今まで、わが糟糠の妻のことを此処に登場させたことはほとんどない。しかし、この長い自分史が終了する直前になって、お世話になった女房のことだけ、何も触れずに終わてしまうこともできるまい。
実際、妻のことで公開するような事項は特になかったのである。しかし、全体として、生涯、当方の優柔不断や様々な欠点に対して、妻はよく我慢して、耐えて、頑張ってくれたと思う。このことには、心からの感謝の気持ちを残しておかなければならぬと思う。自分のような、恥ずかしがり屋の口下手が、面と向かって言っても、真面目に取り合ってくれないので、以下にまとめて書いておく。
妻は生涯の伴侶
妻が亭主の面倒を見ること
至極当たり前のことと思っていた
妻は健康で、働き者で、笑顔を忘れぬもの
日や月が巡ると同じく平穏無事なもの
昨日が今日と同じであったように
明日もまた何の心配も要らぬもの
亭主は 妻のことをそんなふうに思っていた
これは考え違いであった
妻も人間である
人知れぬ陰の苦労がある
耐えて偲んで堪える頑張りがある
亭主は 妻のそんなことを何も考えていなかった
当たり前のように 亭主は
家事のことは何もしなかった
亭主は会社で仕事さえしておればよい
やがて会社でエラクなれば元が取れる
亭主は そんなふうに考えていた
家事の手伝い、子供の養育、何一つやらなかった
全部妻に丸投げであった
亭主はいつも涼しい顔でいた
会社へ入って数年目のこと
亭主は会社がいやになった
亭主はサラリーマンを辞めて
九州大学の助手に転向しようと決意した
思いもかけず 妻は九州へ付いて行くと言ってくれた
亭主は都合で途中で九州大学から大阪大学に変更した
亭主の勝手な変更にも妻は快くOKしてくれた
なのに 亭主は優柔不断
最終決断できず 現状維持のサラリーマンを選択した
亭主の心がころころ変わった
妻は何も言わなかった
ある日 会社からの帰りのこと
亭主は大阪で一人浴びるほどヤケ酒を飲んだ
亭主は深夜近く自宅最寄りの阪急苦楽園口駅から妻に電話した
亭主は星降る下を妻と一緒に散歩したいとふと思ったのだ
そして亭主は夙川公園の土手の下で座って待った
暫しの酔い覚ましのつもりであった
不覚にも 亭主は 苦楽園口橋の石垣にもたれて眠ってしまった
夜が刻々と更けていった
日付が変わった深夜丑三つ時
石垣にもたれて眠っている亭主は妻に叩き起こされた
気がつけば 其処は冷たい土の上であった
妻は心配してあちこち探し回ったようであった
妻は怒っていなかった
その後 子供が3人生まれた
亭主は一度も産院で立ち会ったことがなかった
亭主はいつも会社で仕事に没頭していた
帰宅時に子供の顔を見るべく見舞いに行っただけであった
亭主はいつも会社優先であった
すべて妻に任せ切っていた
子供の勉強 子供の怪我 色々あった
妻がぎっくり腰になって
一人で病院に行けなかったこともあった
そんな時も こんな時も
亭主は 一切のこと すべて妻一人に任せ切っていた
妻も亭主もほとんど病気はしなかった
亭主は会社 妻は家庭 と割り切っていた
家屋の新築、自動車の買い替え、お墓の購入
すべて妻一人の仕事にしていた
阪神大震災の対応も妻の仕事であった
本当の大災害であったから大変であった
衣食の手当て、飲料水の確保、水洗トイレの処置
家屋内崩壊物の処置(テレビ、ガラス、電子レンジ、陶器・食器、
本棚、タンス、照明器具、その他あらゆる廃棄物の処置)
建物本体の修復(内装破れ、天井・雨漏り)
外構の修復(門扉・ブロック塀崩壊)
本当に死にたくなるほどの損壊で修復は難渋を極めた
にも拘らず すべて妻一人に任せた
もし亭主が妻に借りがあるとすれば
将来 亭主が会社でエラクなればよいだけと割り切った
