goo blog サービス終了のお知らせ 

カウンセラーのコラム

山梨県甲府市でカウンセリングルームを開業している心理カウンセラーの雑文です。

おっぱいバレー

2011年01月03日 | 日記 ・ 雑文
昨日は映画『おっぱいバレー』を家族で観た。とっても愉快な作品だったので大満足だった。舞台は1979年の地方の中学校。私も当時中学生だったので背景や登場アイテムやBGMに懐かしさを覚えながら観ることができ、その意味でも楽しめた。

劇中のエピソードに印象に残った場面があった。それは「顔を上げて前だけを見つめて歩めば、……云々」というセリフが述べられたシーンだ。「……云々」の箇所は正確に記憶していないが、ポジティブな内容だったと思う。ともかく、そのセリフが意味・象徴しているものに対して「なるほどなあ!」と深くうなづけたのだった。
我が身を振り返ってみると、この「前だけを見つめて歩む」がいかに容易ではないか、じつにリアルに実感できる。また、現在“紆余曲折の渦中にある人”や“前を見失っている人”にとっては、さらに深くしみじみと実感できるのではなかろうか?
前以外の方向、すなわち左右を意味するのは“環境や他人”であるし、後ろを意味するのは“過去”である。このように置き換えるならば、人がいかに左右や後ろにとらわれ、かつこだわることにより前進できなくなっているか、容易に理解できると思う。前だけでなく、左右も後ろも気になったとしたら、他の誰とも異なる唯一の存在である“私自身”を生きられなくなるのは当然ではないか!? と、自戒の念を込めてあらためて気づいたわけである。
と同時に、このような状態に陥ってしまうのは、不幸にして人は「前後左右しか認識できない」からではないか? と思った。上下はもちろん“天と地”を意味・象徴するが、この二つの存在を忘れてはなるまい。私の生命に必要な空気は“天”が与えてくれている。私の足は“地”が支えてくれている。ゆえに私は未来に向かって歩くことができる。
ただ歩くのに「その他の条件も必要だ。条件が揃ってないから歩けない」と考えるなら、それはひょっとすると欲しがり過ぎではないか? ……と思った。

新年にあたって、このような決意をあらたにしたところなので、「忘れないうちに書き留めておこう!」と思った次第である(苦笑)。

余談になるが、カウンセリング過程におけるクライエントの陳述内容は「徴候から自己へ、環境から自己へ、他人から自己へ、と変化していく」という事実。「よりいっそう刻々の現在を生きるようになっていく」という事実。文章を書きながら、そんなことも連想した。
カウンセリングにおけるこれらの変化は「人格の変容に伴なうもの」だと考えているが、実際にはそれがいかに大きな変化であるか、ということ。別言すれば「刻々の現在を生きる」とか「未来に向かって歩む」という方向に転じることが、いかに重要な態度・行動の変化であるか、ということ。そしてまた、それを可能にする“心の働き”(誰もがみな本来持っている、と私は考える)がどれだけ霊妙なものであるか、ということ。
……といったことなども再認識できたところである。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

甘栗を食べながら

2010年12月27日 | 日記 ・ 雑文
小腹が空いたので、甘栗を食べながらぼんやりとテレビを視ていた。今日の夕方頃のことだ。妻と息子(6歳)は外出していた。数日前から息子の歯茎が一部腫れていたので、念のため近所の歯医者に行っていた。

ふと、1ヵ月くらい前のある場面を思い出した。息子と私の二人は台所のテーブルでおやつ代わりに甘栗を食べた。妻がどうしてそこにいなかったのか、はっきりとは思い出せない。
最初の内は私が皮をむく係りで、彼が食べる役だった。「これはマズイなあ」と思った。なぜならこの状況が続く限り、私の口には栗がひとつも入らないからである(苦笑)。
しばらくして、彼も皮をむく作業を始めた。そうするように促したわけではないが、きっと私の皮むきを見て、それをマネしたくなったのだろう。お皿の上に皮をむかれた甘栗が次々と載せられていった。
私も決して上手なほうではないが、彼の手さばきはもっとぎこちない。半分に欠けたのやらバラバラになった不揃いな栗が、皿の上に無造作に置かれていく。たまに形を崩さずに丸くむけたときには「わあ、キレイにむけたねえ!」と二人で喜んだ。
ふと気がつくと、息子は皮むきに集中するあまり、食べるのを忘れているかのように見えた。「食べながらやろうよ」と私は言った。

こんな場面を思い出しながら、「ああ、こういうのを“幸せ”って呼ぶんだろうなあ」と悟った。

人間の心というものは本当に“やっかいなもの”だと思う。なぜなら、人は、真の意味で幸せな時間を過ごしているときには、それに気づくことができないからである。つまり、本当の幸せとは決して特別なものではないし、いわゆる“幸福感”とも異なる、ということだ。
この事実を“心の機能”という観点から論じると、「人の心というものは、それが健全に機能しているときには、そのこと自体が自覚できないものである」となるだろうか? あるいは反対の言い方をすれば、「自分の心というものが自覚できるのは、それが健全に機能していないときか、もしくは特別な状態のときだけである」となりそうである。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

“洞察”ということ

2010年11月25日 | 日記 ・ 雑文
財団法人 日本カウンセリング・センターが主催している講座に「カウンセリング概論」という科目がある。内容は「『ロジャーズ全集第2巻』を読んでカウンセリングの原点を学ぶ」というものだが、多くの方々がご存知の通り、私はこの講座を担当する世話人として毎週月曜日の夜にセンターに足を運んでいる。

