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ユーさんのつぶやき

徒然なるままに日暮らしパソコンに向かひて心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく書き綴るブログ

自らの責任

2006-01-29 | 徒然草
スケジュールに振り回されてはいけません
スケジュールを作っているのはあなたです
余裕がないのはスケジュールのセイではありません
余裕がないのはあなたの心に選択の余地がないからです
人生を本当に大切に考えるならすることを選別しなさい
人生を本当に大切に考えるなら効率よりも効果を考えなさい
人生を本当に大切に考えるならそのようなスケジュールを作りなさい
忙しすぎて何もできないとぼやくあなた
何時まで経っても進歩のないあなた
自らの無作為を糊塗しているだけのあなた
あなたは自らの責任を放棄してスケジュールのセイにしているだけのことです


川の中を泳いで逃げる夢

2006-01-28 | 真夜中の夢
 今朝は起き掛けに、かなり鮮明な夢を見た。夢の中身は次のようなものであった。
 訪問した客先でコンサル仕事の話をしている最中、ふと目の前のテーブルに、自分の財布があることを発見した。手にとってみると中は空っぽであった。アレっと思って中を覗いていると対談相手が言った。「昨日、あなたが財布を置き忘れて帰ったので、中身は別に保管しています」とのこと。暫くすると、相手は札束を持って戻ってきた。1万円札の札束で、ざっと100万円以上はあった。エエっと驚く自分。相手がそう言うので、変だと思いながら札束を財布に入れようとしたが入りきらない。一部がはみ出た状態で、上着の内ポケットに財布をしまったが、胸元が膨らんで何とも収まりが悪い。このお金は、一体、誰のお金なんだろうかといぶかしく思いながら、さして罪悪感もなく、元々自分のお金であったような振りをして外観を繕っていた。
 場面が変わって、その会社で社員がホールに集まって体操をしていた。会社独自の考案になる体操とのことで、中国の太極拳のようなゆっくりとした動作でポーズを作っている。両手のヒラをそろえて前方に差し出し、相手側に向けて動かすと、それは「返品イヤイヤ」という意味であると説明があった。両手のヒラを上に向けて、自分の方に対してオイデオイデをすると、それは「お客・入金ウエルカム」を意味しているのだという。何とも独創性のあふれた体操であった。
 同じ会社で再び場面が変わって、社員が広場に集まり、今度は全員が隊列を組んで行進していた。初老の社長は歩きながら、隊列の先頭で大きな声を出して演説をしている。何と、それは流暢なフランス語であった。自分には全くチンプンカンプンで何も分らなかった。社員達は完全に理解しているようであった。独創性だけでなく、教養や文化においても、自分よりは、はるかに高いレベルの会社だと思った。この会社には、自分如き能力の経営コンサルでは、モノの役にも立たないのではないかと思った。
 会社から一歩外へ出ると、そこは田舎の雰囲気で小さな川があった。土地の家族と思われる一団が子供を連れて、借金取りに追われているといった風情で、ベニヤ板1枚を筏にして逃げていく。あんな簡単な乗り物で川下りができるのかと驚いていると、一転、自分も何かに追いかけられており、逃げなければならないことが分った。辺りを見渡したが板切れ一枚見当たらない。仕方なく、服を着たまま川の中に飛び込んだ。流れに沿って、泳いでいると橋の下へ来た。橋下は真っ暗であった。川は意外と浅く足が底につく感じがした。これで助かるぞと思いつつ、何とか暗闇の岸辺を手すりにして、ゆっくりと橋下を泳ぎ抜けた。
 橋を抜けると、そこは陽の明るい市街地であった。これで逃げ遂せたと思いながら岸に上がった。いつの間にか自分はハダカになっており、パンツ一枚の姿であった。向うを見ると、監視員が居て不審者の自分を発見した。監視員は近づいてきて、携帯電話のカメラで自分を撮った。何かお咎めがあるかも知れないと思って、じっとしていると、それだけで仕事が終わったように、監視員は詰め所に帰っていった。詰め所の横は工場になっていて、工場の作業員全員が自分と同じパンツ一枚の上半身裸で作業中であった。自分は何の違和感もなく、工場の横をハダカで歩いて行った。
 ここで目が覚めた。折角、手に入れた札束は、結局、川の中で脱ぎ捨てた上着と一緒になったようだが、この夢を解読する糸口は、今のところ何もない。何かから自由になろうとしている自分が意識されるが、一体、自分は何から逃げようとしているのか? 自分でも意味の分らない夢を見て、一体、何のために夢を見るのか? 夢そのものの本質に対して疑問を感じてならない。