最後にまとめて返すと威張っていた
だが 結果はそんな風にはならなかった
世間並みにリストラ風が吹いて
定年より3年早く会社を辞めることになった
亭主には不本意の中途退職であった
亭主は会社で思ったほどエラクもならなかった
だが妻は黙って温かく見守っていた
その後二人で立ち上げた有限会社K技術経営
ド素人の妻が勉強して会社の会計処理を全部やってくれた
税務申告(法人・個人)その他難しいことも多くあった
亭主は全部妻に任せて安心していた
我が家の船長は妻であった
亭主が入院した時
妻は命より大事にしていた自分の仕事を即断で辞めた
亭主の看病・介護に専念するためだった
欠かすことなく病院に日参した
発熱・発汗のため1日数回の着替え、補完食、洗濯
数日連続して泊り込んでくれたこともあった
献身的にやってくれた
亭主はあらためて妻を見直した
妻は優しく温かく愛情豊かであった
本当の最高の生涯の伴侶であった
亭主は心から妻に感謝している
心からの幸せを感じている
もし輪廻転生して 再度人に生まれ変わることあれば
もう一度 同じ妻に巡りあいたいね
そして一緒に過ごせたらいいのにね
亭主はそんなふうに考えている
妻の苦労も知らないで
死ぬということはみな平等に来るので、個人の肉体的な苦痛を除けば、そんなに怖くないだろう。しかし、死別に伴う別れは人によって異なる。伴侶のうち、残された方には、長くて、辛くて、悲しい時間が訪れることとなる。今回の突然の再起不能に近い病気のために、妻よりも自分の方が先に逝く可能性が高くなった。妻の、その後に来る悲しみを思うといたたまれない気がする。
もちろんのこと、自分の方が長生きする可能性もゼロではない。その時は、妻よ、心配する必要はないぞ。きちんと見送りをし、同じお墓に仲良く入れるようにして、思い出すたびに、倍する思いで、悲しむよ。だが、別れ際には、お互いできるだけ淡々としていたいのだ。


実際、妻のことで公開するような事項は特になかったのである。しかし、全体として、生涯、当方の優柔不断や様々な欠点に対して、妻はよく我慢して、耐えて、頑張ってくれたと思う。このことには、心からの感謝の気持ちを残しておかなければならぬと思う。自分のような、恥ずかしがり屋の口下手が、面と向かって言っても、真面目に取り合ってくれないので、以下にまとめて書いておく。
妻は生涯の伴侶
妻が亭主の面倒を見ること
至極当たり前のことと思っていた
妻は健康で、働き者で、笑顔を忘れぬもの
日や月が巡ると同じく平穏無事なもの
昨日が今日と同じであったように
明日もまた何の心配も要らぬもの
亭主は 妻のことをそんなふうに思っていた
これは考え違いであった
妻も人間である
人知れぬ陰の苦労がある
耐えて偲んで堪える頑張りがある
亭主は 妻のそんなことを何も考えていなかった
当たり前のように 亭主は
家事のことは何もしなかった
亭主は会社で仕事さえしておればよい
やがて会社でエラクなれば元が取れる
亭主は そんなふうに考えていた
家事の手伝い、子供の養育、何一つやらなかった
全部妻に丸投げであった
亭主はいつも涼しい顔でいた
会社へ入って数年目のこと
亭主は会社がいやになった
亭主はサラリーマンを辞めて
九州大学の助手に転向しようと決意した
思いもかけず 妻は九州へ付いて行くと言ってくれた
亭主は都合で途中で九州大学から大阪大学に変更した
亭主の勝手な変更にも妻は快くOKしてくれた
なのに 亭主は優柔不断
最終決断できず 現状維持のサラリーマンを選択した
亭主の心がころころ変わった
妻は何も言わなかった
ある日 会社からの帰りのこと
亭主は大阪で一人浴びるほどヤケ酒を飲んだ
