ハラスメント禁止条約、初の国際ルール、ILO総会
2019/6/20 日本経済新聞
【ジュネーブ=細川倫太郎】国際労働機関(ILO)は20日、職場での暴力やハラスメントを全面的に禁止する初の国際条約を採択した。従業員や就職活動中の学生など幅広い関係者へのセクシュアル・ハラスメント(セクハラ)や嫌がらせを禁じ、政府や雇用主に対策を講じるよう求めた。性的被害を告発する「#Me Too」運動などが世界で広がる中、法的拘束力のある条約でハラスメント撲滅を目指す。
スイス・ジュネーブで開催しているILOの年次総会の委員会で採択した。21日の最終日の本会議でも採択し、正式に成立する見通しだ。
条約では暴力やハラスメントを「身体的、心理的、性的、経済的被害を引き起こしかねない行為」などと定義し、これらの行為を法的に禁止する。保護されるべき対象は従業員やインターン実習生、ボランティアなど幅広く含んだ。職場や出張先だけでなく、通勤途中やSNS(交流サイト)などでのコミュニケーションでも適用する。
雇用主には被害防止へ職場で適切な措置を取るように、政府には法律の施行や被害者の救済支援を求めた。内部通報者らが報復を受けることのないような防止策も必要とした。暴力やハラスメントが発生した場合は必要に応じて「制裁を設ける」とも明記した。
条約を批准するかどうかは各国の判断に委ねられ、国会などで審議する。原則、条約は2カ国が批准してから1年後に発効する。批准する国は条約に沿った国内法の整備などが必要で、加盟国はILOに国内の運用状況を定期的に報告する義務がある。
今回の総会では各国の首脳も参加し、条約の必要性を訴えた。フランスのマクロン大統領は演説で「働く人を守るための法律が必要で、すばらしい内容だ」と述べた。
日本では5月に職場でのパワーハラスメント(パワハラ)防止を義務付ける関連法が成立した。上下関係を背景としたパワハラは許されないと明記した。だが、行為そのものの禁止や罰則は盛り込まず、企業に相談窓口の設置などの防止策を義務付けるにとどまる。職場内での取り組みが中心で、就職活動中の学生など従業員以外への対応も明確ではない。
セクハラ、妊娠や出産をめぐる嫌がらせのマタニティーハラスメント(マタハラ)は既に企業に防止策が義務付けられている。ただ、これらも禁止規定はなく、実効性への疑問の声も多い。
今回のILOの条約とのかい離は大きく、日本が批准するにはさらなる法改正が求められる。法律で禁じると訴訟リスクが高まるため経済界は慎重で、批准には時間がかかる可能性がある。
ILOは労働に関する国際基準を作る国連機関で、187カ国が加盟している。児童労働の禁止などこれまでに189の条約が制定され、日本の批准数は49にとどまる。
------------------------------
2019年6月22日NHK
ILO=国際労働機関は、スイスで開いていた総会で職場での暴力やハラスメントを全面的に禁止する、初めての国際条約を採択しました。今後、各国が条約を批准し、職場での暴力やハラスメントの根絶につながるか注目されます。
ILOは、セクハラや性暴力を告発する「#MeToo」運動が世界的に広がっていることを背景に、職場での暴力やハラスメントを禁止する新たな国際条約について去年から本格的に議論を始め、21日、ジュネーブで開いた総会で加盟国や労働組合、それに経営者団体が参加して採決を行いました。
採決では、加盟国の政府に2票、労働組合と経営者団体にそれぞれ1票ずつ投票権が割り当てられ、結果、条約は賛成439、反対7、棄権30と、圧倒的多数の支持を得て、採択されました。
このうち日本から参加した政府と連合は支持に回った一方、経団連は棄権しました。
条約では、暴力やハラスメントについて「身体的、心理的、性的、経済的被害を引き起こしかねない」などと定義し、法的に禁止するとしています。
対象になるのは、正規の従業員のほか、インターンやボランティア、それに仕事を探している人も含まれ、職場だけでなく、出張先や通勤中なども適用されるとしています。
今後、ILOの187の加盟国はそれぞれ条約を批准するか検討し、批准した国は、条約に沿った国内法を整備していくことが求められていて、職場での暴力やハラスメントの根絶につながるか注目されます。
ハラスメント禁止条約の背景
ILOが、職場での暴力やハラスメントを全面的に禁止する初めての国際条約を採択した背景には、セクハラや性暴力を告発する「#MeToo」が世界的に広がり、女性に限らずすべての人に対する暴力やハラスメントを許さない風潮が高まったことがあります。
条約の制定を目指す話し合いの中で、ヨーロッパなどすでに国内法の整備が整っている国は条約を支持する一方、アメリカやロシア、それに経営者団体などは慎重な姿勢を示していました。
条約の内容は、ILOの専門委員会で今月10日から議論が行われ、暴力やハラスメントをどのように定義するのかなどを巡っても意見が分かれましたが、最終的にはハラスメントを広く厳しく禁止する内容で圧倒的多数の支持が集まり、採択されました。
ヨーロッパでのハラスメント対策
世界では、ヨーロッパを中心に、暴力やハラスメントを国内法で禁じ、罰則を設ける国が数多くあります。
このうち北欧スウェーデンでは、ハラスメントは差別であると位置づけられていて、職場で差別行為を行った場合、罰金を科される可能性があります。
また、フランスでも、職場でのモラルハラスメントは法律で禁止されています。
ことばや態度によって従業員の権利や尊厳を傷つけた場合、身体や精神的な健康を損なわせた場合、そして、将来的なキャリアを危険にさらす行為を行った場合、日本円で最大およそ360万円の罰金や2年間の禁錮刑を科されることになっています。
労働団体からは歓迎の声
ILOの採決について、カナダから参加した労働者の団体のマリー・クラークウォーカーさんは、「このような国際条約ができることは、1年前には想像すらできませんでした。『#MeToo』運動の結果であり、世界の労働者にとって、権利を勝ち取った大きな勝利です」と述べ、喜びを表していました。
日本政府「批准には検討が必要」
日本政府を代表して参加した厚生労働省の麻田千穂子国際労働交渉官は、「仕事の場での暴力やハラスメントについて国際的な労働基準が初めてできた意義はとても大きい。国内政策でも今、私たちは職場のハラスメントをなくそうと一生懸命取り組んでいるところで、まさに方向が一致している」と述べ、条約の採択を歓迎しました。
一方で、日本が条約を批准するかどうかについては、「条約の採択に賛成するかどうかということとは次元の違う話で、国内法と条約の求めるものの整合性について、さらに検討していかなければならない」と述べ、今後、関係する省庁とともに慎重に議論を進めていく考えを示しました。
連合「歴史的な成果」
また、労働組合の連合は「ハラスメントに特化した初めての国際条約が採択されたことは、歴史的な成果として大いに評価したい。
条約は、暴力とハラスメントのない社会を実現するための第一歩だ」としたうえで、日本政府に対し、ILO加盟国の一員として条約の早期批准と、そのための禁止規定を含めた国内法のさらなる整備を求めていくなどとする談話を発表しました。