知らない方々のために説明しておくと、『ロジャーズ全集第2巻~カウンセリング~』(岩崎学術出版社 初版1966年)と題された書物は「カール・ロジャーズの出世作」と呼ばれている作品で(原題は『Counseling and Psychotherapy』1942年。この書物の前半部分を訳出したのが『ロジャーズ全集第2巻』である。後半部分は『ロジャーズ全集第9巻』に訳出されている)、この一書によりロジャーズは一躍有名人となって一世を風靡し、その後アメリカの心理学界とカウンセリング界の頂点に上り詰めるほどの人物になっていった……と伝え聞いている。
まあ、要するにこの書物には「文字通り“カウンセリングの原点”が記述されている」と言ってよいだろう。また、カウンセリングの歴史に興味・関心がある人にとっては「歴史的な作品である」という意味付け・価値付けの仕方もできるだろう。
あるいは東洋思想の観点から言えば、『論語』の「人能く道を弘む。道、人を弘むるに非ざるなり」の具体が示されている作品である、とも言えよう。原著は戦時中(1942年)に出版されていることから、時代背景に古さを感じるのは否めないが(もっとも『論語』や『老子』と比べたらずいぶん新しいと思うが(笑))、もしも読者が“カウンセリングのやり方”ではなく、著者である“ロジャーズという人物”に関心を抱くことができるなら、この作品は「私たちの人生をよりいっそう豊かなものにしてくれる可能性を秘めている」と私は思う。

さて、上記講座で数年間にわたって読み進めてきた結果、私たちのグループは現在「第7章 洞察の達成」のところに到達した。あらかじめ「この講座では第7章まで読むことにする」と取り決めていたので、このことはあと少し、ほんの数十ページで読了することを意味している。
少し気が早いかもしれないが、大きな達成感と喜びを私はすでに味わっている。これまでの長い長いプロセスを振り返ると「ここまでたどり着くことができた」というだけで感無量だ。と同時に、長期間にわたって苦楽を共にしてきた仲間たち(受講生のことを私はそう呼びたい)に対して、「よくもまあ、これほどの長い道のりを未熟な私と一緒に歩んでくれたなあ!」という特別な感情が生起している。この感情はきっと、チームスポーツで優勝した際にチームメイトに対して抱くのと同質のものだろう。

前置きが長くなった。本題に入るが、「第7章 洞察の達成」を読み進めていくにつれ、私はあらためて“洞察ということ”への関心をよりいっそう強く抱くようになった。
関心の中身はいろいろだ。最大の関心事は「どのような条件が揃えば洞察が生じるのか?」というところにあるが、これは「カウンセリングとは何か?」という問題を提起するのと同じだろうから、ここでは保留する。というよりも、私たちカウンセリング学習者にとってこの問題は、「限りなく探求し続けなくてはならない永遠の課題である」というのが私の認識だ。
というわけで、問題点(テーマ)をもう少し絞りたい。同書においてロジャーズは、例えば次のように記述している。

           * * * * * * * * * * *

「と、突然に、場面が変化する。彼女が問題の一部として眺めはじめるのは、自分自身の態度であり、とうてい適応することはできないと認知している自分自身の適応なのである。ひとたびこのことを、その問題全体の欠くことのできない一部分として意識しはじめると、この現実の状況に対する彼女自身の行動は、変化に耐えるようになるのである」
「彼女は、自分自身の愛情の欠乏、罰せずにいられない自分自身の欲求、それらがジムを問題にするうえにひとつの役割を演じていたのだという事実、を眺めうるところまで到達したのである。(中略)それを完全に言葉で述べる勇気を彼女に与えるのは、次週までの間に、この新しい知覚を行為に移すことから生じてくる満足なのである」
「また、純粋な洞察の重要性が強調される。コラは、はっきりした洞察を達成できないうちは、処遇でのいっさいの試みが無効であった。この洞察を得て、彼女は、もっと成人の役割を引き受けることができ、攻撃的な行動は、彼女の葛藤の代償としてあまり必要ではなくなったのである」(ロジャーズ全集第2巻 P.218、P.221、P.222、P.228より引用)

           * * * * * * * * * * *

以上から、ロジャーズは「ひとたび洞察が達成されると、次に態度・行動の変化が現われてくる」と述べているように読める。が、このことは事実だろうか?
正直なところ「人間って、そんなに単純なものかなあ?」という疑問は弱冠残るが、“洞察の重要性を強調する”という論旨との関連から言えば、私自身のカウンセリング経験からも「事実である」と言いたい。(ただし「洞察が達成されたがゆえにむしろ身動きが取れなくなる」というケースもしばしばあることを付言しておく。このあたりの事情は『ロジャーズ全集第9巻』に掲載されている“ハーバート・ブライアンの事例”を読めば明確になるだろう)。

もうひとつの問題は、いったいロジャーズは、どのような類の知覚を“洞察”と呼んでいるのか? という点だ。上記文中に“純粋な洞察”という用語が登場することからすると、どうやら“純粋ではない洞察”もあるように思えるが……。
これは難問だが、カウンセリングにおいて意味と価値のある重要な洞察とは「自分というものに対するより深い、より新しい理解が含まれている知覚である」と私は考えている。典型的な例を挙げれば、「今までそう思っていなかったけど、私って本当は○○○(な人間)なんですねえ」というような発言だ。
もしも読者が、ロジャーズが投じた基本的仮説、すなわち「効果的なカウンセリングは、クライエントをして、自分の新しい方向をめざして積極的に歩み出すことができる程度にまで、自分というものについての理解を達成できるようにする、明確に構成された許容的な関係によって成立するものである」(ロジャーズ全集第2巻 P.20)を仮説として支持できるならば、私の考えもまた支持されるだろうと思う。
したがってカウンセリング場面での私は、こういう類の洞察がクライエントの口から出てきた際には、それこそ最大限の肯定的関心を抱かずにはいられない。ある個人面談でのエピソードを述べると、途中までは椅子の背もたれに深く腰掛けながら「ウムウム」と話を聞いていた私だったが、ある場面で重大な洞察を含んだ発言が出てきた瞬間、思わず身を乗り出してしまってクライエントの目を丸くさせたことがある(苦笑)。驚かせたのはマズかったと思うが、私という人は、洞察が含まれた陳述を聞くと強い関心から前傾姿勢になってしまうらしい。