上を見ろよ

2006-01-27 | ネコの気持ち
キミたち
下ばかり見ていないか?
下ばかり見ていると心が小さくなる
もっと大きな気持ちで上を見ろよ
上を見れば世界が見える
世界の向うには宇宙が見える
いつも大きな心で
宇宙のさらに向うを見ろよ
おおい 雲よ
おおい 空よ
おおい 星よ
おっと ここは天井しか見えないが
キミたち
吾輩のような眼差しで
吾輩のように腕を組んで
吾輩のように頭を上げて
目的意識を胸に刻んで
しっかりと上を見ようぜ


ポテンシャル

2006-01-27 | 徒然草
ヒマにしていると
思いつく機会すらなく
何もしないまま
無益な時間が流れ
ポテンシャルが下がる

忙しくしていると
色々思いつき
あれもやりこれもやり
益々忙しくなり
ポテンシャルが上がる

機会が機会を生み
着想が着想を生み
エネルギーがエネルギーを生み
活力のシナジーが相乗し
未来へのポテンシャルが蓄積する

さらに夢が行動を生み
行動が新たなる夢を生み
この相互の関係が
からまり連なって
最高の人生を生み出す


熟睡中

2006-01-22 | ネコの気持ち
ネコに生まれて
本当に良かった
人間でなくて
本当に良かった
好きなときに寝て
好きなときに遊んで
疲れたらまた寝るんだ
寝相悪い?
そんなこと
人間だけのルールだよ
ネコなんだからね
好きなように寝かせてもらうよ
どう このおなか
クロ帯締めてんだよ


自転車

2006-01-20 | 徒然草
自転車に乗ればいつも思う
自転車は人生だとね
登り道になれば息が切れるし
下り道になればすいすい走る
向かい風が来れば進まず
追い風が来れば楽々進む
漕げば漕ぐほど走り
漕ぐを止めればスピード落ちる
デコボコ道はがたがた走り
きれいな道は滑らかに走る
漕ぐ人だけが前進し
漕ぐこと止めればたちまちに停止する
行きたいと思ったところへ行くし
行きたいと思わねば何処へも行かぬ
目的あれば 真っ直ぐ走り
目的なければ のらりくらりと当てもなし
自転車と人生のアナロジー
人生もまたかくの如しや

        

運動してる?

2006-01-19 | 徒然草
おいおい
バカは休み休みに言ってくれ!
忙しくて運動してるヒマないって?
それってホント?
そう言いながら
当てもない新聞 30分も読んでたぜ
見たくもないテレビ 1時間も見てたぜ
ボヤッとしてる時間 結構長かったじゃないか
人間何が大事って 運動ほど大事なものはないんだぜ
食べて じっとしてて ぶくぶく太って
生活習慣病になって
高い薬飲んで やっとバランスとって
そんな生活イヤだと思いながら
忙しくてヒマがないなんてウソじゃないか?
運動しなくていいなんて
一体 そんな考え 何処から出てくるの?
何が大事って 運動ほど大事なことはないんだぜ
運動って 1日1時間ほどでいいんだぜ
それで仕事の時間が減るわけじゃなし
もっとも 何のためにやってるのか分らん仕事なら
そんなもんはサボった方が良いと思うがねえ
運動の方がいくら大事か分りゃあせんよ
寒いからって ぬくぬくとあったかい部屋でじっとしてたらアカン
仕事の能率も上がらん
一寸身体動かして 血液の循環良くして
脳に新鮮な栄養分と酸素送る方がどれだけ良いことか!
身体も暖まって 健康に過ごせて 長生きできて 
その上さらに 仕事の能率も上がるというもんだ
こんな良いことって 他にある?
一寸 そこの 忙しくて運動してるヒマないって言ってる人
バカも休み休みに言って欲しいね


償いのとき

2006-01-18 | 徒然草
長い人生を生きて
これで良かったのかと思う
良かったと思えば良かったし
良くなかったと思えば良くなかった
考えてみれば何もなかった

これまで何をやったか?
成果をみせろと問われれば
何もありませんと答える
ただ黙々と頑張っただけだ
黙々と頑張ったお陰で
幸い無事に生きてきた
言ってみればそれが成果だった
不幸な人達の大勢いる中で
それが最高の幸せだと言われれば
幸せな人生だった

とは言えまだ時間がある
同じやり方では同じ結果となる
それで良いのかと心が騒ぐ
人生が長かろうと短かろうと
何を目的に生きたか?
それこそが人生の価値だ!
そう問われれば返す言葉がない
道しるべばかり多い世界を
何処へ行くかを決めずに歩いてきたのだ
だから遠くまで行けるはずがなかった

迷い歩いたこれまでであったが
最後の最後で目が覚める?
せめて最後の1周だけは目的をもって走る?
さすが自分だねと言い聞かせつつ走る?
これまでの生き様へのせめてもの償いかもね?
笑われても結果が付いてこなくても
それもまた良いではないか!
幸いなるかな! 
走る元気がまだ残っているわい!


