に浸った。






 


薔薇(バラ)展に行く

2022年05月12日 01時54分53秒 | 散歩

 植物公園で開催中の「春のバラフェスタ」に行く。

 朝早く(5月11日)出かけたつもりだったが、9時半の時点で入場券売り場はかなりの混雑。駐車場にも続々と車が入ってきた。ほとんどがジジババばかりで、「高齢社会」を実感する。他人事ではないが…。

 青天のもとのバラは、どれも美しい。あっという間に一時間半が過ぎ、駐車場に戻ったら、満車状態になっていた。コロナ禍の抑制は、すでに吹き飛んだかのようだ。官房長官と東京都医師会の関係者が、「屋外でのマスク着用は止めてもよい」と発言したばかり。マスクを着けてバラを愛でるなどという光景は、もう見たくないね、という感じ。

 


新緑の横浜を散歩

2022年04月22日 20時17分06秒 | 散歩

 きょうは(4月22日)久しぶりの青天。気温もぐんぐんと上がり、こんな日はどこかに行かなくてはと思い、ぶらりと横浜へ。

 重慶飯店(ローズホテル内)でランチを楽しんだ後、中華街、山下公園へ。



 中華街のメインストリートは、週日にもかかわらず、観光客でいっぱい。ほぼ全員がマスクをしていることを除けば、コロナ禍のイメージはほぼ感じられない。目立つのは、店舗のリニューアルや新規参入が多いことだ。例えば、「台湾」の良いイメージに便乗してか、台湾小籠包やフライトチキンの店ができていたり、中には「台湾美食 王府井」という奇妙な名前の店もあった。

 山下公園では、「花壇展」が開かれていた。横浜市内の園芸業者が、造園(花壇)の腕を見せる場だろうか。横浜から生まれた童謡「赤い靴」をモチーフにした花壇など、見ごたえのある展示がそろっていた。



 大桟橋には、二隻のクルーズ船が停泊していた。手前の船は「にっぽん丸」と書かれていた。コロナ禍直前、家人が「ダイアモンド・プリンセス」に乗ったこともあるので、クルーズ船の再開も待ち遠しい思いだ。



 帰路、関帝廟の隣で工事中だった「横浜中華学院」が竣工に近づいていることを確認。以前、重慶飯店別館があった場所を新たに学院の校地として、校舎の新築工事が続いていた。学校の歴史を示すプレートが新しく作られ、校舎の横には青天白日旗(中華民国=台湾の国旗)がひるがえっていた。

 


植物公園を散歩

2022年03月25日 19時59分50秒 | 散歩

 コロナ禍で閉園となっていた植物公園が再開と聞き、でかけてきた。園内のテーブルに座って、ひとりランチ。ポットに入れていたコーヒーで体が温まった。

 ソメイヨシノはまだわずかしか開花していないが、別の種類の桜や、桃の花はかなり咲いていて、心をなごませた。「コロナ、コロナ」と騒いでいたマスメディアは、今やウクライナ一色。今日あたりは「北のICBM」がどうのこうのと煽っている。歳をとって思うのは、TVなどの情報に踊らされることの愚かさか。こうやって、花を見ていると、「人はいさ、心は知らず故郷は…」とかいった一句が浮かんでくる。

 園内は、ジジババの集会のよう。年度末の週日(ウイークデイ)だから、働き盛りの若者などいるはずもない。この老人たちも早晩、ここに来れなくなるのだなあ、と他人事のように思ってしまった。


深大寺のだるま市

2022年03月05日 10時34分09秒 | 散歩

 深大寺(東京都調布市)の「だるま市」に出かけてきた。例年、3月3・4日に開かれるが、昨年はコロナ禍で中止、今年は簡易的な開催となった。(下記の記事のとおり。)

 昨日(4日)の昼前、深大寺に着いたが、人混みは予想したほどではなかった。参拝の行列も五分くらい待つ程度。「だるま」を売る掛け声も、全く聞かれなかった。多分、「まん延防止措置」か何かで、かなりの規制がかかっているのか。

 参道の梅はほぼ八分咲き、湧水も温んできた感じ。春らしい、穏やかな日和を楽しんだ。



 

 

 

 

 

