カキぴー

春が来た

懐かしの「南回り欧州線」と、「ナイル」の旅(3)

2011年05月10日 | 旅行記
アガサ・クリスティーが長期滞在し小説の構想を練ったのが、ナイル川沿いの岬の上に建つコロニアル様式の「アスワン・オールド・カタラクトホテル」。 僕らもここを指定して宿泊したが、彼女の滞在した部屋は「アガサ・スイート」として保存されていた。 建物は1899年(明治32年)に建てられ、ホテルに改装されてからは王族、貴族をはじめミッテラン、チャーチル、ダイアナ妃なども宿泊しており、さながら良き時代の「香港リバルスベイ・ホテル」を彷彿とさせる。

しかし実際の撮影には1901年に「王の離宮」を改装したルクソールの「オールド・ウインター・パレス・ホテル」が使われている。 格式のあるホテルとはいえ設備の老朽化はいかんともし難かったが、2011年の11月には大規模なリニューアル工事が完了すると聞く。 それにしてもデッキサイドのテーブルで涼風に吹かれながら、バカルディー・トニックを片手に眺めたナイルの落日は素晴らしかった。 川を遡るファルーカ(帆船)の白いセールが夕日を浴びて映える風景は、まさに一服の絵画。

「ルクソールは」アスワンとカイロの中間に位置し、古代エジプトの都「テーベ」(古代ギリシャの都市国家)のあった場所、街はナイル川によって分断されている。 日が昇る方角の東岸には「カルナック宮殿」や「ルクソール神殿」など生を象徴する建物が、日が沈む方向の西岸には死を象徴する「王家の谷」や「王妃の谷」がある。 盗掘を免れた「ツタンカーメン王の墓」はやはり特別な存在と感じた。 ところで幸運にもルクソールの空港で、機首を12・5度下方に折り曲げ3000mの滑走路を一杯に使って着陸する 超音速旅客機「コンコルド」を見ることができた。 チャーター便として飛来したもので、高度5万5000フィート~6万フィート(約2万m)をマッハ2・0(2160km/h)で飛んできた、今は亡き「怪鳥」の姿を目の前にしてすっかり感激。

気温45度での史跡巡りで飲んだミネラルウオーターは当時1リッター130円、ガソリンがリッター25円だったから価格差5倍強。 これほど貴重な水を下の街から運んでくる従順なロバだが、一生に1度、手がつけられないほど暴れることがあるらしい。 このときばかりは仕方なく殺すしかないと言う話を聞いた。 もう一つ現地で聞いた話で記憶にあるのは、隣国リビア・カダフィ大佐の評判がすこぶる悪かったこと。 近隣の国から金に任せて残忍な兵士を多く集めていることも耳にした。

エジプトの旅も最終行程で、ルクソールからカイロまで豪華寝台列車?と銘打った「ナイル・エクスプレス」を利用した。 ドイツ製の専用客車をディーゼル機関車が引っ張る。 これを運営する「ワゴン・リ社」は、かって「オリエント急行」を走らせてた会社。 運賃は2人用のコンパートメントを1人で利用すると飛行機代より高くつくが、一応機内食並み?の食事が2回付く。 困ったのは冷房の調節ができないこと、しかしこれはすぐに解決方法を思いつく、実は暖房を使って調節するのだ。 所要時間は10時間。 最後に特筆すべきは、カイロからパリまで飛んだエアフランス・Aー300・エコノミークラスの機内食。 前菜はサーモンと海老のテリーヌ、メインは肉の煮込み料理、クレソンとエンダィヴのサラダも付き、デザートはカシスのソルべ。 料理もパンも美味しかったし、ワイン、ヴァンムースもお替わり自由。 まさにフランスのエスプリを堪能した素晴らしい4時間のフライトだった。