毎年の春休みは天国であった。春休みには試験の準備や宿題等のストレスは全くなかった。長い寒い冬が終わって気候も良くなる。自分は待ちかねていたかのように、春には決まって日本国中遠くあちこちへと旅行した。夏休みにも旅行をしたが、夏休みは既に前期の試験の準備をすべき射程距離にあり、勉強せねばと言うストレスがかかり始めるため、完全に精神的にフリーという訳ではなかった。
その春旅行のひとつに修士1回生が過ぎた時の伊豆旅行がある。この時は親友の和草君と二人だけで行った。長期の旅行の基本計画は大体自分が主導権を取った。和草君は世話好きな性質で、高校生の時分から面倒見が良かった。従ってグループで何か行事をやるときは大抵、人望の厚い和草君に手配のすべてが任された。和草君に委せておくと八方に気を使ってくれるので、誰も文句を言わずに従った。しかし、少人数で行くような旅行では、自分が先に基本計画を立てて、旅行社との相談も出来る限り自らが買って出るようにした。
期間は10日ばかりであったが少し欲張って、熱海、箱根、富士5湖、伊豆半島、伊豆大島と回った。この旅行では、あちこちで様々な経験を積むことが出来て、大変思い出に残る良い旅行となった。
修士1回生が終わっての春と言えば、普通に行けば大学を卒業しているので既に社会人である。和草君は既に小学校の教員生活も1年が過ぎていた。二人はきちんとスーツを着て、ネクタイを締めて、ビジネスマンスタイルで出かけた。服装のお陰で、宿でも旅先でも学生としてではなく、社会人として扱ってくれる効果があった。もう永らく学生をやっていて、自分は、ほとほと学生であることに疲れが見え始めていたのであった。
先ず熱海の話から始める。熱海の温泉街へ来たのは初めてであった。宿で食事をたらふく食って、ビールを少々飲んだ。酔いも回って良い気持ちになっていた。
「おい、夕涼みに街でもぶらつくか?」
と、二人は、学生と見て馬鹿にされないように、スーツにネクタイをきちんと付けて外へ出た。一通り歩き終わって、ある薄暗いところへ差し掛かると、どきつい看板をした小さなテント張りの小屋があった。その軒下でお兄さんが呼び込みをやっていた。
「寄ってって!見ていって!安いよ!」
そこはストリップの小屋であった。お兄さんの顔を見ないように、直接、目が合わないようにしていたのに、運悪く目が合ってしまった。
「お兄ちゃん、どや、見ていって、安くしとくよ」
と呼び込みの声。
「そんなこと言うても、まだ学生やねんで、止めとくわ!」
と都合よく、ここでは学生になって、逃げ腰を装った。
「ええ? 学生さんかい。宜しい。学割で半額。
二人で1000円でいいよ」
この即妙の返事で、宿で飲んだビールの酔いも手伝って、つい心が動揺して和草君と顔を見合わせた。和草君の顔には、にやにやの笑みとともに「ええやんけ、早く中へ入ろう」と書いてあった。
「よし、こう見えても、わいらも、男やで!」
と決断一発。二人はお金を払って中へ入った。
内部は10数人ほどしか入れない狭いスペースであったが、既に男の客がいっぱいで、安物のレコードにあわせて、若い女の子がけばけばしい衣装を付けて、一人でステージで踊っていた。女の客もちらほらいるので驚いた。混んでいたので和草君とは並んで座れなかった。自分は仕方なく1番前の空いていた席に座った。和草君は前から3番目くらいの自分よりは後ろの席に座った。
一場が終わって、ぼんやりしていると、ステージの上から踊り子が手招きして、こちらへ来いと言う素振り。心臓が早鐘を打った。絶体絶命。その踊り子は間違いなく自分に目を合わせている。
じりじりと時間が過ぎていく。窮地に陥った自分は、無為に流れる時間に責任を感じて、やむなく立ち上がって女の子に近づいた。すると、女の子は当方の耳元に囁いた。
「100円で...むにゃむにゃ...」
「何やそんなことか、よっしゃ、和草君の分も含めて、