快感

2006-01-15 | ネコの気持ち
タワシの付いた棒
これ大好き
ノドの辺り
耳の後ろ
ゴシゴシ
ゴシゴシ
ゴシゴシ
何とも言えぬ快感
ゴロゴロ
ゴロゴロ
ゴロゴロ
勝手になるノド
ああもう我慢できない
生きてる実感
良い気持ち
何とも言えんニャーン


無意識の抵抗

2006-01-15 | 徒然草
意識と無意識が自尊心を共有している
意識が耐えて忍んで我慢し続ける中で
無意識は一言も発せずじっと見守る

時間の経過とともに
意識は過去の決定を忘れる
意識はすべてが終わったと思う
意識はすべてが解決したと思う
意識は自尊心を我慢と言う氷で覆いつくす
意識は自尊心を封じ込める
これを抑圧という

無意識は知っている
自尊心は氷の下でうめいている
自尊心は氷の下で号泣している
無意識は物言わぬ自尊心の弁護士
意識は忘れても
無意識は絶対に忘れない
閉じ込められた自尊心
無意識は静かに自尊心の弁護を始める

ある日意識は自らの行動に驚く
意識にも分らぬことをやってしまう
意識と反対のことをやってしまう
意識が肯定することを拒絶する
胸騒ぎがする
何ともいえぬ不安がよぎる
意識はそれを理解できない
それが自尊心の抵抗であることが分らない
50年前の決定の結果であることが分らない

意識が抑圧した自尊心が呻く
氷の下の自尊心が蠢動(しゅんどう)する
無意識がそれを弁護する
原因と結果の時間が遠く離れている
意識の理解の範囲を越えている
自尊心を弁護する無意識と意識との闘争が始まる

意識には意識の言い分がある
意識は我慢することによって生命を守った
意識の決断がなければ存在が危険だった
今も存在するは意識の決定の成果だ
無意識にとっては
意識の身勝手
意識の自己弁護に過ぎぬ

無意識は絶対に忘れない
抑圧の結果が解消しない限り忘れない
意識が忘れた頃に無意識の逆襲が始まる
意識と無意識の葛藤
意識と無意識の相克
争いは続く

今日もまた意識は新たな抑圧を命じる
意識にとってはやむを得ぬこと
それが生きると言うこと
それが存在を維持すると言うこと
無意識は沈黙で答える
葛藤と相克の火種は永遠に絶えない


吾輩はネコである

2006-01-11 | ネコの気持ち
吾輩はネコである
名前はコタローと申す
なにしろ主人に似てクラシックが大好きだ
主人が書斎で仕事中はずっと傍に居て聴いているんだ
音楽なんてのは耳で聴くもんじゃないぞ
腹で聴くもんだ
主人がCDをセットするや否や
すぐに音の出る機械に乗かって腹から聴くんだ
ビンビン音が伝わってくるのが実に気持ちいいんだ
特にお腹一杯の時の交響曲は気持ちがいい
音の振動が胃に伝わって消化に良いみたいだし
つい うとうとしてしまう
一寸淋しいときなんか
チェロのソロなんて抜群にこたえるね
音楽聴きゃあ やっぱり眠くなってしまうんだけどね
今は起きてる 
けど ほとんど 一日中寝てるんだ
いつも仕事してる主人には気の毒だけど
吾輩が傍に居ると それだけで主人嬉しいみたいだし
主人とはホントによく気が合う
いつも一番ぴったりの音楽を鳴らしてくれるしね
ところで 何故急に吾輩がここに登場したかって?
そう 主人がこのブログに新しいカテゴリーをセットするんだって
聞くところによると「ネコの気持ち」と言うのだそうだ
主人が言うには
「ネコの心理」を研究することは
「人間の心理」を研究することに通ずるんだって
この地球上にいつ姿を現したかを調べると
ネコの方が人間より一寸だけ先輩らしいんだ
時々このブログに吾輩やネコ仲間の話が登場するそうだけど
まあ 楽しみにしておいて欲しいね
今日は自己紹介だけで終わるけど 
また 明日ね
では