調布・深大寺の日本三大「だるま市」縮小開催へ 限定朱印も

深大寺の僧侶が直々に目入れを行う「だるまの開眼所」、昨年の様子

深大寺の僧侶が直々に目入れを行う「だるまの開眼所」、昨年の様子

 

 調布・深大寺の最大で伝統行事でもある「厄除元三大師(がんざんだいし)大祭 だるま市」が3月3日・4日、今年も規模を縮小して執り行われる。

散華付の「だるま市限定朱印」(500円)

 元三大師堂で執り行う大護摩供は、時間を10時~15時(最終受付14時45分)に限定し、堂内の「密」を避けるため間隔を取って祈願する。高僧が列を成し境内を進む主要行事「お練り行列」は中止。

 同大祭に併せ立つ縁起だるま市は、富士、高崎と並ぶ日本三大だるま市の一つ。調布の春の風物詩として有名で、参道や境内にはだるま店が立ち並ぶ。大師堂正面に「だるまの開眼所(目入れ所)」が設けられ、購入しただるまには僧侶が直々に目入れを行う。

 同寺の目入れは独特で、左目に梵字(ぼんじ)の「阿(あ)」を書き入れて開眼し、心願かなっただるまの右目に「吽(うん)」を入れ、感謝を込めて納める。

 同寺担当者は「今年もだるま市を、ぜひ開催してほしいという地元からの問い合わせが多く、感染対策を徹底し、規模を縮小して開催することに決定した。皆さまの協力あってのだるま市なので、マスクの着用、食べ歩きの禁止などの感染対策への協力をお願いしたい」と呼び掛ける。

 だるまの開眼所は9時~17時。両日限定で散華付き「だるま市限定朱印」(500円)を頒布する(※紙の頒布のみ)。


メタセコイヤの紅葉

2021年11月30日 22時13分19秒 | 散歩

 比較的暖かな一日だったので、近くの公園を散歩。晩秋の日差しの中、メタセコイアの並木が、黄金色に輝いていた。

 メタセコイヤで思い出すのは、子供のころ、鶴巻という地名の河原に父が連れて行ってくれて、河原の粘土の中から木の葉の紋様が刻まれた石欠片を見つけてくれた。それが、2000万年から200万年ほど前に栄えたメタセコイヤの化石であることを知った。
 
 ”生きた化石”といわれるメタセコイヤを見るたびに、父親と散歩した日々を思い出す。


横浜ロープウェイ散歩

2021年11月21日 19時28分34秒 | 散歩

 週末、今年4月に開通したロープウェイ(Yokohama Air Cabin)に乗るため、横浜へ。

   横浜スタジアム近くの駐車場を利用し、中華街の謝甜記で昼食、その後、タクシーで桜木町駅へ。運転手さんから、新しくできた横浜市庁舎を教えてもらったが、旧庁舎とは全く異なる、高層ビルの威容に圧倒された。市役所の皆さんも、お洒落な服装で出勤しないとね、と思った。

 ロープウェイは、桜木町駅←←→→運河パーク駅(635m)を5分で結ぶ。運賃は、片道千円、往復だと千八百円。ロープウェイからの景色をみると、この運賃はさほど高いとは思えない。これは、YouTuberのスーツ君の見解※に同意する。

 運河パーク駅からは海沿いに赤煉瓦倉庫、山下公園を歩いて、再び中華街の入り口へ。みなとみらい線の元町・中華街駅入り口近くにある台湾スイーツの店「Meet Fresh 芋鮮仙」でタロイモ入りのお汁粉を食べた。

 イイネ! ハマは。



※ 横浜桜木町のロープウェイに乗ってみた! 1000円の価値十分あり


 


小室山(静岡県伊東市)を散歩

2021年11月02日 20時39分22秒 | 散歩

 先週末、川奈ホテルに一泊して、伊豆ジオ・パークのひとつである小室山を散策。大室山はこの春訪れたが、意外にも小室山の方が広く眺望が開かれ、山頂にカフェもオープンしていたりして、結構楽しめた。
 快晴だったので、伊豆七島の五島、房総半島まではるばると望めた。山頂の「小室神社」では、小室魔子夫妻の安寧を願ったというのは、もちろんブラックジョーク。富士山が噴火せず、眼下の海岸線に津波が襲うような日が来ないように祈願した。

 それにしても、日本は狭いね、といつも思う。