チップも足して...ほれ、300円や」
ポケットから小銭を取り出して気前良く彼女の手に渡した。
「おい、和草ぁ、お前の分も払ってやったからなあ!」
手招きして前列へ来るように和草君を誘った。教育者の和草先生は、さすがに前の列まで足を運ぶことをしなかった。
伊豆旅行では他にも色々な経験をさせて頂いた。伊豆は下田に有名なお寺と下田奉行所跡がある。そこには、現在の時勢なら何でもないが、当時では子供には一寸見せることをはばかるような展示品もあった。観光バスでは「1時間以内に帰れ」と言うことで、我々は荷物を置いたままバスを降りていたのであるが、つい夢中になっていた。ふと制限時間が過ぎかけていることに気が付いた。
「おい、大変やぞ。バスが出る時間やぞ!」
二人は大慌てで走って道路に戻った。バスは待ち合わせの場所から既に走り去っていた。「あっ」と思った。しかし、そのバスは積み残しの客が居るとも気がつかず、50メートルほど先の交差点で信号待ちをしていたのだ。
「おーい、そこのバス。待ってくれえ! 僕らの荷物が乗っとる
んや!」
大声を出して、必死で追いかけた。幸いにも、バスは我々に気が付いてくれた。危機一髪であった。お寺の見せ物でつい時間を忘れてしまった我々はきまりが悪くて、同じバスの乗客に会わせる顔が無かった。一番後ろの席で窓の外を見ながら、時間が早く過ぎ去っていくことをただ祈るだけであった。
翌日は熱海から伊豆大島へ割合大きな船で渡った。船は外洋を行くので大波を受けて完全にグロッギーになった。船酔いで早朝に食べたものを全部吐いた。それでも、三原山はスケールの大きな活火山で度肝を抜かれる余り、その火口の近くにたどり着いたときには船酔いは完全に無くなっていた。
その昔、日航機木星号がこの三原山に激突してバラバラになった。広い大海原の中に一つぽつんと山があるから、ぶち当たったのである。山がなければ木星号には何にもなかったか、あるいは海の底へ沈んだだけのことかも知れない。が、三原山は「俺はそんなことシラン」とばかり、悠然とパイプの煙をくゆらせるが如く、ただ一人煙を上げて仕事をしていた。
その数日前、河口湖から見た富士山は、頂上から5合目付近までが真っ白の雪に覆われており、その静かなたたずまいの秀麗さに驚いた。富士山は、どちらかと言えば女性を思わせる。それに比べて、こちらの三原山は全くごつごつとしていて美しいという印象は全くない。しかも他の山々とは海を隔てて、一人ぽつんと離れて活動している。超然としている。悠然と構えた、その男らしい存在感には威厳がある。
自分も、人間としてこれから長く生きて行くにあたって、三原山のような男っぽい孤高の存在であることも、一つの理想像ではないかとの感慨を抱いた。暫く噴火口を見物した。
山を下りて小高い岬から真っ青な沖合いの海を眺めていると、1羽の白い鳥が眼下を舞っていた。この白鳥も人のことなど全く気にも止めないで悠々と飛んでいる。高校生の国語で習った、
白鳥は悲しからずや
海の青
空の青にも染(し)まず
ただよう
と言う歌が即座に脳裏を横切った。
たった1羽の白い鳥が大海原を飛んでいる。青い海の色、青い空の色とは一線を画して、自分独自の白い色で飛んでいる。この鳥は周囲の青さに何ら恥じることなく自分の色で飛んでいる。「悲しからずや」と言うのは悲しくないことを強調している。周囲の青一色の中で堂々と自分の白色を誇っているのだ。
真っ白な羽根を精一杯に広げて滑空する白鳥の姿を脳裏に浮かべるたびに胸にじんと来る。常々、他人と同じであることにのみ安心を見出している人は、この白鳥を見習うべきである。三原山も同じだ。勿論、人知れない海の向こうに三原山があるので、そこに山があることすら気付いて貰えないが、それはそれで良いのだ。三原山は活火山である。人が知ろうと知るまいと、きちんと自分の仕事をし続けている。