これと反対の経験もある。クライエントが「今まで私は○○○というふうに考えていましたが、それは間違っていると気づきました。今後は×××というふうに考えを改めて、前向きにやっていこうと思います」という類の発言をする場合だ。
こういうのはたぶん、多くの場合「カウンセラーさんに自分が進歩していることを認めてもらいたい。カウンセラーさんに気に入られたい」というような気持ちが根底にあって出てくるのだろう(あるいは「あなたでは私の役に立ちませんね。残念ですがこれでお別れです」という決別の意味からなされる場合も有り得るだろう)が、大抵の場合は気に入るどころか「特別な肯定的関心や感情は何も生じない」のが正直なところだ。
こういう発言をいくら聞いても、内心では「ああ、そうやってまたひとつ“別の観念と価値”によって、自分というものを縛り付けていきたいのか……」というとても残念な気持ちに包まれてしまうのである。だからといって相手の考えを否定したり、説得によって考えを変えさせようという気にはなれないが……。
もちろん、もしもチャンスがあれば、このことについて話し合う用意はいつでもある。つまり「人間が成長するというのは、いったいどういうことなのか?」というテーマについて、「私には私の考えがある」という意味だ。しかし、もしもタイミングを誤ってカウンセラーが自分の考えを一方的に述べたりしたら、クライエントは傷つくか、もしくはひどく動揺するに違いない。「クライエントにとっては、カウンセラーという存在は権威である」という事実を、カウンセラーは忘れてはならないと思う。

洞察に関する問題点はまだある。先に私は「私って本当は○○○(な人間)なんです」という類の発言が重要な洞察である、と述べた。だが、こういう類の発言が“自分を防衛するため”に使用される場合もたくさんあるので、カウンセラーは注意深くならないといけない。もしもこれが“防衛するため”になされているとしたら、そのプロセスは“前進している”というよりも、むしろ“退行している”可能性が高いからである。(もっとも“退行すること”それ自体を単純に否定するわけにはゆかないが)。
仮にカウンセラーがまともな感受性の持ち主だったとしたら、大抵の場合はクライエントの発言が「洞察か?防衛か?」ということぐらい簡単に聞き分けられるだろう。しかし、だからといって「カウンセラーが聞き違えることなど絶対ない!」とは言えまい。したがって、これは自戒の念を込めて言っておきたいのだが、「カウンセラーは感受性の訓練を怠ってはならない」と思う。

上述の問題を具体例で示すなら、『ロジャーズ全集第9巻』に掲載されている“ハーバート・ブライアンの事例”がいいだろう。このケースのカウンセラーはロジャーズだったことがすでに判明しているが、同書を編集し訳注を付した友田不二男によれば、第6回目面接中のある箇所について「極めて重大な洞察が含まれた考えをクライエントが述べているにもかかわらず、カウンセラーはそれを理解できないばかりか、むしろ“退行している”と受け取っていて、その考えに否定的な応答をしている」となる。
この友田説が「正しいのか?否か?」、あるいは正しいとしても「どの程度正しいのか?」という点については、はっきりした解答はできない。というよりも、それは私を含めた読み手自身によって探求されていかなければならない問題だろうと思う。
が、ここで仮に「友田説が正しい」とすると、「カウンセリングの神様と呼ばれたロジャーズですら、このケースではいわゆる“聞き違い”をやっていた」ということになる。もしもカウンセラーがクライエントを“ありのまま”に聞けないなら、それは効果的なカウンセリングにならない……と私は確信しているが、それがどれほど容易ではないか、このような例を挙げれば想像できるのではなかろうか。
あらためて言うまでもないだろうが、カウンセラーにとって、クライエントの陳述が「どのように聞こえてくるか?」は、いわばカウンセラーが負っている重大な宿命的課題である。その陳述が“洞察を含んでいる”ものなら、さらに重大となるのは言うまでもない。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

6週間

2010年11月19日 | 日記 ・ 雑文
10月3日に左肩鎖骨骨折してから6週間以上が経過した。近所の整形外科医から「骨が完全に元通りになるまでには半年ぐらいかかる」と言われていたが、現在痛みはまったくない。左肩も左腕も100%元の機能を回復した状態にまでなっている。数日前からは「怪我したことなどまったく忘れて生活している」くらいだ。
“6週間”という時間を“長い”と思うか“短い”と思うかは、意見が分かれるところだろうが、現在の私の実感からすると「人体が持っている骨を再生・修復していく能力には、ものすごい力があるなあ!」と言わざるを得ない。生命体が持っているこういう機能を一般に“自然治癒力”とか“自己治癒力”とか、場合によってはある種の神秘性を含めて“生命力”などと呼んでいるが、“それ”を自分の身体でもって実感しているところだ。

上述したのは“身体的な怪我をしたケース”における事実であるが、“心が怪我をしたケース”においても同じように言えるだろうか? という疑問が浮かんだ。(“心が怪我する”という言い方は滅多にしないだろうが、ここでは“心が本来の機能を失う”という意味で使っている)。
この問いに対する私の答えは「Yes」である。というより以上に、もしも「人間は本来、誰もがみな、成長し発展し適応へと向かう資質を持っている」という考え方を支持できないのなら、その人はカウンセラーや心理療法家を遂行していくこと自体が困難だろう。あるいは医師・看護師・教師・保育士というような対人援助職でも、その仕事を遂行していくことは困難だろう……と私は考えている。

だが、実際には「自分には成長し発展し適応へと向かう資質が無い。自分は完全にダメ人間である」と思っている、もしくは信じている人がいかに多いか、ということも承知している。私もうつ病だったとき「自分は最低の人間である!」と確信していたのだから(苦笑)。
どうしてそうなってしまうのか? という点については、きっと様々な条件が複雑に絡み合ってそうなるのだろう……としか言いようがない。また、この点については未解明な部分もたくさん残されており、学問的にも心理学と精神医学の両面から「研究がなされている過程である」と言えよう。
まあ、カウンセリングの立場からこの問題について言及するとすれば、“自己概念と有機体との関係”のあたりに重大な要素のひとつがあるのではないか? という程度のことなら言えるかもしれないが……。

