佐野昌平支社長から、恩田美奈は「君は、限界だ。辞めてもらうよ」退社を迫られた。
だが、恩田美奈は大学の先輩が勤務する女性週刊誌に前から誘われていたので、潮時と判断したのだろうか、すんなりと「分かりました」と退社を受け入れて、社を去ってゆく。
恩田はその後、当時14歳であったアイドルの山口百恵のインタビュー記事も書いている。
一方、大山尚子は彼女を採用時に面接した大阪本社の専務兼主筆に泣きついたものの、「オオちゃん、1、2年、ワイの下で修業するんや。ええな」と説得される。
尚子の追い出しに成功した事務職員の浜地詩乃は、私にアタックしてきたのだ。
そのように仕向けのは、皮肉にも私の上司であり、大学の先輩の能見優斗であった。
「南、大山なんか相手にするな。あんなふざけた女はいないぞ!」私を日本橋の居酒屋に誘った能見は意外なことを言うのだ。
「南は、本当に大山に惚れているのか、どうなんだ」
「大山さんは、同僚以上の関係ではないんです」
「そうなのか。それなら、俺はこれ以上は大山については、何も言ういわない」
私はこの時、「何んのことですか?」と上司に質すべきだった。
尚子に私が知らない「裏の顔」があったことを、知るのが怖かったのかもしれない。
後年に知ったのであるが、尚子は夜の赤坂や渋谷で金銭目的で男漁りをしていたのである。
遅刻、欠勤が増えた尚子に疑心暗鬼となった能見は、退社後の尚子を尾行していたのだ。
「南、浜地詩乃さんと真剣に交際しないか? 彼女は前々から、お前さんに惚れているそうだ。浜地さんは千葉の女で情は深いぞ。どうなんだ?」私は、「自分のことを好きだ」と言う女性が身近にいたことに、言い知れない思いがしてきた。
私は、浜地の尚子に対するいじめは、私への浜地の好意の裏返しなのかと考えてもみた。
だが、浜地は27歳の私より3歳年上であったのだ。
私は母親に、浜地詩乃のことで相談した。
だが、「相手はお前より3歳も年上なの、絶対にダメ!」母親に強い口調で言われ、返す言葉もなかった。
私は情けないこのに、子どものころから、母親にほとんんど逆らえない優柔不断な男だった。
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