我々は人に認めて貰うために生きているのではない。自分で自分の真価を発揮して自分の生き様に自分が満足するために生きているのだ。三原山も男らしく、ただ一人、もくもくと煙をはき続けており、また、その傍では白鳥が、一人でしっかりと飛んでいるではないか。
その春旅行のひとつに修士1回生が過ぎた時の伊豆旅行がある。この時は親友の和草君と二人だけで行った。長期の旅行の基本計画は大体自分が主導権を取った。和草君は世話好きな性質で、高校生の時分から面倒見が良かった。従ってグループで何か行事をやるときは大抵、人望の厚い和草君に手配のすべてが任された。和草君に委せておくと八方に気を使ってくれるので、誰も文句を言わずに従った。しかし、少人数で行くような旅行では、自分が先に基本計画を立てて、旅行社との相談も出来る限り自らが買って出るようにした。
期間は10日ばかりであったが少し欲張って、熱海、箱根、富士5湖、伊豆半島、伊豆大島と回った。この旅行では、あちこちで様々な経験を積むことが出来て、大変思い出に残る良い旅行となった。
修士1回生が終わっての春と言えば、普通に行けば大学を卒業しているので既に社会人である。和草君は既に小学校の教員生活も1年が過ぎていた。二人はきちんとスーツを着て、ネクタイを締めて、ビジネスマンスタイルで出かけた。服装のお陰で、宿でも旅先でも学生としてではなく、社会人として扱ってくれる効果があった。もう永らく学生をやっていて、自分は、ほとほと学生であることに疲れが見え始めていたのであった。
先ず熱海の話から始める。熱海の温泉街へ来たのは初めてであった。宿で食事をたらふく食って、ビールを少々飲んだ。酔いも回って良い気持ちになっていた。
「おい、夕涼みに街でもぶらつくか?」
と、二人は、学生と見て馬鹿にされないように、スーツにネクタイをきちんと付けて外へ出た。一通り歩き終わって、ある薄暗いところへ差し掛かると、どきつい看板をした小さなテント張りの小屋があった。その軒下でお兄さんが呼び込みをやっていた。
「寄ってって!見ていって!安いよ!」
そこはストリップの小屋であった。お兄さんの顔を見ないように、直接、目が合わないようにしていたのに、運悪く目が合ってしまった。
「お兄ちゃん、どや、見ていって、安くしとくよ」
と呼び込みの声。
「そんなこと言うても、まだ学生やねんで、止めとくわ!」
と都合よく、ここでは学生になって、逃げ腰を装った。
「ええ? 学生さんかい。宜しい。学割で半額。
二人で1000円でいいよ」
この即妙の返事で、宿で飲んだビールの酔いも手伝って、つい心が動揺して和草君と顔を見合わせた。和草君の顔には、にやにやの笑みとともに「ええやんけ、早く中へ入ろう」と書いてあった。
「よし、こう見えても、わいらも、男やで!」
と決断一発。二人はお金を払って中へ入った。
内部は10数人ほどしか入れない狭いスペースであったが、既に男の客がいっぱいで、安物のレコードにあわせて、若い女の子がけばけばしい衣装を付けて、一人でステージで踊っていた。女の客もちらほらいるので驚いた。混んでいたので和草君とは並んで座れなかった。自分は仕方なく1番前の空いていた席に座った。和草君は前から3番目くらいの自分よりは後ろの席に座った。
一場が終わって、ぼんやりしていると、ステージの上から踊り子が手招きして、こちらへ来いと言う素振り。心臓が早鐘を打った。絶体絶命。その踊り子は間違いなく自分に目を合わせている。
じりじりと時間が過ぎていく。窮地に陥った自分は、無為に流れる時間に責任を感じて、やむなく立ち上がって女の子に近づいた。すると、女の子は当方の耳元に囁いた。
「100円で...むにゃむにゃ...」
「何やそんなことか、よっしゃ、和草君の分も含めて、
チップも足して...ほれ、300円や」
ポケットから小銭を取り出して気前良く彼女の手に渡した。
「おい、和草ぁ、お前の分も払ってやったからなあ!」