というわけで、「どうしてそうなってしまうのか?」という難しい問題は保留し、ここでは「概念というものが心に与える影響」について、さらに言及してみようと思う。
冒頭のほうで「怪我が治るのにかかった“6週間”という時間を“長い”と思うか“短い”と思うかは、意見が分かれるところだろう」と述べた。私の感覚から言えば「ものすごく短いとも思わないし、ものすごく長いとも思わない。まあ、こんなものだろうな」となるが、もし仮に“ものすごく短い”と思う人がいたら、その人は自身の回復能力に大きな驚きを感じているに違いない。反対に、もし仮に“ものすごく長い”と思う人がいたら、その人は自身の回復能力にとても幻滅しているに違いないだろう。
もっとも、最初の時点で「自分の怪我の深刻さをどの程度に見積もるか?」という問題もあるので単純ではないが、私の場合は「比較的適正に見積もっていた」となるだろうか? 少なくとも私が立てた見通しは「甘くもなければ、辛くもなかった」と言えそうだ。

「問題の深刻さをどの程度に見積もるか?」ということ、また「自身の回復能力がどの程度あると考えるか?」ということは、いずれも“観念”もしくは“概念”である。平たく言えば、その人の“考え方”に過ぎない。ということは、結論として「どのような“考え方”をするかによって、人は幸福にもなれるし不幸にもなれる」となるわけだ。
もちろん、このような言い方は極論に違いない。また、実際の人間がそんなに単純にはいかないということも十分承知している。“固定化された観念・概念から解放される”ということが、多くの人々にとって“いかに容易ではないか”ということは、長年のカウンセリング経験を通してかなり明確になってきているし、ついでに付言すると、人間が“観念・概念から解放される”という経験を得ることのできる唯一の道は、“体験から学ぶ”という態度・姿勢・在り方を自得していく他にないのではないか? という確信を得られそうなところにまで、この私もようやくたどり着いた。
だが、世の中には、自分という人間(=他者とは異なる唯一の存在であるこの私)が本来的に持っている能力への見積り方が“高すぎる”人と“低すぎる”人とが存在するのは、紛れもない事実である。こういう人の場合、現実とのギャップがあまりにも大きいので“生きにくさ”や“生きづらさ”を感じるに違いない。自己概念が高すぎる人は、実際の自分に“がっかりする”か“嫌悪する”しかないだろう。反対に自己概念が低すぎる人は、実際の自分が何を成し遂げたとしてもそれを“自分の能力による”とは思えないだろう。
どちらにしても、概念が変化しない限りは永遠に“自分という人間を認めることができない”わけで、その意味ではどちらの場合もギャップの程度に応じて、現実は“生きにくい”もしくは“不幸である”となるわけだ。

本稿で私は「概念(自己概念含む)と心理状態の関連」について、問題を提起してきた。が、このことは「すべての問題を“心の問題”に還元しようとする」という考え方でもって進めているわけではない。つまり、現代と現代人には“心の問題”と“社会的問題”の両面が存在する、ということを観じないわけにはゆかないのである。
例えば、現代社会の基盤となっているカルチャーのひとつに「便利・快適・効率・費用対効果(コストパフォーマンス)が高い、ということが最高度に価値付けられている」という事実がある。ゆえにあるタイプの個性的な人間が、これらの価値基準から「能力が低い・価値が低い」と単純に見なされてしまう、という事実がある。
無論、どんな仕事にも“期限がある”という事実は無視できない。したがって「期限が近づいてきたら大急ぎで仕事をやり遂げなくてはならない」のは、基本的・原則的には当然のことだと考えて良いだろう。
問題の本質はそれ以前の大前提ところ、すなわち「経済の原理は上述の価値基準を基盤とするのが当然である」としても、「人間の原理まで経済の原理とまったく同じで良いのだろうか?」というところにある、というのが私の見方だ。もう少し平易な表現で問題を提起するならば、「現代社会は“経済性”が優位に立つあまり、“人間性”がほとんどまったく考慮されない社会である」となる。別言すれば「現代社会の在り方は“経済中心”であり、決して“人間中心”ではない」という意味になる。

現在社会と現代人に忍び寄る深刻な危機を、ミヒャエル・エンデは『モモ』の中で描いた“時間泥棒”によって象徴した。私たち人間の“心の世界”に時間泥棒の影をうすうす感じているのは、なにも私一人ではあるまい。なぜなら、『モモ』という作品は世界中のたくさんの人々によって今もなお支持され続けているのだから。
もしもある人が身体もしくは心に怪我を負ったときに、治癒するまでにかかる必要な時間に対して「長すぎる」とか「そんなに待てない」とか「もっと早く治りたい」と思ったとしたら、その人はひょっとすると、すでに時間泥棒に時間を盗まれているのかもしれない。別の言い方をすれば、「“経済の原理を人間に当てはめる”という過ちを、生身の人間である自分に対して犯している」かもしれないのである。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

運動会にて

2010年10月04日 | 日記 ・ 雑文
昨日は息子(6歳)が通っている幼稚園の運動会だった。「ウチの息子がどれほど活躍したか」とか「わが子の成長ぶりに目を細めた」というような類の親バカな日記が書ければ本当は良かったのだが、そうではない。

ここの幼稚園の運動会は、親も含めた“全員参加型”で行なわれるのが特徴だ。中には“父親だけの競技”もあり、これに私も張り切って参加したのだが、それがいけなかった。内容はトラックを1周するだけの単純なレースだったが、勢い余って転倒し、左肩を強打してしまったのだ。
当初は単なる打撲だと思っていたが、時間が経つにつれてだんだん痛みが増してきた。午後からの競技は参加すること自体が困難なほどだった。
運動会終了後、痛みがあまりにもひどいので救急外来を受け付けている近所の総合病院でレントゲン写真を撮ったところ、「鎖骨の一部が骨折している」ことが判明した。どうりで痛いわけだ(泣)。
ただし、幸いにも骨折箇所がズレたり歪んだりしていなかったので「手術は不要である」と判断された。ま、キレイに割れたという事実は「幸運だった」と思うべきだろう。

そんなわけで現在私は、左腕を三角巾で吊り下げている状態だ。パソコンのキーボードも右手1本で打っている。
ひょっとしたら今後レポートするかもしれないが、「片手が不自由だと、日常生活にどれほど支障をきたすか」を、身をもって体験しているところだ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