亭主は深夜近く自宅最寄りの阪急苦楽園口駅から妻に電話した
亭主は星降る下を妻と一緒に散歩したいとふと思ったのだ
そして亭主は夙川公園の土手の下で座って待った
暫しの酔い覚ましのつもりであった
不覚にも 亭主は 苦楽園口橋の石垣にもたれて眠ってしまった
夜が刻々と更けていった
日付が変わった深夜丑三つ時
石垣にもたれて眠っている亭主は妻に叩き起こされた
気がつけば 其処は冷たい土の上であった
妻は心配してあちこち探し回ったようであった
妻は怒っていなかった
その後 子供が3人生まれた
亭主は一度も産院で立ち会ったことがなかった
亭主はいつも会社で仕事に没頭していた
帰宅時に子供の顔を見るべく見舞いに行っただけであった
亭主はいつも会社優先であった
すべて妻に任せ切っていた
子供の勉強 子供の怪我 色々あった
妻がぎっくり腰になって
一人で病院に行けなかったこともあった
そんな時も こんな時も
亭主は 一切のこと すべて妻一人に任せ切っていた
妻も亭主もほとんど病気はしなかった
亭主は会社 妻は家庭 と割り切っていた
家屋の新築、自動車の買い替え、お墓の購入
すべて妻一人の仕事にしていた
阪神大震災の対応も妻の仕事であった
本当の大災害であったから大変であった
衣食の手当て、飲料水の確保、水洗トイレの処置
家屋内崩壊物の処置(テレビ、ガラス、電子レンジ、陶器・食器、
本棚、タンス、照明器具、その他あらゆる廃棄物の処置)
建物本体の修復(内装破れ、天井・雨漏り)
外構の修復(門扉・ブロック塀崩壊)
本当に死にたくなるほどの損壊で修復は難渋を極めた
にも拘らず すべて妻一人に任せた
もし亭主が妻に借りがあるとすれば
将来 亭主が会社でエラクなればよいだけと割り切った
最後にまとめて返すと威張っていた
だが 結果はそんな風にはならなかった
世間並みにリストラ風が吹いて
定年より3年早く会社を辞めることになった
亭主には不本意の中途退職であった
亭主は会社で思ったほどエラクもならなかった
だが妻は黙って温かく見守っていた
その後二人で立ち上げた有限会社K技術経営
ド素人の妻が勉強して会社の会計処理を全部やってくれた
税務申告(法人・個人)その他難しいことも多くあった
亭主は全部妻に任せて安心していた
我が家の船長は妻であった
亭主が入院した時
妻は命より大事にしていた自分の仕事を即断で辞めた
亭主の看病・介護に専念するためだった
欠かすことなく病院に日参した
発熱・発汗のため1日数回の着替え、補完食、洗濯
数日連続して泊り込んでくれたこともあった
献身的にやってくれた
亭主はあらためて妻を見直した
妻は優しく温かく愛情豊かであった
本当の最高の生涯の伴侶であった
亭主は心から妻に感謝している
心からの幸せを感じている
もし輪廻転生して 再度人に生まれ変わることあれば
もう一度 同じ妻に巡りあいたいね
そして一緒に過ごせたらいいのにね
亭主はそんなふうに考えている
妻の苦労も知らないで
死ぬということはみな平等に来るので、個人の肉体的な苦痛を除けば、そんなに怖くないだろう。しかし、死別に伴う別れは人によって異なる。伴侶のうち、残された方には、長くて、辛くて、悲しい時間が訪れることとなる。今回の突然の再起不能に近い病気のために、妻よりも自分の方が先に逝く可能性が高くなった。妻の、その後に来る悲しみを思うといたたまれない気がする。
もちろんのこと、自分の方が長生きする可能性もゼロではない。その時は、妻よ、心配する必要はないぞ。きちんと見送りをし、同じお墓に仲良く入れるようにして、思い出すたびに、倍する思いで、悲しむよ。だが、別れ際には、お互いできるだけ淡々としていたいのだ。