※吾輩の名前の由来を紹介しておこう。実は吾輩は女の子なんだ。芦屋のお宅から貰われてきた時に、主人の奥さんが男の子と間違えたんだ。大変小さくて可愛らしかったんで「小太郎」と名前を付けてもらったんだ。自分も男の子だと思って、外へ出かけてはよくけんかしたもんだ。眉間にキズを貰って帰ったこともある。近所では、一寸、威張っていたんだ。そこまでは良かった。しかし、大きくなって外へ遊びに出たら、何故か、赤ちゃんができてしまったんだ。そこで初めて男の子でないと知ったわけだ。仕方ないんで、そのまま、カタカナにしてコタローと呼んでもらうことにしたわけだ。宜しく。

      

逆説の世界

2006-01-10 | 社長のサプリ
心配ばかりしている人は
心配が現実になる
被害者意識に捕らわれている人は
本当の被害者になる
病気のことばかり考えている人は
そのうちにその病気になる
恋人を追い回し続ける人は
恋人に逃げられる
自分のことばかり主張している人は
結局人に無視される

金儲けだけを考えている会社は
目標とする利益が上がらない
売ると言う結果だけにこだわるセールスマンは
売りたい商品が売れない
社員に仕事を強制し続ける会社は
働かない社員が増える

時には したいことの逆を考えてみろよ!
押してもダメなら引いて見な!
北風が強いほど
旅人はマントしっかりと押さえる世界だよ!
ねえ 社長さん! 分ってる?
そして 皆さんも!


天空一面に氷の鏡が覆った夢

2006-01-09 | 真夜中の夢
 50年ほど前に住んでいた大阪松屋町筋の玩具問屋の店先に居た。ぼんやり立っていると、昼休みのカネが鳴った。ヒルメシの時間だと、店員一同全員が、一斉に食事に向かった。みんな、何故か遠く離れた外食食堂へ行くのだという。自分も一緒に安堂寺橋通りを横一列に並んで歩いていた。ふと、空を見上げると、天空一面がドームのように1枚の鏡に覆われていて、自分たちの歩いている町全体が逆さに映っている。日が射して明るい町並みや陰っている町並みなどがはっきりと見える。家々の屋根、街路、物干し台の洗濯物までもが見えている。まるで、飛行機に乗って下界を見下ろしているように、町全体が空に映って見えているのだ。「なんじゃね?これは」と横を歩いている一人が見上げながら自分に尋ねた。自分にも初めての見せ物であったが、何故かその現象の原因が一発で分るのであった。「これは大寒波の襲来で空気中の水滴が全部凍ったためなんだ。水滴の密度が異常に高かったので、水滴が全部くっついて壁になってしまったんだ。まあ、言ってみれば、氷が天空全体に行き渡って、強風の作用で鏡のようになったと考えればいいんだよ」と。理系の自分には完璧なる自信があった。自信満々たる当方の態度を見た店員は「さすがだね」と黙ってうなずくだけであった。
 暫く歩き続けると、店員の携帯電話が鳴った。「店が空っぽになって、誰か万引きしないか?」「いや、毎日、在庫チェックをしているから大丈夫だ」などと話している。電話の相手は、しつこく、「今現在の在庫の状態はどうか?」と食い下がっている模様だ。店員は笑いながら「5分以内に今の在庫の数字を知らせるから大丈夫だ」と言って、電話を切った。自分は、店に戻るだけでも5分は掛かるのに、出来もしないことを口から出任せに言って大丈夫かなと思った。が、よく考えてみると、ハッタリという点では、自分の「天空氷鏡反射説」と大同小異であった。咄嗟につじつまの合うことを自信を持って堂々と言っておれば、世の中は、それなりに結構うまく行くもんだ、と夢の中で妙に感心していた。
 ところで、この夢は一体何を主張しようとしているのか、いつもの通り、やっぱり分らない。大体、普段の仕事や生活の場面で、このような「万引き」のことや「在庫チェック」のことなど考えたこともない。しかし、夢とは言え、「天空氷鏡」や夢のストーリーは自分の無意識界のオリジナルであることには間違いない。一体全体、自分の無意識には、どれだけ多くのアイディアが詰まっているのであろうか?自分は著述の専門家になっても、夢を頼りにしておれば死ぬまでアイディアが枯渇しないような気もする。ひょっとして、これから何かに転向するとすれば、自分の進むべき道は著述業ではなかろうか?などと、白昼夢に長時間浸っている自分であった。


疲れた時には

2006-01-08 | 徒然草
一度にあまり多くをやろうとするな
我慢して必死になってやろうとするから
いやになってくるのだ
疲れたら休め
続きは明日でよい
しかし明日には必ずやるのだ
明日になって再び疲れたら
また次の日に続きをやればよろしい
しかし 次の日に 必ず続きをやるのだ
そして 次の日も また次の日も
疲れたらそこで休んで良いのだ

