飯田橋駅に近いカラオケ店はビルの2階にあった。
徹たちが勤務する出版社は飯田橋1丁目にあり、地下鉄東西線の九段下駅を利用している社員が4人居た。
徹は飯田橋駅から秋葉原駅を経由して上野駅から高崎線に乗り換えて上尾駅まで、駅から住まいの団地まではバスを利用していた。
広田雄一社長の自宅は日暮里駅に近かった。
カラオケ店まで社長が赤ちゃんを抱いて行く。
カラオケに参加したのは7人だった。
まず、社長が森進一の「おふくろさん」を歌った。
徹と編集長はこの店でも日本酒を飲む。
村瀬尚樹編集長は「神田川」を歌う。
荒川由紀がテレサ・テンの「時の流れに身をまかせ」を歌う。
徹は由紀の歌唱力に驚く。
徹は肺がんで37歳の若さで亡くなった大学の先輩で同僚であった米岡健二を想って、彼の十八番の「時代おくれ」を歌う。
彼は元映画界に居て、脚本も書いていたが、作品が世に出ることはなかった。
米岡は社長から文章力を指摘され、その事で徹に不満をぶつけたこともあった。
「この文章のどこが、問題なのかな。理解しがたい」
徹は「時代おくれ」を米岡と合唱したことがあった。
編集長の妹で経理担当の村瀬明美は松任谷由実の「やさしさに包まれたなら」を歌う。
平原今日子はエディット・ピアフの「愛の賛歌」を熱唱した。
飛行機事故で亡くなったボクシングのチャンピオンの愛人・マルセル・セルダンに捧げた歌だ。
平原は鉄道事故で亡くなった夫を追慕して歌ったのかもしれない。
そして、小田絹子が真璃子(まりこ)の「お嫁に行き たい」を歌う。
何か、切なくなる歌詞であった。
ソファーで赤ちゃん眠っていた。
由紀が隣で赤ちゃんの頬を人差し指で触っていた。
徹の隣に座る平原今日子が徹の耳に口を寄せるようにして、「小田さんの赤ちゃんのお父さんは誰なのかしら」と囁く。
声に皮肉がこもっていた。
平原は義弟である広田社長と小田絹子が、ラブホテルに入るのを偶然目撃していた。
徹は唐突にテーブルの陰で平原の手を握った。
ばぜ、そんな行為に及んだのか。
その手を握り返された。
「飲み過ぎたな」と自責の念にかられた。
完全なセクハラである。
「これは、プラトニックよ」と彼女が囁く。
敬虔なクリスチャンの言葉を聞く想いがした。
「お嫁に行き たい」(作詞:高見沢俊彦)
もしも願い事が みっつ叶うなら
神様 ひとつめは あなたに会いたい
遠く離れるほどに 想いはつのる
I just fall in love 片想いだけど
いつかお嫁に行きたい
あなたのところへ お嫁に行きたい
白いウエディング・ドレスを着て
ふたつめはどんな時も 綺麗に見えるように
泣きはらした瞳でも いつも輝くように
赤い糸の伝説 信じているわ
Ijust fall in iove 片想いだけど
いつかお嫁に行きたい
あなたのところへ お嫁に行きたい
白いウエディング・ドレスを着て
ラララ…ラララ…ラララ…
神様 みっつめは 翼をください
I just fall in love 飛んで行きたい
いつかお嫁に行きたい あなたのところへ
お嫁に行きたい 倖せになりたい
いつかお嫁に行きたい
あなたのところへ お嫁に行きたい
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