“お金”中心から“人間”中心へ……

2010年09月24日 | 日記 ・ 雑文
「誰も投資しない、誰も儲けない、しかも会員の生活は豊かになる」。
これは故・友田不二男氏が1963年に設立した“掌風会”という団体のコンセプトを示したキャッチフレーズである。この団体がどんな活動を展開し、どのようにして会員の生活が豊かになったのか、という点については、昨年秋に発刊された単行本『友田不二男研究 ~日本人の日本人による日本人のためのカウンセリング~』内の論文中に記したので、ここでは言及しない。もしもこの点について関心があったら、上記書籍を読んでいただきたいと思う。(この本について詳細は私のホームページ内でも紹介しているので下記ページをご覧ください)。
ホームページ内の本の紹介コーナーはこちら≫

ここで私が問題にしたいのは、「このようなキャッチフレーズを掲げながら、ある種の経済活動を展開した友田氏の目には“人間社会というもの”がどのように観えていたのだろうか? また、その心中はいかなるものだったのだろうか?」という点である。
もっとも、このような問いはいくら問うてみても、「結局のところ、真相は本人しか知らない」となるだろう。が、私はそれを承知の上で同氏が書き残した数々の記録と私の記憶から、「友田不二男という人は、“お金”中心ではなく“人間”中心の社会を現実化しようと努力・奮闘した人物である。すなわち“人間中心の”思想・哲学こそが、同氏の中核であり基盤であった」と評したいのである。

このようなことを記述したくなったのは、つい最近の経験から「本当にその通りだよなあ。人間社会の本来の姿は“人間が中心”であるはずだよなあ。全面的に“お金が中心”となっている現代社会の在り方は、社会とその基盤である個人との間に存在する問題をますます深刻化していくに違いないだろうなあ!」という思いに至ったからだ。
理想論になるだろうが、“地球的規模の環境破壊”、“テロと戦争”、“貧困や食糧危機”などに加えて、“不登校やひきこもり”、“心的不適応”、“いじめや虐待”、“犯罪”などが存在する遠因として、根源には「人間が人間として尊重される社会が現実化していない」という一面があることを私は主張したい。
余談になるが、“人間の心というもの”は、個人の外側(環境・状況・他者など)との関係において機能するもののはずだ。ゆえに問題のすべてを“個人の心の問題”に還元しようとする考え方には、私は反対の立場である。さらに言えば、“社会と個人”をテーマにする際に「片方が原因であり、もう片方が結果である」という因果論的な発想自体を疑ってもいる。因果論だと「社会が○○だから個人が××である」となるか、もしくは「個人が××だから社会が○○である」のどちらかに帰結してしまうだろう。したがって私は「社会と個人とは相互に作用している。片方が原因でもう片方が結果である、というようなことは事実・実態としてあり得ない」と考えている。

余談ついでに別の観念が浮かんだので記しておくが、「人間が人間として尊重される社会が現実化していない」を推進していった要因のひとつに、“科学の誕生”(=ニュートン物理学の登場)を挙げることができるだろう。それ以降、人類は“科学性”と“客観性”を価値付けるあまり、“人間性”というものを排除していく方向に進んでいった。……というのが私の歴史観である。ゆえに私には「失われた“人間性”を回復していきたい!」という理念を持って、微力ながらカウンセリング活動に身を投じている……という側面もある。
なんだか話が“宗教っぽく”なってきたが、誤解を恐れずに言うならば、仮に現在の社会において“人間性を回復できる場”があるとすれば、それは“宗教の世界”か、もしくは“カウンセリングの世界”しかないだろうとも考えている。もっとも、私にとっての“宗教の世界”とは、仏教を含めた“東洋思想の世界”になるわけで、こういう方向からの人間へのアプローチこそが、「……その“地獄への進路”を、できるだけ早く、かつ、効果的に閉塞すべく勇気を振い起こすことであり、さらには新しい創造的・開拓的な活動へと、人それぞれの分に応じて参加し参与してゆくこと」(日本カウンセリング・センター主催:夏季ワークショップスの「目的と特質」から引用)に結びついてくると確信しているわけである。

さて、話を本題に戻そう。8月9日~11日にかけて開催された夏季ワークショップ・東京会場でも、上述した問題、すなわち“お金の問題”が話題になった。キッカケは参加者の一人から「友田先生が投じた“エコマネー”というものに関心がある」という意味の発言があったことだったと記憶している。
知らない人のために説明を加えておくが、友田氏は晩年に「カウンセリング活動からは一切身を退いて、今後の人生は“エコマネー”に取り組んでいきたい!」と公の場で発言した。(このあたりの詳細な経緯も『友田不二男研究』に収録されているので、関心がある方は併読していただきたい)。
この発言は多くのカウンセリング関係者にとって“爆弾発言”だった。友田不二男という人物は、日本にカウンセリングを導入し(ロジャーズの著作を最初に翻訳した)、創意・工夫を重ねながら、その普及・発展に貢献したカウンセリング界の第一人者である。その人物が「カウンセリングをやめる」と言い出したのだから、周囲の人たちが仰天したのも無理ないだろう。かくいう私も、これを本人の口から直接聞いたときには少なからず動揺したのを覚えている。
正直に告白すれば、このときの同氏の心境というものが、当時の私にはまったく計り知れなかった。いや、現在でも計り知れないのであるが、少なくとも「人間が中心の経済システムを創造・開拓したかったのではなかろうか? それを現実化していくための手がかりと可能性を“エコマネー”に見い出したのではなかろうか?」という想像ができるレベルにまで、“この私”もようやく育ってきましたよ……と言いたいのである。それが本稿を執筆しようと思い立った動機だ。

夏季ワークのときにも話したが、晩年の友田氏は“現代社会とお金の問題”について、機会があるたびに熱弁をふるっていた。例えば資本主義というものについて「資本主義がはじまったのは“資本家の誕生”に起因する。資本家がどうやって生まれたのかと言えば、ある時ある人物が地球上に四角く線を引っ張って“ここは俺のものだ!”と宣言した。それが資本家となった」という説を述べていた。
こういった話というのは、人によっては“信じがたい”かもしれない。というのは、この説が信じられる人・納得できる人というのは、物事を観るときに視点をずーっと上のほうに持っていって、あたかも“人工衛星から地球を眺める”ように観ることのできる人物に限られてくるからである。宇宙から地球を見れば、私有地どころか国境さえ存在しないのは誰の目にも明らかだ。が、逆にこういった視点で物事を観ることができない人物には、“エコ”というものが絶対に理解できないだろうと思うし、ましてや“トランスパーソナル”などというものになると、“夢のまた夢”に過ぎないであろう。