ただし 人間始めたことは終わりまでやる
これが原則だ
終わりまでやるのだから
結局は同じことだ
先に延ばしても 今やっても
結果には変わりがないのだ
どちらにするかって?
そんなことはどちらでも良いことだ
気にすることは何もない
休みたければ休めばよし
やりたければどんどんやればよし
それだけのことだ

疲れて止めた残りの時間をどうするかって?
一つのことに集中するから疲れるのだ
面白ければ疲れないが
世の中には面白くないこともある
面白くなくてもやらなくてはならぬ世の中だから
その時は 代わりに別のことをやるだけだ
別のこととて
やりかけたことは最後までやるのが原則だ
英語で疲れたら国語をやれば良い
社会で疲れたら理科をやれば良い
数学で疲れたら地理をやれば良い
どんどんやっていけば良いだけだ
1年経てば全科目のすべてが準備万端だ

365ページの難しい本でも1日1ページなら楽に読める
それを365日かけて読めば良いのだ
勇んで1度に100ページ読もうとするから挫折するのだ
チリも積もれば山となる 
継続は成功の母なり
これが原則だ

難しい仕事も同じだ
難しい仕事は小さな仕事に分解すればよいのだ
要するに1ページの長さに区切るのだ
そして1ページずつ解決していけば良いだけだ
多くの人に分担してもらえば尚ヨロシイ
そしてコツコツと継続することだ
そのコツが分った人には
難しい仕事など世の中からなくなってしまうのだ

こうやって
苦しい辛い日の続くことがあっても
1日が短い1日で終わってくれるから
そして 再び 明日と言う日がやって来るから
みんな 元気出して 何とかやっていけるのだ

1日と言う区切りを設定したのは神様だが
ほんに神様はすべてお見通しのワイズマンであらせられる


失敗してはゴマ化してきた遠い昔の夢

2006-01-07 | 真夜中の夢
 昔、会社で仕事をしている時の夢だった。そろそろ退け時だったが、この後、遠く離れた山の中の会社の研修施設で管理者の集会があるとのことで、帰り支度をしていた。そこへ、後輩がやってきて、「あの研修施設の外回りは、石ころだらけで歩くのに大変ですから、履物には注意して行った方が良いですよ」と忠告してくれた。自分は、「なるほど」と思った。
 場面が変わって、自分は研修施設を目指して一人で山道を歩いていた。砂利道にざくざくと食い込む履物が心地よい。足元を見れば、自分は、いつの間にかゴルフ用のスパイクシューズを履いていた。「あの男は、なかなか、良いことを言ってくれたね。さすが、いつも専門的な仕事をしているから、細かいことにもよく気が付くんだね」と感心しながら坂道を上っていた。
 そこへ、会社の上司が現れた。いつの間にか、並んで歩いていた上司は、目ざとく当方の足元を見て言った。「キミー、その履物は何だ。そんな靴で会社の施設の中へ入ったら、廊下や階段がメチャクチャになってしまうじゃないか」。この一言で自分はびっくりした。思いもよらなかった。建物の中で履くべき代えの履物の用意はしていなかった。「コンチクショウ、ガミガミ言えば良いと言うもんじゃないぞ」。心の中で反発しつつ、半面、「シマッタ」と思った。「後輩は建物の外のことだけを言ってたんだ。この上司は、建物の中だけのことを言っている。どっちもどっちじゃないか」「この人はウルサイことばかり言うから、皆に嫌われるんだ」「まあ、ええわ。イザとなったら、裸足になるまでよ」「裸足で会議に出たら、みんなどう思うかな?」「まあ、早めに席について、机の下に足を隠してたら誰にもわからん。自分は知らん顔してたら良いじゃないか」などと、自分の浅慮を棚に上げて、この難局を乗り切る覚悟になっていた。
 目が覚めてから考えた。自分は子供のときから、人が良いといったことは、よく考えもせず実行して、よくミスをした。ミスが些細な場合は、何とかゴマかして切り抜けた。それは、いつも心の奥深くにしまいこんだ自分だけの秘密になった。時間が経って、そのまま忘れてしまった事件は数知れない。ただ一人ゴマカシを許さなかった小学校の女先生からは「あわて者」の烙印を押されていた。
 今のところ、近況でミスをしたかもしれないと、特に思い当たるフシはない。しかし、本当に何の心当たりもないか、無意識からの警告と受け止めて、暫し考えてみようと思っている。