手招きして前列へ来るように和草君を誘った。教育者の和草先生は、さすがに前の列まで足を運ぶことをしなかった。
伊豆旅行では他にも色々な経験をさせて頂いた。伊豆は下田に有名なお寺と下田奉行所跡がある。そこには、現在の時勢なら何でもないが、当時では子供には一寸見せることをはばかるような展示品もあった。観光バスでは「1時間以内に帰れ」と言うことで、我々は荷物を置いたままバスを降りていたのであるが、つい夢中になっていた。ふと制限時間が過ぎかけていることに気が付いた。
「おい、大変やぞ。バスが出る時間やぞ!」
二人は大慌てで走って道路に戻った。バスは待ち合わせの場所から既に走り去っていた。「あっ」と思った。しかし、そのバスは積み残しの客が居るとも気がつかず、50メートルほど先の交差点で信号待ちをしていたのだ。
「おーい、そこのバス。待ってくれえ! 僕らの荷物が乗っとる
んや!」
大声を出して、必死で追いかけた。幸いにも、バスは我々に気が付いてくれた。危機一髪であった。お寺の見せ物でつい時間を忘れてしまった我々はきまりが悪くて、同じバスの乗客に会わせる顔が無かった。一番後ろの席で窓の外を見ながら、時間が早く過ぎ去っていくことをただ祈るだけであった。
翌日は熱海から伊豆大島へ割合大きな船で渡った。船は外洋を行くので大波を受けて完全にグロッギーになった。船酔いで早朝に食べたものを全部吐いた。それでも、三原山はスケールの大きな活火山で度肝を抜かれる余り、その火口の近くにたどり着いたときには船酔いは完全に無くなっていた。
その昔、日航機木星号がこの三原山に激突してバラバラになった。広い大海原の中に一つぽつんと山があるから、ぶち当たったのである。山がなければ木星号には何にもなかったか、あるいは海の底へ沈んだだけのことかも知れない。が、三原山は「俺はそんなことシラン」とばかり、悠然とパイプの煙をくゆらせるが如く、ただ一人煙を上げて仕事をしていた。
その数日前、河口湖から見た富士山は、頂上から5合目付近までが真っ白の雪に覆われており、その静かなたたずまいの秀麗さに驚いた。富士山は、どちらかと言えば女性を思わせる。それに比べて、こちらの三原山は全くごつごつとしていて美しいという印象は全くない。しかも他の山々とは海を隔てて、一人ぽつんと離れて活動している。超然としている。悠然と構えた、その男らしい存在感には威厳がある。
自分も、人間としてこれから長く生きて行くにあたって、三原山のような男っぽい孤高の存在であることも、一つの理想像ではないかとの感慨を抱いた。暫く噴火口を見物した。
山を下りて小高い岬から真っ青な沖合いの海を眺めていると、1羽の白い鳥が眼下を舞っていた。この白鳥も人のことなど全く気にも止めないで悠々と飛んでいる。高校生の国語で習った、
白鳥は悲しからずや
海の青
空の青にも染(し)まず
ただよう
と言う歌が即座に脳裏を横切った。
たった1羽の白い鳥が大海原を飛んでいる。青い海の色、青い空の色とは一線を画して、自分独自の白い色で飛んでいる。この鳥は周囲の青さに何ら恥じることなく自分の色で飛んでいる。「悲しからずや」と言うのは悲しくないことを強調している。周囲の青一色の中で堂々と自分の白色を誇っているのだ。
真っ白な羽根を精一杯に広げて滑空する白鳥の姿を脳裏に浮かべるたびに胸にじんと来る。常々、他人と同じであることにのみ安心を見出している人は、この白鳥を見習うべきである。三原山も同じだ。勿論、人知れない海の向こうに三原山があるので、そこに山があることすら気付いて貰えないが、それはそれで良いのだ。三原山は活火山である。人が知ろうと知るまいと、きちんと自分の仕事をし続けている。
我々は人に認めて貰うために生きているのではない。自分で自分の真価を発揮して自分の生き様に自分が満足するために生きているのだ。三原山も男らしく、ただ一人、もくもくと煙をはき続けており、また、その傍では白鳥が、一人でしっかりと飛んでいるではないか。