別のエピソードとして友田氏は、「現在の日本人というのは全員が“お金教”の信者である」とも述べていた。紙幣を取り出して「これは印刷された“紙”でしょう。“紙”だから“神”になったんだよ」とダジャレ(?)を交えながら、熱心に語っていたのが思い出される。
バブル崩壊後の経済的な衰退もあり、また、中国の経済成長が著しいこともあって最近はすっかり呼ばれなくなったが、かつての日本人は世界中の人々から“エコノミック・アニマル”と呼ばれていた。諸外国の人々から見れば、当時の我々日本人は“お金教の信者”に映っていたかもしれない。
確かに私たちは“お金の力”を絶対的なものだと信じているようである。が、それは本当に、“神”と同じ程度に、“信じる”に値するものなのだろうか? ……という問題になってくると、根源的には人間の“信じるという行為”そのものが問題になってきそうである。
そうそう。すでに私は“科学というもの”に対する否定的な見解を述べた。(もっとも、科学と科学技術によって、便利・快適な生活が私たちにもたらされている事実を認めていないわけでは決してないが)。この主張はもちろん友田氏の影響によるものだが、同氏は教育問題を取り上げた際に、「学校の先生というのは、“科学教の信者”をこしらえるためにせっせと活動している、いわば“牧師さん”なんだよ」と、ユーモアを交えながら述べていたのを思い出した。つまり、同氏にとって“科学というもの”は“科学という名の宗教”であり、“信仰されているもの”であった。
ここにも根源的問題として、人間の“信の問題”が提示されているが、この問題はかなり奥が深いので、別の機会にあらためて論じてみたいと思っている。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

原点

2010年09月15日 | 日記 ・ 雑文
日本カウンセリング・センター主催の土曜講座「東洋思想とカウンセリング PARTⅠ」で使用しているテキスト中に、気になるというか妙に引っかかる部分がある。それはこの記録(座談会の模様が逐語的に記されている)の出席者である先生たちが、「カウンセリングに身を投じていく際の“原点”が何なのか?」を問題にしている箇所である。

           * * * * * * * * * * *

佐治:教育界にしても産業界、あるいは看護婦さんたちでも、もともとの風土のなかにカウンセリングに近い考え方がないとはいえない。――だからナマかじりにカウンセリングを知ると、ひどく安易にカウンセリングの考え方を適用しようという動きになるんですね。実際にカウンセリングにまともに直面する以前に、こうなんだと思い込んでしまう。あるいは、カウンセリングと近いとその人が誤解している考え方でもって、わかった気持ちになってしまう。カウンセリングの出発は、人間性そのもの――人間そのもの、への関心からはじまると思うのだが、人間性そのものに対する関心というものは、どこまでも深められるし、一方でひどく浅いところでとどまりもするんですね。そういう意味じゃ通俗哲学的な受け取り方をされる危険がありますね。(中略)それから、外からの観察者ではなくて、相手の世界に自分が入り込むということの魅力が、浅いところで人をひきつけるんですね。一見、自分は相手の共感者であるかのような態度をとって、相手の世界に入ってるんだっていう錯覚をもちたくなるんじゃないかしら。そう錯覚させている本質的なところでの誤解というのもある。
伊東:それはむしろ、今、カウンセリングをやっている人に多いのではないですか。
友田:このごろ集まる人たちは、カウンセリングがはやりだしたからとか、お前いって勉強しろ、っていわれたからとかで入ってきますね。わたくしなんか“Counseling and Psychotherapy”を読んで、ストレートに自分のなかに入ったところで、ピンと感じて一体になったところではじめていますね。伊東さんなんかそうじゃない、確かめ、確かめ、確かめしながら、きていますねえ。それは、現象的にはわたくしとは正反対のように見えるけれど、基盤というか、基本的な姿勢というか、“原初的な状況”といえるところでは完全に通じていることを、わたくしは感じているんですよ。わたくしは、この原初的な状況というものが、かなり後までプロセスを展開する原動力になっているのではないかと思いますね。
佐治:カウンセリングに飛び込んだ最初のドライヴが問題になりますね。ロジャーズ的な考え方に対して、本質的なところでね、基本的に共感して、最初から飛びつくことが割合できやすい人と、反発・抵抗を感じる人とがいると思うんですよ、誤解とか理解とは別にね。そういう批判とか反発をもういちど考えてみたいですね。
友田:そこのところですけどね、わたくしは日本的とかなんとかいうよりも、人間の基本構造みたいなものとして、ナマ身の人間と概念との関係で、最近はそこを考えてみているんですけどね。(後略)
(ロジャーズ全集第18巻 岩崎学術出版社 1968年 P.416-417)

           * * * * * * * * * * *

引用文が長くなったが、佐治先生にせよ友田先生にせよ、“カウンセリングに飛び込んだ最初のドライヴ”をなにゆえこれほどまでに問題にするのだろうか? ――という疑問が私の脳裏から離れないのである。ひょっとすると、この二人の目に映っていた日本のカウンセリング界(当時)の状況は“惨憺たるもの”であったのかもしれない。が、それは単なる私の想像に過ぎないので、真相となるとまったく不明である。
……という難しい問題は一時棚上げすることにして、この記録を読むと、なにかしら読み手である私自身の“基本的な姿勢や構造”あるいは“原初的な状況”が問題にされているような気もしてくる。そこで自分に向かって「お前がカウンセリングに飛び込んだ最初のドライヴは何だったのか?」と問いかけてみた。

