第1回目の打ち合わせが友田先生が亡くなられた同じ年(平成17年)の秋だったので、もうかれこれ4年近くが経過しているプロジェクトである『友田不二男研究 ~日本人の日本人による日本人のためのカウンセリング~』の発行が、ようやくこの秋に実現できる見通しがついた。
私は執筆者の一人として、また実際の編集業務を遂行する編集者として、この仕事に長期間携わってきたのだが、つい先日、ようやく原稿を印刷所に入稿することができたのである。正直に今の心境を表現すれば、「予想していたよりもはるかに激務だった」と言わざるを得ない。ま、それだけに「完成したときの喜びもひとしおだろうなあ」とは思っているが……。
この出版物のコンセプトは、「日本にロジャーズ流カウンセリングを導入し、かつ広めていった友田不二男の業績と人物像を明らかにする」というものである。
現在の日本のカウンセリング界においては、「友田不二男の名と存在は、すっかり忘れ去られてしまっている」かのように私には思えてならない。同氏は生前述べていた。「現在の日本のカウンセリングのレベルは、50年前のロジャーズのレベルにすらぜんぜん到達していない。はるかに稚拙なレベルである」と。
この一書によって、読者はこの言葉の“意味するところ”を実感し、その実感に基づいて“カウンセリングというもの”によりいっそう真摯な態度で取り組むようになってくれるのではないか? と、執筆&編集担当者である私は密かに期待している。と同時にこの一書を通じて、“カウンセリングというもの”をより深く探求し、研究し、実践していこうとする同好同志の方々との交流も深めていけたら……と願っている。
私は執筆者の一人として、また実際の編集業務を遂行する編集者として、この仕事に長期間携わってきたのだが、つい先日、ようやく原稿を印刷所に入稿することができたのである。正直に今の心境を表現すれば、「予想していたよりもはるかに激務だった」と言わざるを得ない。ま、それだけに「完成したときの喜びもひとしおだろうなあ」とは思っているが……。
この出版物のコンセプトは、「日本にロジャーズ流カウンセリングを導入し、かつ広めていった友田不二男の業績と人物像を明らかにする」というものである。
現在の日本のカウンセリング界においては、「友田不二男の名と存在は、すっかり忘れ去られてしまっている」かのように私には思えてならない。同氏は生前述べていた。「現在の日本のカウンセリングのレベルは、50年前のロジャーズのレベルにすらぜんぜん到達していない。はるかに稚拙なレベルである」と。
この一書によって、読者はこの言葉の“意味するところ”を実感し、その実感に基づいて“カウンセリングというもの”によりいっそう真摯な態度で取り組むようになってくれるのではないか? と、執筆&編集担当者である私は密かに期待している。と同時にこの一書を通じて、“カウンセリングというもの”をより深く探求し、研究し、実践していこうとする同好同志の方々との交流も深めていけたら……と願っている。