私の場合、それは過去日記で書いたしホームページ内の手記にも書かれてあるが、自分自身のうつ病経験からカウンセリングに関心を持つようになった。詳細な過程はここでは省くが、要するに「私のように精神的な病や障害に悩まされ、苦しみ続けている人々が世の中にはたくさんいるはずだ。だが、そういう人たちに対する“実際のサポート”となると、極めて貧弱なものしか提供されていないのが現実である。ゆえに“実際のサポート”をもっともっと充実させ、十分なものにする必要があるはずだ。いや、そうしなければならないのだ!」というような志を抱いたわけである。
もっとも“このような思い方”は、極めて表層的な意識レベルでの“思い”だったに違いない。なぜなら、私が真の意味で“カウンセリングの世界に身を投じる”ようになったキッカケは、これも過去日記に記したが、日本カウンセリング・センター主催の入門講座(第1回目の終了間際)で、とても重大な経験を得たことに起因している。そこで私は“気づきを得る”という稀な経験をしたわけだが、と同時に「こういう経験がこんな短時間で得られるということは、“カウンセリングというもの”に何か重大な秘密があるに違いない!」と確信したのだった。
それ以降、私の“思い”は「カウンセラーになって、たくさんの人々を援助できるような人物になりたい」というよりもむしろ、「カウンセリングの秘密(と勝手に名付けた)を探求していきたい!その秘密を究明したい!」にシフトしたのだった。

「以上二つの要素がミックスされたものが、私にとっての原点である」と言えるだろう。が、つい最近、これらの“思い”とはまったく次元が異なる別の要素が浮かび上がってきたので、そのときのエピソードも加えておこう。
それは先日開催された“友田研究会”での出来事だった。“友田研究会”とは、私の自宅で毎月1回定期的に行なっているカウンセリング学習会の名称である。メンバーの大半は、日本カウンセリング・センターで知り合ったカウンセリング学習者たちで構成されているが、この日は参加者の中に初対面の人物が一人いた。
このときの様子や話し合われた内容を詳細に記すのは控えるが、初参加だったその人の体験談や現在の気持ちなどを聞いているうちに、私の脳裏には禅のテキスト『十牛図』の絵が浮かんできた。その後どんな展開があって、私にどのような内面的プロセスが生じていたのか記憶が定かではないが、ある場面でその人の発言を受けた私は次のように語った。
「私もうつ病になってからカウンセリングと出会うまでの2年間はそうでした。その頃の気持ちを言葉にするとどうなりますか、“救いを求める”という表現が一番近いでしょうか。いや、たぶん今も“救いを求めている”んだろうと思います。ただ、今はそういう明確な意識が浮上してきていないだけなんでしょう。――(少しの間)――今言っている“救い”というのは、もちろん宗教的な意味での“救い”のことですよ」と。
このようなセリフが自分の口から飛び出したのは、まったく思いがけないことだった。カウンセラーとしてクライエントさんと面談していると、予期も予測もまったくしていない発言が咄嗟に“自分の口から出てくる”ということをしばしば経験しているが、このときもそうだった。なぜなら、“救いを求める”などという言葉(もしくは観念)は、このセリフを述べる瞬間まで、私の頭の中には微塵も存在していなかったからである。つまり、このときの自分の動きを理屈っぽく解説すれば、私は「自分が思ってもいなかったことを述べた」となるわけだ。

こういった類の奇妙なこと(?)が起きるのは、“カウンセリング場面ならでは”のことだと思っている。が、それはそれとして、私がカウンセリングに身を投じるようになっていった“本質的・根源的な何か”は、じつはこのあたりにあるのではいか? という気がしている。
ただし、こういう次元の問題を正確に表現しようとすると、もはや主語として「私は」とか「私が」という言葉は使えなくなってしまうだろう。すなわち、もしも文章化する際に主語が必要ならば、そのときには「魂は」とか「魂が」と表記しなければなるまい、と思うのである。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

“自発協同学習”について

2010年09月10日 | 日記 ・ 雑文
前回の日記で紹介した“自発協同学習”という名称の学習法を用いて、「実際にグループ学習会を開催しましたよ!」という報告(ブログ記事)が、私のカウンセリング仲間からありました。
あまりにもタイムリーなブログだったので、ここで紹介させてもらうことにします。
ブログ:「第6回 老子を読む会」自主学習会を終えて

まあ、実際に体験したことがなければ、その効果や面白さなどは決してわからないでしょうが、このブログ記事を読めば、少なくとも“雰囲気ぐらい”はつかめるだろうと思います。
なお、“自発協同学習”に関する理論的な側面、たとえば“典型的な進め方”や“こういう学習法を実践する意図”などに興味・関心がありましたら、私個人のホームページに掲載されているコラムを併読していただけると幸いです。
コラム:「自発協同学習で学ぶ」はこちら≫
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

夏風邪

2010年08月18日 | 日記 ・ 雑文
先週の木曜日から4泊5日の日程で妻の実家がある福島県喜多方市に帰省した。当初の予定では金曜日に東京を発つことになっていたが、渋滞予測情報とにらめっこしながら妻と相談した結果、「前日の夕方に出発したほうが賢明だろう」と判断したのだった。
その判断は見事に的中し、ほとんどまったく渋滞に巻き込まれずに済んだのだが、前日(水曜日)まで開催されていた夏季ワークショップ・東京会場での疲労が蓄積していたのと、もうひとつは喉の痛みとで、このときの長距離ドライブはかなりこたえた。「そういえば、ワークショップ参加者の一人が『風邪をひいた』と言っていたなあ。これも風邪だろうなあ」と思いながらクルマを走らせた。

夜8時半ごろ妻の実家に到着すると、息子(6歳)がゴロンと横になりながらテレビを観ていた。私たち二人の姿を見つけると驚いたような顔をして飛びついてきた。息子はしばらくの間、ひとりで祖父母の家に宿泊していたのだった。私とは5日ぶりの再会だった。
たったの5日間ではあるが、私の目にはひとまわり大きくなったように見えた。この間、地元のお祭りに参加したりなどして、いろいろな経験を積んだという話を聞いた。また「箸が使えるようになった」と聞いて驚いた。それまでは子供用の補助輪付きの箸(3本の指を入れる輪が付いている)しか使えなかったのが、普通の箸で何でも食べられるようになったのである。
長年のカウンセリング経験から、「○○できない人が○○できる人にチェンジするのは、ほんの一瞬の出来事である」という事実は十分に理解しているが、実際にそれを目の当たりにするといつも驚いてしまう。やっぱり“人間の成長というもの”は、神秘以外の何ものでもないのではないか? そんな気さえする。もっとも、だからと言ってそれを“神秘”の2文字で片付けてしまったら、探求とか究明などと呼べる動きは生じてこないだろう。ゆえに私たちカウンセリング学習者にとっては、人間が包含しているこの“神秘性”こそ、探求し究明し解明していくべき大きな課題になってくるわけだが……。

ある程度の予測はしていたが、翌日から発熱した。日曜日になってようやく平熱にまで下がったので、その日1日だけはプールに行ったりと観光旅行が味わえたが、それ以外の2日間はずっと布団で寝ていた。
月曜日に帰京したのでなんとも空しい帰省だったが、「蓄積していた疲労を回復して体調を整えるためには、風邪をひいて強制的に身体を休ませる必要があったのだろうな」と考えることにして、自分を慰めているところだ(苦笑)。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

“宿命”と“天命”と“真空”と・・・

2010年07月31日 | 日記 ・ 雑文
最近の楽しみのひとつにNHKの『龍馬伝』がある。私は日本の歴史や幕末に詳しいほうではないし、ましてや“龍馬の熱狂的なファン”でもないので、ドラマの内容を歴史的事実から見るとどうなるか、という点はよくわからない。だが、龍馬という人物の「ナイーブでシリアスな内面がよく描かれている」という意味では、良質なドラマ作品に仕上がっているという印象だ。
素人である私の坂本龍馬という人に対するイメージは、“破天荒”という形容がもっとも近かったのだが、青年時代の思い悩む姿に接すると親近感すら覚えるほどである。どれほど大きな歴史的偉業を成し遂げた人物でも、元をたどれば「ただの人なんだなあ」と、しみじみと思ったのだった。
龍馬だけでなく、幕末を駆け抜けた志士たちの姿には、たとえ思想や立場が異なっていたとしても、それぞれに心を揺さぶられるものがある。それはきっと、彼らの姿や生きかたに“志”(こころざし)を感じ取るからだろう。また、別の観点から言えば、「人間が生まれながらにして持っている本懐は、寿命ではなく“天命をまっとうすること”にあるのではないか?」とまあ、そんなことまで連想してしまうのである。

ここで我が身を振り返ってみよう。正直に告白すれば、現在の私には「社会の在り方を変革したい!」というような“大志”は何もないが、普通に暮らしている人々が持っているのと同じようなとても個人的な望みや願いだったら、もちろん人並みに持っている。
そこでふと思った。「どんなに小さな念願であっても、それを成就しようとする際に“お金と時間があればできるのに……”というような条件を設定したなら、その念願はきっと成就しないだろう」と。
人間が行為するための根源的な何かは“衝動”であって、条件や環境ではないはずである。吉田松陰、坂本龍馬、桂小五郎、西郷隆盛などなど、彼らは条件や環境に恵まれていたのだろうか? そうではあるまい。彼らを突き動かしたのは彼ら自身の内面的要因、すなわち“衝動”である……と私は見ている。

もっとも、これにいわゆる“天運”としか言いようがない何かが加わってくるので、話はそう単純ではない。彼らがあの時代にあの場所で“オギャーと生まれ落ちた”という事実は、どこからどう見ても「天運だった」としか言いようがないだろう。
“衝動”と“天運”……。このふたつの要素を掛け合わせると、果たしてどういうことになるだろうか? 友田氏が述べているように「発見・発明・飛躍といったようなことには、何かしら人間そのものをも包含した巨大な大自然の法則が潜んでいる」、また「何かしら“幸運”は、随所随所にゴロゴロしているのだが、その“幸運”をして“幸運”たらしめることそのことのできる、“人間の態度・姿勢・構え・積み重ね・関心など”がある」のだろうか?

現実に即して言えば、私を含めて人間はみな「ありとあらゆる様々な条件と環境に規制されている」のが現実の姿であるのは否めない。「強い気持ちや欲求さえあれば、どのような人間にもなれるのだ」という考えは、きっと幼稚な考え方だろう。なぜなら、人間は“オギャーと生まれ落ちた”その瞬間に、すでに“宿命”とも言える何らかの本質、別言すれば“他の誰とも異なるその人だけのオリジナリティー”を持って生まれてきているはずだからだ。幕末の志士たちがそうであったように。
そうだとすると、つまり人は、“己の宿命”もしくは“自分というものの本質や本来性”からは絶対に逃れることはできない。ゆえにそれを受け入れるしかない……となるだろうか?

ここのところで極めて厄介な問題が浮上してくる。それは、いったい何が“己の宿命”なのか? という点だ。私たちは人間社会の中で生活を営んでいる以上、他者からの様々な条件付け(“しつけ”とか“教育”と呼ばれているもの)を受け入れなければ生存自体が困難になる。ゆえにかなりの程度、不知不識のうちに“自分で自分を条件付けている”に違いない。これが私たちの“現実の世界”だとすると、理論的には「現実の世界においては、飛躍・成長・発展といったようなことは不可能に近い」となるだろうか?
もしもそうだとすると、人間が飛躍・成長・発展を遂げるためには「一切の後天的な条件付けが存在しない“非現実的な世界”が必要である」となりそうだ。さらに言えば「この“非現実的な世界”に存在するのは、己の“宿命”もしくは“本質・本来性”のみである」となるだろう。

以上で述べた“人間というものの真相”に関する暫定的な考え方が支持されるならば、ブライアン氏が発した“Vacuum”(真空)という言葉は、ここで言う“非現実的な世界”を意味・象徴しているように読めてくるし、また「人間が変化するのは、わかりやすくいうと“ひとりぽつんといるとき”である。人間と人間の接触があったり、現実の状況のなかでは、人間は変化しない」という同氏の提言には、絶大な洞察が含まれているようにも読めてくる。
……が、はたして真相は? もちろんそれは、今後の私たち自身の歩みによって探求されていかなければならない課題のひとつなのだろう。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする